第19話 弱気な少女
翌日、僕は手鏡を片手にスクールへと向かった。
教室にたどり着くと、真っ先にエルさんの隣の席へと向かい、彼女に挨拶をした
すると、彼女は少し照れくさそうに挨拶を返してくれた。そして、彼女はおもむろに一枚の紙を取り出して、僕の机の上に置いてきた。
「何ですかこれ?」
「これはパートナー申請用紙、これを提出すれば私たちは晴れて正式なパートナーになれることになってるの」
「そうなんですか、じゃあ早速」
僕はペンを取り出してすぐさま申請用紙に名前を書き込もうとしていると、エルさんが「ちょっと待って」と声をかけてきた。
「え、何ですか?」
「あのさ、本当にいいの?」
「あの、何がですか?」
僕の疑問に対してエルさんは少し間を開けて悩んだ様子を見せた後、真剣な表情で僕を見つめてきた。
「正直な話するとね、コマリ君はとてもすごいんだよ、私なんかと一緒にいるべきじゃないくらいに本当にすごいドルマになる、断言できるっ」
エルさんは真剣な目で僕を見つめながらそう口にした。
「そ、そんなことありませんよ、僕にそんな特別な力なんてありません」
「ううん、私みたいな出来損ないにあれだけの力を与えてくれたコマリ君なら、もっと良いドールと、もっといいクラスで、ドルマとしての経験を積むべきだと思うの」
「・・・・・・え、それはどういう意味ですか?」
「あのね、本当はコマリ君さえよければパートナーになりたい、でもね、コマリ君の事を考えれば考えるほどね、私はコマリ君に、より良い道に進んでほしいと思うの、私なんかが足を引っ張っちゃだめなんだと思うの」
エルさんは、どこか悩んでいる様子で喋り続けていた。その表情は笑っているように見えたが、同時に悲しそうにも見えた。
そして、はっきりとはわからないけど、エルさんは僕のことをとても考えてくれているらしい。
しかし、右も左もわからない未知の世界で頼りになってくれた恩人と決別するほど僕は恩知らずじゃないつもりだ。
「足を引っ張るなんて、それは僕のセリフですよ」
「違うよ、コマリ君は本当にすごいんだよ、だからその人にあったランク、つまり環境に身を置く方がいいんだよ」
どこか消極的に思えるエルさん、しかし、彼女の本心はこの机の上にある紙を見れば明白に思えた。だけど、それを直接聞くのも無粋だと思った僕は素直な気持ちを彼女に伝えてみることにした。
「エルさん、僕は昨日エルさんの姿を見てとてもきれいだと思いましたよ」
「え、えっ、急に何っ」
「キラキラと輝いて、凛とした表情で矢を放つエルさんの姿はとても美しく、とても強く見えました」
「あ、あれはコマリ君のおかげなの、私自身の力じゃないからっ」
「でも、ドールとドルマは二人で一つ、一心同体だと聞きました」
「う、うん、そうだけどさ」
「じゃあ、昨日の見惚れる様な訓練は、エルさんに備わっている素晴らしい力があってこそのものじゃないですか、実は昨日夢でもエルさんと訓練する位に心に残っているんですよ」
「わ、私も昨日夢で・・・・・・じゃなくてっ、コマリ君にはもっとふさわしい人がいるかもしれないんだよっ」
エルさんは思いのほか頑固だ。いや、きっと優しい人なのだろう。自分の事ばかりではなく、全体を見渡せる視野の広い人だ。僕も大人びてるだなんて言われるけど、エルさんだって大人顔負けの目を持っている。
だからこそ、僕には目の前にいる彼女とパートナーになれればとても楽しい日々を過ごせそうな気がしていた。
「わかりました」
「えっ、あっ、うん・・・・・・そう、そうした方がいいんだよコマリ君、こんな紙を渡してごめんね」
「じゃあ僕からエルさんにお願いします」
「え、何を?」
「パートナーになってくれませんか?」
僕の言葉に対して、エルさんはきょとんとした様子を見せたかと思えば、わたわたと焦りはじめ、そして、むっとした表情で僕に顔を寄せてきた。
「だ、だから、コマリ君はもっと上に行くべきなの、私なんかにかまってる暇はないんだよ。世界は今一人でも多くの優秀な人材を欲しているのっ」
「僕はここに来たばかりですから、ここの事情なんて知りません」
「し、知りませんって、そんなのは通用しないよっ」
「でも、僕はエルさんとパートナーになりたいんです、嫌ですか?」
「嫌じゃないけど、なんで私なんかとパートナーになりたいの?」
「聞きたいですか?」
「き、聞きたい」
エルさんは表情がころころと変わり、今度はおずおずとした様子で上目遣いで僕を見つめてきた。その様子はどこか期待に満ち溢れた瞳であり、これといった理由が思いつかなかった僕は少し困ったが、
「さっきも言いましたが、ドールとドルマは仲の良さが大事と聞きました。ぼくはエルさんと仲良しになれると思っているからパートナーにお誘いしているんです」
「それが理由?」
「はい、ここに来た時から随分と優しくしていただいていますし、今もこうして楽しく会話をしています。こんな事生まれて初めてです」
「生まれた初めてなの?」
「ろくに友達ができたことはありません、いつもお喋りの相手は大人の方ばかりでしたし」
「な、なるほど、それでコマリ君はそんなにも落ち着いてるし、言葉も達者なんだ」
「はい、だからこうして同年代の人とおしゃべりできているのは本当に嬉しいんです、しかも、僕とパートナーになりたいと申し出てくれている。こんなに嬉しいことはありません」
「でも、それじゃあ」
「僕はエルさんの気持ちが知りたいです、僕はもちろんこの紙に名前を書いてあなたとパートナーになりたいです」
「う、うぅ、でもドールの未来が、周りの目が、迫りくる危機が・・・・・・」
エルさんは頭を抱えてうなり始めた。そんなに悩むことなのだろうかと、思いつつも僕は彼女の様子を眺めていた。
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