第7話 鏡の伝説
僕がそういった瞬間、メルさんがきょとんとした様子で見つめてきた。かと思えば、パァッと花でも咲いたかのように笑顔になった。
「すっごーい、コマリ君鏡の世界からやってきたのっ?」
「い、いや、鏡の世界ってわけじゃないと思うんですけど」
「でも、鏡の中からやってきたんでしょっ」
「えっと、僕の記憶が正しければそれで間違いはありません、としか言いようがありません」
「わー、私も鏡の世界に行きたーい」
「メル静かにしなさい、今は大切な話をしてるのよ」
「えっ、はぁい、ママル」
メルさんはしゅんとした様子で口をつぐんだ、そしてママルさんはというと真剣な様子で僕を見つめてきた。
その顔が果たして本当に信じてくれているのか、はたまた、あきれ果てたが故の顔なのかわからなかったけど、その真剣な表情に僕は怒られるんじゃないかと思い、少し緊張してきた。
「コマリ君、その話は本当なの?」
「はい、大きな鏡を触っていたら突然鏡の中に吸い込まれて、それで気づいたら知らない場所、つまりはこの「ドール」という国にいました」
「じゃあ、コマリ君は鏡の中に吸い込まれてここにやってきたという事?」
「はい、まぁ、半分は好奇心だったんですけど」
「とても信じられない話」
「そ、そうですよね」
当り前だ、だれがどう聞いても鏡の中からやっていましたなんて言えばそりゃもう頭のおかしいやつだといじめられてしまう。だけど、目の前のママルさんはやはり真剣な表情だった。
「つまり、コマリ君は鏡を通してこの世界へとやってきたという事ね」
「はい」
「見たところドールにいる人間と大差ない身なりではあるけれど、そうね、確かにどことなく君からは違う匂いを感じるかも」
「に、匂いですか?」
なんだか変なにおいでもしているだろうかと、自らの服を匂うと洗濯用洗剤の良い匂いがした。もしや、この世界ではこの匂いが変だったりするのだろうか?
そう思いながら自らの身体を匂っているとメルさんが僕の体を嗅いできていた。
「わーっ、ちょっとメルさん、なんなんですかっ」
「えーっ、コマリ君変な匂いしないよ、むしろいい匂いがするよ、スンスン」
メルさんの突然の行為に困りながらもママルさんは少し呆れた様子で僕たちを見ていた。
「コラ、言葉のあやというものよ、二人とも」
「言葉のあや、ですか?」
「コマリ君からは少し違う雰囲気が漂っているわね、そう、それはまるで・・・・・・」
「まるで、なんですか?」
なんだか気になる間を作ったママルさんは、数秒の沈黙をなかった事にするかのように笑った。
「いえ、いいのよ、それより君がここに来た時に鏡を通ってきたという事でいいのかな?」
「はい、自宅の倉庫で大きな鏡を触っていたら、突然引っ張られるように鏡の中に吸い込まれたんです、本当なんですっ」
嘘だと思われないように必死に真剣に思いを告げると、ママルさんは少し驚いた様子を見せた後、優しい顔で何度か頷いた。
「ふふふ、そう、わかったわかった、ふふふっ」
「あれ、僕なにかおかしなことを、あ、いやおかしなことを言ってるんですけど、本当の話なんですよママルさんっ」
「ううん、別に君を疑っているわけじゃないから」
「ほ、本当ですかっ?」
「実はねコマリ君、わが国「ドール」には君のように鏡を通して、別の世界の住人がやってくるという伝説が残っていたりするのよ」
「僕と、同じような人がいたんですか?」
「ただ、コマリ君には悪いけど、君が元の世界へと帰れる方法は知らない」
「そ、そうですか・・・・・・」
「でも、心配しなくてもいいわ」
「え?」
「伝説には、鏡を通してやってきた者は大きな功績を残し、元の世界へと帰っていったとあるの」
「そ、それはつまり」
「えぇ、君が元の世界に帰れる方法は必ずあるわ」
「そうなんですねっ」
「そう、だから帰り方が見つかるまではここにいるといい、歓迎するわ」
「こ、ここにいてもいいんですか?」
「勿論よ、君とこうして出会ったのも何かの縁、それに伝説を体現する君をほったらかしにできるわけないでしょう?」
「あ、ありがとうございます」
なんとも希望に満ちた展開に僕はひとまず安心した。おまけに屋根の下で過ごせるというおまけつき、こんなにも幸運な出来事に僕は再び涙が出てきそうになった。
「まぁ、とは言ってもねコマリ君」
「はい、なんですか?」
「この屋敷に住むからには少しばかりお願いしたいことがあってね」
「はい、なんでしょうか?」
「まぁ、私の代わりといっては何だけど、少しこの屋敷での家事、手伝いをしてくれると非常に助かるんだ。
これから私も忙しくなりそうだから、ほんの些細なことでもいいから家事手伝いをしてくれると助かるんだ」
「それはもちろんです、何でも言ってください、僕にやれることなら何でもやります」
「あら、何でも?」
「はい、なんでもします」
「ふふふ、そうかい、それは助かるよ」
「はい、よろしくお願いします」
「じゃあ今日からよろしく頼むよコマリ君、今日から君は私たちの家族同然だ、遠慮せず暮らして欲しい」
「あ、ありがとうございますっ」
そんなこんなで、僕はメルさんの屋敷で暮らせることとなった。
わけのわからぬ場所へきて、さっそく屋根の下に住むことができるとは思わなかっただけに、僕はなんて幸運だと二度目の紅茶に口をつけていると、隣にいたメルさんが僕の事をじっと見つめてきていた。
その表情はどこか嬉しそうであり、目がキラキラと輝いているように見えた。
「コマリ君、これからよろしくねっ」
「はい、皆さんのお邪魔にならないようにひっそりとしてますので」
「私、コマリ君だったら大歓迎だよ」
「本当ですか?」
「もっちろん、じゃあ今日は一緒に寝る?」
「えぇっ!?」
「あれ、コマリ君私と一緒に寝るの嫌?」
「い、いや、嫌とかそういうことじゃなくて」
誰かと寝るなんてこと、もう何年も経験していないだけに変な抵抗感を覚えた。しかも、今日会ったばかりの相手となんて余計にだ・・・・・・じゃなくてっ、もう僕だって11歳にもなるんだから女の子と一緒に寝るだなんて事、出来るわけが無い。
そう思っていると、ママルさんが僕の気持ちを察したかのようにメルさんに声かけた。
「コラッ、メル」
「え、どうしたのママル?」
「コマリ君には空き部屋を使ってもらうから、メルとは一緒に寝ないのよ」
「えー、でもコマリ君と鏡の世界についてお話ししながら寝たいのに、ぶーぶー」
「我慢しなさいメル、えっと、それでだねコマリ君」
「はいなんでしょうか?」
「この屋敷は私たち5人姉妹には持て余すほどのものなんだ、その事もあって空き部屋はたくさんある、だから空き部屋なら好き所を使ってくれてかまわないからね」
「本当に、何から何まですみません」
「いいんだ、ちなみに部屋には家具やらなにやら全部そろっているから安心して欲しい、君を地べたに寝させようなんてことは思っていないから」
「ありがとうございます」
「気にしないでいい、だが、少しくらい掃除した方がいいかもしれない、使っていない部屋はホコリがたまっているかもしれない」
「掃除なら慣れていますので、大丈夫です」
「そう、なら安心ね」
「はい」
そうして、この屋敷にお世話になることになった僕は、それからしばらくお茶とお菓子を楽しんだ。
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