9 赤褐色、竜王、ワイン
城は静けさを取り戻す。
人々の慌ただしさは先ほどと打って変わり、日常の中の忙しさに。
でも稀に、足を留める者がいる。
その者たちは突如現れた
急上昇な人気を誇るドラゴン。
『人の噂も……』と良く言うが果たしてこれは、何処までなのやら……。
「……」
城下も城内も気にかける国王は被害整理などを終え、ひとまず部屋に腰を据える。
『人の口に角は』と、心穏やかではいられないジャンヌがいる。
何故にそう思うのか。
それは今、人々が囃し立てるのは……。
「国王も大変じゃの、ジャンヌ」
「
「くふっ、ジャンヌ。いつ振りだ」
「いつ振りも何も! 先日お会いしたではありませんか!!」
憤るジャンヌは上空にいた竜を、今!
目の前にしてやる。
大きさは先ほどとは全く、違う。
ジャンヌの背丈、数センチ上にして大ぶりではなく細身、容姿は赫く燃える赤褐色の鱗。
仕切りに振り回す尾の雰囲気は、柔らかい。
「そう怒るな国王よ。ワシとお前の仲であろう?」
「怒りたくもなります。あのような出立ちで城に来訪とは! 気高き種族。いいえ、この国の守護竜で在らせられるのに!!」
ジャンヌは、怒り心頭である。
それもそのはず。噂渦中の竜はあろうことか、城に敵意を向けたのだ。この城の旗模様にしてこの国の
「そう騒ぐな」
「まあ、過ぎたことは過ぎたですがそれにしてもっ」
眉間に深い皺を寄せるジャンヌが、いる。
しかし、何事もなく落ち着いた今にも安堵してやっている。
そんな自分が腹立たしいと思うジャンヌを、見透かす竜がいる。
「ぐふ、おまえはかわいいな」
「茶化さないでください! 何故にあのような振る舞いをされたのです!」
「それはお前がよく知っておろう」
ギランと、鋭い眼光に睨みされるジャンヌはぐうの音も出ない。逆に自身を咎められるジャンヌは、胸に手を当てる。
「ぐふふ。してお前の可愛い甥っ子、ルキア」
「彼奴の背中、何故隠していた」
「それは……」
「これは由々しき問題だぞ」
「それは……」
「ぐふ、我らが結びし幸せ同盟も破綻……か。のお?」
「脅さないでください」
力強い足が床に落とされるが、音はしない。
「……
「なんじゃ?」
「ルキアを存知ていたのですね」
「くく、あの
ジャンヌは竜王の口から吐かれる覇気に、「はっ!」と跪く。
「まぁ、剣の方は。そこまで、怒っておらん」
「……」
用意されたグラスを取る竜が、いる。
其奴の指はいつのまにか、小麦肌のスラリと長い五本指を模していた。
グラスは、骨張った手にくるくる回される。
「骨を
鋭い牙が光ると同時に、目もぎらつく。
勢いよく呑み干されるグラス。そこに無言で葡萄酒を注ぐジャンヌが、いる。
ジャンヌが持つ栗色の瞳の中に、獣の姿はもういない。代わりにあるのは……赤い液体に映える見目良い男。
ワインの芳醇さを堪能する所作は、人として手馴れいた。
「う〜ん、人界が作るこれは堪らん」
「いつもお喜び。ありがとうございます」
「じゃが。ルキアは帳消しにはならんよ? がはははは」
ジャンヌでも惚れ惚れしそうな、恰幅良い笑声が上がる。
そいつは力強い切れある目を持ち、赤褐色の鱗を持っていただけに小麦肌がよく似合う男に変貌していた。
周囲に女が居ればさぞモテること間違いない容姿に、ジャンヌは感嘆と伴に呆れてやる。
「初めから、その姿で来てくだされば」
「ぐふ、小僧に威厳を知らしめる為だが全然。まったくもって手応えがなかったわ」
「城主である私の身にもなってください。私は、焦りました」
「ワシは城がどうなろうが、知らん」
ジャンヌが眉を引き攣らせる横で、豪快にワインを干す者は外を眺める。
窓から伺える空の青さと、国の刻印ある旗を目に浮かせるや喉の音を──。
「ぷっはぁ、やはりうまい! 我等、獣人の民も
「お持ち帰りください」
「無論だ。ルキアと一緒にワシを拒んだ礼は尽くせ」
「勝手にお見えになったのに?」
「ぐふふ。お前だけでも早う気付けよ、そして出迎えろ愚か者め」
ワイン一本を空にすると、その瓶を振り回す。静々、ジャンヌが用意した新品もラッパ飲みしてやる。
ゲップに夢中の飲んだくれ竜王は、新しい物を受け取るやいきなり……。
「ジャンヌよこれではなく、聖なるワインを持て」
「聖なる? どこかを怪我されたのです。御身を浄められるのですか」
「馬鹿もん、ワシではなく小僧じゃ!」
「!!」
ジャンヌは、鍵かかる棚から
中の液体は七色に反射し、妖艶に輝く。
「ルキアに、ですか?」
「そうよ。ワシはアレが気に入らん。これで試してみて駄目なら……」
「アレとは背中ですね? そしてダメとは」
「ふ、考えねばならぬ」
部屋を、いきなり飛び出す二人がいる。
「赫竜さま!」
「ジャンヌ、この姿の時は「レッド」と申せ。だ!!」
「そんなことより待ってください!」
マントを翻し、颯爽と歩く爽やかな小麦肌の男、竜王がいる。城歩く女性の視線を釘付け、時折ふざけたように
ジャンヌは、追いかけながら恥ずかしさを覚える。それは、彼が歩くと気絶する
自覚があるから達が悪いと、ほとほと呆れてやる。
そんな道すがらを後ろに、目的の部屋に着く
ガラス瓶を握りしめ、その扉を大仰に開く。
「小僧、起きてるな?」
「ああん、誰っおいっ、お前!」
ルキアは素早く、身構えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます