5.深謀

ああっ。

千景が驚いている。


多分、中学生。

二人だ。

出入口から三レーン目、奥のレーンからも三レーン目、丁度真ん中の通路。

レーンの通路奥付近に、二人の中学生が居る。


弘が居るレーンエンド側の、奥のレーンエンドに中年の男が居る。

どうも、その男、怪しい。


中学生二人の、異常な行動の前。

弘は、後三人、客が居るのを確認している。


一人は、おそらく。二人の中学生と同じ中学校の生徒だろう。

何か買って、出て行った。


もう一人、男が居た。

弘が、店舗に入った時から、二人の中学生と男は居た。

中年の男だ。

弘と同じ、レーンの奥側のエンドに居る、あの中年の男だ。


もう一人、レジに並んでいたサラリーマン風の男の、レジが終わった。

それを見ていたように、かなりな年配の男が、レジに向かった。

かなりな年配の男が、レジを済ませて出て行った。


店内に客は、弘と千景、中年の男性と二人の中学生の五人になった。


弘は、暫く、ぼんやりと中年の男と、二人の中学生を眺めていた。

そして、中学生二人の異常な行動を目撃する事になった。


中年の男性は、二人の中学生の近くに居る。

お互いに、無関係のようだが、確証は無い。


弘は、何度か中年の男が、中学生を盗み見しているのを確認している。

確実に、二人の中学生を見張っている。


一人の生徒が、周りに注意を払い、鞄から本を取り出した。

もう一人が、周りを油断なく見ている。

その本を棚に挿し込んだ。


その瞬間を千景が、目撃したようだ。

弘は、強張った千景の腕を掴んで、落ち着くように、目で諭した。


二人の中学生は、ゆっくりと別の本棚を見流している。

見ると、何も買わずに出口へ向かう。


弘は、千景に目配せをした。

跡を付けろ。と云う合図だ。


千景が、これまた、ゆっくりと二人の後を追って、出口へ向かった。

二人が外へ出たので、千景も出ようとしていた。


中学生が、鞄から本を取り出した瞬間、千景が近付いて来た。

そして、中学生が本を本棚へ挿し込むのを弘と千景は、目撃したのだ。


千景は、驚いたのだろう。

声を上げそうになっていた。


千景が、二人の中学生を追って、ゆっくりと書店を出ようとしていた。

弘は、慌てて、千景の腕を掴んで制止した。


中年の男が、すぐに書店から出そうだったからだ。

書店のすく脇でアーケードが途切れている。

その端に、二人の中学生は、自転車を止めていたのだろう。


さり気なく、アーケード通り側のガラスサッシの壁へ向かった。


本棚に、本を挿し込んだ中学生が、自転車のハンドルを握ったままだ。

もう一人の中学生が、先程、ゆっくり出て行った、中年の男の方に向かい、直立不動で緊張している。

中年の男が、中学生に、何か話し掛けている。


弘は、千景を店内に残し、やはり、書店から出た。

ゆっくり、中年の男の方へ向かった。

そして、ゆっくりと、中年の男の後ろを通り過ぎた。


中年の男が、二人の中学生に、早く帰りなさい。と云うのが聞き取れた。

中年の男も、立ち去るようだ。


弘は、手招きで、千景を呼び寄せた。

中学生二人も、自転車のペダルを踏み、漕いで去って行く。


弘は、自身を指差し、すぐ、中年の男を指差して、後を追うと伝えた。

そして、千景に目配せし、中学生二人を指差して、後を追わせた。

弘は、千景と書店の前で別れて、中年の男の後を追った。


中学生二人は、多分、自動車事故の、現場付近を通る筈だ。

と思っている。

その辺りに、扶川刑事が居る筈だ。

だから、目撃した事象を伝えるように、スマホのメッセージを千景に送信した。


そして、扶川刑事に伝えれば、後は、扶川刑事の判断だ。

千景へは、西阿西書店へ戻るように、メッセージで伝えた。


また、お互いにまだ、書店に戻っていなければ、書店で、待つ事に、メッセージで相談して決めた。


千景が、書店の前で、弘と別れて、中学生二人を追っている。

中学生は、自転車だから、当然、徒歩の千景より速い。


しかし、千景は足が速い。

自転車の速度か遅ければ、充分、跡を付ける事が出来る。


もし、追い付けなくても、北尾さんの事故現場には、扶川刑事が居る筈だ。

いや、確実に居る。


千景が扶川刑事に、書店で目撃した事を伝えるだけでも、良しとしている。


中年の男は、西阿中学校の方面へ歩いている。

弘は、その中年の男の跡を付けている。

警戒した様子は無い。


やはり、予想通り、西阿中学校の校門を通って入った。

中学校の駐車場へ、車を停めているのだろう。


多分、中年の男は、西阿中学校で、あの二人の中学生と、何か話しをしたのだろう。

そして、西阿西書店まで一緒に、或いは、そこで落合ったのだろう。


あの中年の男が、中学校へ車を停めているのであれば、弘が、いくら足が速いといっても、追い掛けない。

だから、車のナンバープレートを覚える事にしたのだ。


弘は、扶川刑事に、これらの一部の情報を伝える。

その交換条件として、車のナンバーの所有者を教えてもらおうとしている。

上手く、行くかどうかは、賭けだ。


案の定、中年の男の車が出て来た。

運転している男を確認した。

間違い無く、あの中年の男だ。

車のナンバーを記憶したが、紙もペンも持っていない。

計画は、完璧だが、準備は苦手だ。


忘れ無いうちに、急いで、西阿西書店へ戻った。

書店のレジでメモとペンを借りて、記憶したナンバーを書き留めた。

ギリギリ、セーフ。

弘は、自身の記憶力に、惚れ惚れした。


そして、出入口からも、突き当たりからも三レーン目。

棚の奥へ向かった。

奥から二列目、新刊の単行本の棚だ。

成程。

防犯カメラの死角になっている。


上段から二段目。

右から四冊目だ。


弘は、その本を手に取った。

有名な著者の歴史小説だ。

新刊の単行本だから、三千以上する。


弘は、先ず、本を捲った。

すぐに分かった。


「スリップ」が挿し込まれていない。

書店の、販売管理の元になる栞だ。

販売する時、レジで抜き取られる。


この「スリップ」が本に挿し込まれていない。

という事は、何等かの方法で、一旦、書店から持ち出されたという事だ。

販売か、そうでなければ…。

という事だ。


つまり、本を棚へ挿し込んだ中学生が、何等かの方法で、その本を一旦、書店から持ち出した。


だから、元々は、万引していた。

と考えられる。

刑事から、その中学生に聞込みがあった。

二人の中学生は、不安になったのだろう。

ただし、両親には、相談していないだろう。

先程の中年の男に、相談したのだろうか。

それにしては、親しそうでもなかった。


しかし、もし、知人でもないとすると、どういう関係だろう。

いや、あの中年の男は、どうして、あの中学生の万引…ではなく、書店から、本を持ち出した事を知っていたのか。


扶川刑事が、マークしていなかった中学生の秘密をどうして、知り得たのか。

お手上げだ。


ただし、この事をまだ、扶川刑事が気付いていない。

これは、事件捜査に関われる切り札に、なるかもしれない。


そう気付くと、嬉しくなった。

奥から、出口側へ向かった。

ガラスサッシの壁から、アーケード通りに向かった。

弘は。思わず、嫌らしい笑みを浮かべた。

上手く行くとしか、思えなかった。


ああっ。

弘は、思わぬ事態に驚いた。

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