第3話 レナの正体
レナに強引に部屋の一室に連れ込まれた刃は、藤野治療を受けていた。
「我慢だよージン」
「お前が直してるわけじゃないだろ」
「えー? だって、見てるだけしかできないのは暇だしー……藤野ぉ」
「ダメです、ユナ様は不器用なのですから」
「ちぇー」
口を尖らせるレナに刃は普通の女の子らしい反応を見て、こうしていれば普通の女の子にしか見えないんだがな……と心の中で囁く。
「っ、いって」
「……しみますか?」
「大丈夫だ、これくらい慣れてる」
「ケガに慣れることはあまりお勧めしません」
「……向こうから喧嘩を吹っかけられるんだよ、しかたねえだろ」
「売り言葉に買い言葉、と言う言葉があるように売り喧嘩に買い喧嘩があるのではないですか? ……乗ってしまうことは相手の思うつぼです」
「ねぇだろ、そんな言葉」
「……はい、終わりましたよ」
藤野は包帯が巻かれた刃の腕を軽く叩く。
「……ありがとな」
「礼ならば、ユナ様になさってください。私は彼女の指示に従ったまでです……では、失礼します」
藤野はお辞儀をしてから部屋から退室する。
「……ふふ。二人っきりだね、ジン?」
「なんだよ、その気持ち悪い言い方」
「え!? お、女の子と男の子が二人っきりって、ドキドキする物じゃないの!? お話でもいっぱい出て来るのに!!」
「いいから、とっとと教えろよ。白髪女、お前って何者なんだよ」
「銀髪って言ってよぉ、白髪なんて言い方されたら悲しいよぉ……! 傷ついたから、レナって呼んでっ!! でなきゃ教えないっ」
レナータはぷりぷりと怒るのに対し、刃はイラつきを覚える。
額に手を抑え、溜息を吐いてからレナに質問した。
「わかった、レナ……教えろ。お前が何者なのかを」
「私は夜に浮かぶ月そのもので、地球でいう精霊とか妖精って類で、大精霊? とか、四大精霊よりは上位互換でもある星の調停者、って感じかな。地球が滅亡とかするようなことがないよう監視する存在って言ったら伝わる?」
「監視だぁ?」
「うん、そうだよ。この星の修正力を担うとある神様と契約してるから、私も人型を維持してるの。本来の私はもっと大人なんだよ? 今の私は人間年齢換算は17歳程度かなぁ」
「17歳……って、お前同い年か!?」
「うん、そうだよ?」
月が地球を監視するのはあまり知らないし聞いたことがないが。
星の調停者、なんざ知らないが修正力を担う神様と協力してる?
わけがわからん。
まぁ、怪異を俺の目の前で倒した女だ、嘘のはずもない……か。
「……よくわからねぇ。お前、どっからどう見ても人間だろ」
「月と言う存在を人々が認識した形までに擬人化され、自然霊として月を信仰する存在たちの認識と信仰で生み出されたのが、私……レナータ・エリプマブノームなんだ」
「だったら、なんでユナ……なんたらの方はお前の名前じゃないのか?」
「人間体の時の名前は、ある人に名付けてもらってるのを愛用してるんだ。私のことをよく表した名前だから気に入ってるのっ」
「……そうかよ」
「あ! でも本来の私は確かにユナスィーリアレインって名称で合ってるのは覚えていてほしいなっ」
……ずいぶんとややこしいんだな。
「……月の擬人化、っていうなら眷属とかいるのか?」
「そうだね、概念存在的レベルの精霊や妖精の類って、信仰にも影響されるから。私の眷属は吸血鬼や人狼とか主に連想しやすいかも。信者たちの信仰のおかげで吸血鬼の真祖でもあるし、人狼たちの女王的存在でもあるかな。私の吸血は酩酊しちゃうかもだけど……後で首を噛んであげようか?」
「するな」
「ざんねーん」
けらけらと笑う少女は、どこまでも普通の少女にしか見えない。
からかった微笑も何もかも、自分の目には人間にしか映らない。
だというのに、それだというのに、彼女の目はまっすぐ見据えてくる。
「……気持ち悪い? 私のこと」
「わけわかんねぇだけだよ、怪異に多く会ったわけじゃねえし……ただ、言えんのはお前が、俺とかを殺すためにいるってなら軽蔑する、でもそういう意味の修正力じゃねえ……んだろ?」
「……っ、うんっ、ありがと! ジンっ」
嬉しそうに綻んだ笑顔を見せるレナに刃は思わず見惚れてしまう。
月のような彼女の美貌が、どこまでも美しくて。
思わず口から、綺麗だと、声が漏れてしまった。
「……!!」
「……どうしたの? ジン」
「な、なんでもねえ!!」
「顔、真っ赤だよ? 新品の赤ワインみたい」
「るっせぇ!! いいから俺はもう帰るぞ!!」
刃が立ち上がって扉に向かおうとするのにレナは刃の左手首を掴む。
「待って、まだ話は終わってないよっ」
「もうこれ以上話すことなんざねぇだろ!?」
「? もう夜だよ? もし出たらこのまま補導されるの君だし、制服も血で汚れるし、明日からは土曜日でしょ? 一石二鳥ってこういう時言うんだと思うよ? どうせなら、泊まっちゃいなよぉユー!」
「ハァ!? ふざけ——」
扉の向こう側からノックオンが響く。
「……ユナ様。お食事の準備ができました」
「ナイスタイミング! 藤野ぉ!! ほらっ、ジン、ご飯食べよっ。話はそれからそれからっ」
「あ、おいっ。待てって――――!!」
背中を強引に押され、食堂へと連行される刃だった。
「どうしたのジン。はやく食べないとお腹くぅくぅだよ?」
「……嫌だ、ぜってー嫌だ」
「なぜです? ジン様」
「いきなり夜にこんな豪勢な物、全部食えるわけないだろ!? 多すぎだ!!」
晩食として食堂にルナに連れ出された刃は用意された料理に頭を抱えていた。
並べられている料理が、お貴族様の料理のようにごろごろと置かれてある。
腹いっぱい食べきれないレベルにしか見えないし、はっきり言って大食いでない自分には食べきれる自信なんてない。
「……藤野ぉ、ジンがつれないよぉ! せっかく藤野が用意してくれたのにぃ!!」
「泣かないでくださいユナ様。食事前の涙はお料理の味がしょっぱくなってしまいますよ。塩辛をご用意しましょうか?」
「うぅううう……わかったよぉ! 秘匿機関の説明をしながら話そ? んで、メンバーも教えるから! それが交換条件!!」
「……そういうことなら食ってやらなくもねぇけど」
「よし、決まりね! いただきますっ」
先にルナが食事を始めるので、俺も恐る恐るテーブルに並べられた藤野の手料理を味わってみることにした。
……母さんの家庭の味、っつーよりお貴族様の味わい深い料理に舌が唸る。
同時に頭を抱えた。料理がうますぎるのは考え物じゃないか? と。
下手に三日間程度過ぎた料理を食べようとする俺が虚しく思える。
レナはまずステーキにフォークとナイフで切り分け始めるのを見てから確認する。
「んで? お前の所属してるのは秘匿機関で合ってるのか?」
「そう、秘匿機関。基本的に人間に害する存在である
「……しんかいってなんだ?」
「我々秘匿機関において、神話生物や怪異といった類の固有存在を認知しやすく総合した名称です。本来の意味は人為を越えた不思議なことを差す言葉でもありますが、秘匿機関限定の業界用語的名称と受け取っていただければよろしいかと」
横に立っている藤野が堅い言い回しで俺の疑問に答えてくれた。
「……
レナはフォークに差したステーキを俺に見せながら笑顔で言う。
「所属しないなら、君が復讐する怪異の情報が得られなくなる可能性がある、と言っても?」
「……なんだと?」
「そもそも君が利点もないのに勧誘なんてしないよ……っん、私の部下として、秘匿機関に入らない?」
レナは口に食べながら問いかけてくる。
「……入らなかった場合は?」
「私のことを知ったからには、君の体は確実にホルマリン漬け一直線かな。主に、君の目とか、脳も含まれるかもね」
……普通、なんでもない一般人がホルマリン漬けされるなんて聞いたことがない。 なら、彼女の言葉の裏に透けて見えている理由は一つ。
もし入らなかったら、俺は秘匿機関に殺されるからレナが殺させないための手段を提示してくれている、ということだ。
「……助けてくれる、って意味でいいのか」
「それが君が生きれる最善の選択肢だと思うよ。もし……できるなら、同意してもらえると嬉しいかな、なんて……どうかな?」
苦笑する月の擬人化、いいや、月姫である彼女が言うのだ。
これ以上の探りは、野暮って物だろう。
……あの怪異を見つけるために必要な事ならしかたない。
「……わかった、親父たちの仇を取れるんならな」
「ホント!?」
「うわっ、な、なんだよ!?」
レナは席から立ち上がったかと思えば、急に走り出して俺に抱き着いてきた。
「お、おい……離れろよっ!?」
「やだぁああああああああああああ!! 絶対やだぁあああああ!! 私の知ってるジンは絶対拒否してたもん! ホルマリン漬け一択だったもん!!」
「はぁ!? な、なんでだよっ!?」
本気でわんわん泣くレナに刃は戸惑う。女子に抱き着かれるなんて、初めてでもある。こういう時の女の対応を覚えるべきだったかもだが恋愛漫画なり少女漫画なりは女が見るもんだ。
自分がそういう物を見るのは……なんだか、気まずいというか。
「そこまで泣くことか?」
「だって、君は私の大好きな人間だもん! 私の大切な、大切な隣人で、切な人だもん!!」
「俺とお前は出会ったばっかだろうが!!」
「違うもん、私はずっとずっと、ジンが小さい頃からずっと見てたもんっ。だからわかるんだもん……っ」
潤んだレナの青色が、やけに地球の青色にも見える。女の子を泣かせるなって、父さんに言い聞かせられてきたけど、これは俺が泣かせた内に入るのだろうか?
刃は漫画で見た泣いている友達に背中に手を回すというシーンを思い出す。
本気でガチ泣きしてるレナに刃は弱弱しく背中に手を回す。
「……泣き止めよ」
「ひっぐ、うぅ……でも、ジンは……ジンがもしかしたら拒否するって思ってたから、その後の未来が秒読みだったから、怖くてっ」
「……俺は、受け入れたろ。だから、その……泣くなよ」
俺はレナが少し離れて、彼女の右目の涙を指で拭った。
「ふぇ? ……ジン?」
「女の涙って、苦手なんだよ。母さんも怪異に父さんを殺されてる最中の悲鳴が、どうしても頭から離れねえから」
「……ジン」
ようやく落ち着いてきた彼女の表情は、本当に俺を心配しているように映って、妙になれない気恥ずかしさを覚えた。
口に出さないよう、彼女に悟られないよう、自分の事実を口にする。
「だから、俺のためになんか泣くな。俺は不良になって喧嘩ばっかしか誰かの繋がりなんざ持ってねぇんだから」
「……それでも、それでもだよ。ジン。私は君が生きたいと望む限り、協力したい。だって――――君は、」
美少女の、月の擬人化である彼女の涙が頬を撫でて床に水滴を作る。
儚げな銀色の月が、頬の涙痕が、彼女の神秘性をより引き出している。
人形のような可憐さで、白の子猫のような愛らしさで。
彼女が零した涙と言葉の続きは、俯く彼女の内心は、信仰者と定義してくる俺に、悟られまいとしているようにしか映らなかった。
「どうした?」
「ジンの復讐の手伝い、するよ。君の両親を殺した怪異を、絶対に殺そっ? ジンがお爺ちゃんになって見つけられなくても、必ず協力するから」
「……勝手なこといいやがって」
生涯で印象的だと語れるワンシーンを、無自覚に刃は記した。
彼女の、まるで自分のためだけに流してくれる涙が、こんなにも綺麗だと。
美しいと、そう認識したのは人生で初恋の人よりも先だったから。
「え? だ、ダメ?」
「……そうだって一言でも言ったか?」
「!! ジン、大好きっ!!」
「は!? な、ちょ、だ、何回も抱き着くなバカ!!」
嬉しそうにレナが自分に抱き着いてくるのに思わず頬が熱くなる。さっきまでのが演技だったら、コイツは相当の悪魔と評していたがそういうわけではないと感じた、あの涙が証明だ。
「……どうしたの? ジン。まるで思春期の男の子みたいに顔赤らめて」
「お、俺は女子供に手を出さねえ! 変な目で見たりもしねぇ!! 絶対、そういう目で見ねぇから!! 勘違いすんじゃねえぞ!!」
「……勘違い? 何を勘違いするの?」
「……っ、わ、わかってねぇならいいんだよ、わかってなけりゃ」
レナは意外と初心ってことか……よかった。
なら問題な、
こてんと首を傾げたかと思えば閃いた、と言いたげにレナは手を叩いた。
「あ! 不純異性交遊して消花さんに蔑まれるのが怖いと見た!!」
「俺の期待をあっさり超えて言うんじゃねえよバカ!! って、俺が消花さんが好きなことも知ってんのか!?」
実は察しがいいのかレナはポンと手を叩いて笑う。肩を震わせる刃は声を荒げながらレナに確認すると彼女は意味深な含みのある笑みを見せる。
「あったりまえじゃん。私の信仰者に関する情報網舐めないでよね? 君の黒歴史が紙に書かれていたとするなら、一字一句間違えないで全部音読で読み上げられる自信あるよー! 赤ちゃんの頃からした失敗談から段々と読み上げようか?」
「やめろ!! マジでやめろ馬鹿!!」
「ふふふ、ははははははは……っ、ジンは素直だねぇ。どこも格好悪くないよ。ジンは誰も傷つけたくないから、ひとりぼっちになろうとしただけだもん」
「んなつもりねえよ、変なこと言うな」
「ふふふー! そういうことにしておいてあげるねっ! 消花さんに会う時はフローラルな香りさせてた方がいいかもよぉ? うちのお風呂大きいんだからっ」
「おちょくってんだろお前!」
レナが笑い転げながらも、刃は怒鳴る声が一室に響く中、冷静なメイドアンドロイドはわざと咳払いをする。
「こほん……お二人とも、お食事をしながらお話しするのでは? ……お食事が冷めてしまいますよ」
「あ」
「うん! そうだねっ。藤野! それじゃあ、説明の続きをするねっ」
誓刃 絵之色 @Spellingofcolor
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