第72話 立っていれば戦える

 ロイク・マレシャル・ド・フートリエは、片手に持つロングソードを両手で構え直した。


 黒い剣身にルーンのような文字が刻まれており、薄く光っている。


「さて、ジン君? 構えてください……。これは決闘です! その思い上がりを叩き直してあげます」


 旅に備えてのロングソードを抜くも、今は数打ちだ。


(魔法で強化して――)


 けれど、何らかのフィールドが広がった感触のあとで、発動しようとした魔法が打ち消される。


「させませんよ? あなたは、それに頼りすぎです!」


 言うが否や、ロイクの姿がいきなり大きくなった。


 一瞬で詰めるほどのジャンプだ、それも超低空。


 遅れつつも上からの斬撃に合わせて、外側へ滑らせる。


(まともに打ち合ったら、こちらが折れる!)


 剣の腹で滑らせて、そのまま体勢を崩したロイクに――


 下がっている切っ先の向きが変わり、ノータイムの切り上げ。


 予想外だった俺は、半身になりつつ、かろうじて避けた。


 けれど、こちらが後ずさったままの棒立ちで、ロイクの踏み込みによる横薙ぎをまともに受けた。


 幸いにも剣の腹だったが、受けた片腕で鈍い音が響く。


「ぐううううっ!」


 両足で踏ん張りつつ回転して、反対側の腕でロングソードを振るう。


 けれど、ロイクは小さくステップを刻むような動きで、俺を見たまま下がっている。


 攻撃からの無駄のない動き……。


 距離をとったロイクは、正面で俺を見た。


「降参しますか? もはや、勝ち目はありませんよ?」


 片腕の激痛に支配されつつも、俺は片腕でロングソードを中段に構えた。


 口を閉じたロイクは、先ほどよりも凄みのある雰囲気に。


(殺す気か……)


 本能的に、感じた。


 ならば、カウンターだ。


 上手くいけば、それで――


「私の負けです……」


 首を横に振ったロイクは、黒い魔剣を下げた。


 片手で小さな瓶を投げる。


「飲みなさい! それで回復するはず」


 何とか受け取り、相手を見たままで飲み干した。


 喉を通りすぎてから、すぐに効果を実感する。


「なぜ?」


 ロイクは俺を見たままで魔剣を鞘に納めつつ、寂しそうに言う。


「次の一撃で、どちらかが死んだからです……。それは望みません。あなたが負けを認めたら、このフレムンド学院に卒業するまでいるよう命じるつもりでした」


 背を向けたあとで、振り返る。


「切り札を見せれば、対応されるでしょう! 次に剣を向け合う時は、殺し合いになると思います。だから、ここで見せません」


 冗談っぽく告げたあとに、片手を振りながら立ち去るロイク。


 改めて剣を見ると……擦り落としただけで今にも折れそう。


「買い直さないと――」

「お前は! どうして、降参しなかった!? フートリエ先生は、完全に殺す気だったぞ!」


 血相を変えたティジャン・シュトロイベルに、両肩をつかまれた。


 ロングソードを納めつつ、答える。


「俺は、まだ戦えた――」

「自分の状態を分かっているのか? 今でこそ回復したが、片腕を潰され、浅いとはいえ心臓の上からも斬られていたのに……。殺される寸前だったぞ!」


 心配そうなベルント・フォン・グラプシュの指摘で、俺は自分の体を見る。


(確かに、言われた通りの跡だ)


「ジン……どこかへ行くの?」


 女の声に振り向けば、フランベル・デ・レオルミナスが泣きそうな顔だ。


「ああ! 俺は元の国へ行く。調べたいことが――」

「急すぎるわ! せめて、別れを告げる時間はちょうだい!」


 ルイーゼロッテ・フォン・ホルムの叫びに、ティジャンが深々と頭を下げた。


「頼む! 俺たちに、お前の時間をくれ……。明日いっぱい」


 学院の友人たちに見つめられ、俺は息を吐いた。


「分かった……。お前たちに言わなくて、すまない」



 ◇



 緊急招集された職員会議で、ロイク・マレシャル・ド・フートリエが頭を下げた。


「お騒がせした責任を取り、退職します! これまで、お世話になりました」


 納得できない教師の1人が、尋ねる。


「先生は、どうして?」


「生意気な生徒を懲らしめたくて……。やりすぎたと反省しています」


 軽い調子で述べたロイクに、尋ねた教師は納得できないまま。


 けれど、上座の学院長が宣言する。


「良いでしょう! フートリエ先生は責任を取ると……。引継ぎを始めて、構いません。事務のほうも対応するように」


「はい」


 事務を統括していると思われる幹部が、応じた。


 学院長は、さらに続ける。


「あと、アマスティア先生はクビです」

「なぜ!?」


 学院長は、呆れたように答える。


「男子寮に忍び込み、ジン君の部屋で寝ていましたよね? いい加減にしてください」


「同意なら、問題ないのでは?」


「そのジン君から苦情が出ました! 規則違反という時点でアウトですが」


 見ていると精神が不安定になりそうな顔になった美少女。


 アマスティアがフリーズしている間に、職員会議が終わる。


「では、そういうことで! フートリエ先生の送別会ですが、街にいい店が――」


 学院長とは思えないフランクさで、職員会議はつつがなく終了した。


 固まったままのアマスティアを残して……。

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