4 本音、墓、空

 

 これは、『赦されない』出来事……なんだ。


 でも……。


 オレの横に死体が一つ。

 それは、オレの父親。


「ふ。あっけない……」


 オレは、そこに横たわる屍肉を家の外へ引きずる。地面にあと残す塊はここまで重くこんな不快だとは、思いもしなかった。

 この世界では多々あることだが……やはり思わされる。


 子が親を殺すほど、醜いものは無い。


 オレも今日から、その中の一人だ。

 全身に鳥肌が立った。昂奮こうふんからなのか、憂慮ゆうりょからか? 

 どの感情から毛が立ったと問われれば、今はたぶん。

 憎悪からだろう。

 

「あんたがあんなことを言わなければオレは」


 殺す気はなかったのか? 本当にそうなのか?


 オレは自問するも、頭の中で今まで何回も殺めた父がいたことを想起さす。

 そして、現実になったのだ。

 亡き骸をくのをやめ、一旦足元に置いた。

 何故かまじまじと……観察を、始めた。

 親子なのに似ていない。

 そこに、安心した。三角座りの膝に頭を預け、横たわる者を諦観するも反省の色なし。

 そんなもん、しない。


「なあ、オレに殺された気分はどうよ?」


 殺害に至ったのには、理由がある。

 事の発端は妹のリリィ──……だ。


 オレが癒される憩いの場所は……妹。

 だけ……なんだ。


 親父こいつは息子を、道具としてしか見ていない。

 そう、父親から見たオレは魔法道具。

 父の古代魔法の研究としてのみに生まれ、かされていた。


 母の胎内にいる時から、とある魔導を体に仕込まれる。

 十月十日とつきとうか

 母胎となる腹に魔方陣を描き、臍の緒に胎児に粛々と魔法力を定着さす儀式。


 特殊な魔方陣を持って産まれさせる。


 でも母は、生まれるオレを楽しみに腹を撫でていた。醜い魔法印が刻まれた皮膚の上から。

 赤児オレに伝わる手の温もり。嬉しく、胎動で返事していたような……。

 母の明るい聲がずっと、聞こえていた。

 父の、どす暗い囁きも……。


 十月十日。


 オレはその腹の印を背中に宿し、産声を上げた。

 ……。


「いやな父親だ」


 あいつの肩書きは、残虐非道な錬金術師にしてどす黒い闇の賢者さま。

 でもそれは、オレが生まれる数年前から付いた異名であって……。

 昔は違うかったらしい。


 叔父もだが母も言っていた。そしてそれは、幼な心をくすぐる。


 国の英雄、国王の長男。どんな困難にも立ち向かう不屈の魔法剣士。


 父が結婚する前の話。子どもの頃の寝物語。どんなおとぎ語りの王子より、輝いていた。

 そんな話に、目を輝かせていたんだ。


「ふ……」


 でも非道さは年々、増すばかり。それが原因でオレと妹は、離れ離れ。

 そして母さんは……。


「なのに……」

 

 妹のリリィを手元に呼び戻し、母と同じように魔の苗床にしようと目論む愚か者……。

 

 そんなこと、させない。


 大事な妹は叔父の娘として楽しく、暮らしている。


「父さん、過去のあんたが今のあんたを見るとどう思う?」


 象牙色の上に毒々しい緋が、生々しい残痕がある。それはこの世で見た、どの色より綺麗で、どの色よりも罪深く……やはり、きれいなんだ。


 父を、殺めた。

 妹を護るため? その理由はほんとうか?


「……くそっ!」


 地面に転がる嫌いな物体を足で、小突いた。


「傷が熱い」


 この悲鳴上げる身体は勝手に、治癒魔法を施す。それは親父に掛けられた、古代魔法の所為で──……って本当にそれだけかな。

 ……?!

 自分の意思とはお構いなしに、自然に治っていく身体。

 ……心は、蝕まれる。

 そんな自分に飽き飽きだ。でも生きていると人間、欲深いものだ。


 きちんと治っているのだろうか?

 肉体は良くても精神はどうだ?


 自問自答する。


「ふ、はは。あはは」


 この笑いは――。


「何で耐えていた? オレの背中にあるのはこいつの遊具おもちゃだったのに」


 肉体に施された魔導法力は『生体錬金』。

 背中の皮膚には誰もが欲しがる、古代魔法の錬成陣がある。

 オレの背中は神秘で、『素敵』で、生ける特殊な錬金魔道具。


 欲しい物を何でも産み出す。

 この手、この腹、この背中、……オレ自体が金のガチョウ。


 そんな魔法にほだされた父はで、錬成を繰り返す。

 今思うと、耐える必要はなかった。

 そうだよ、早くにこうしていれば良かったんだ?


 否……。物心ついた時分には、金の卵を産む鳥だ。

 

 当たり前のように魔方陣身体から練り出す魔物は時には苦痛、時には歓喜。

 こんな感情は可怪おかしい。

 でもオレも、慣れてしまったんだこの感覚に。

 何て浅はかで愚かな痴れ者よ。

 親子揃って、どうかしてたんだ。

 

「阿呆ぅだ」

 

 だけど、その麻薬しびれから解き放ってくれるのは──……っ。

 父親こいつといる時はぶっ壊れているこの脳みそを、正気にしてくれるのは……

 

「リリィに会いたい……」


 普通に生まれたリリィはもう、オレにはどうしようもない宝石で……宝物。


「……」


 オレは瞼を閉じ、鼻から息を吸う。

 その空気は清々しく澄んでいて、まるで朝に吹く爽涼を感じさせてくれた。

 

「オレで充分遊んだんだ。もう満足しただろう?」

 

 リリィはある日を境に、ライの妹になった。ライを実の兄と慕う傍ら、オレも兄と呼んでくれるリリィがいる。


「……」

 

 二人の為に強く在ろうと思うオレはなんて身勝手で浅はかで、それでいてやはり傲慢なんだ。


 今、耳には土を掘る音が訊こえる。


 淡々と。

 がしゅざしゅと、忙しく鳴る音はオレの嗚咽に似ているようでそうでなく。

 なぜか──、楽しい。


 だってさ、解放されたんだ。


 でも背中にある刻印は、離してくれないし赦しもしないだろう。

 この魔法錬成陣は消えることは、無い。

 この先、知能高い魔物や悪どい人間。その他大勢に、欲せられる。

 生きている資格はあるのか?

 でも、それでも嗚呼――、今は。


「いきたい……」


 気付くと爪は剥がれ、手肉の至る皮膚が破けている。素手で穴を、掘り進めていた。

 傷なんてどうでも良い。

 今は無性に……。


「明日は晴れだといいな」


 湿る土穴に蓋をする。砂場で城を作る子どものように、優しく、無邪気に、丁寧に。

 あはっ、ほほ笑んだ。

 頬肉が弛緩されているのが凄くわかる程に、歓喜した。


「城には旗だ」


 まだ乾き切らない土に、父が愛用していた杖を刺す。

 ……。

 童心に無邪気に、自由を天国を手に入れたんだ。 

 でも、地獄も見なければ……。

 だって。

 ──この背中の責任を、取らなければならない。


 父さんの後始末。


 オレで造られた魔物を一掃せねば。オレに加背られた十字架は下ろせない。


「くっそ親父」


 でもオレは、それを楽しんでいる。

 その間は死ぬことが出来ん。何があっても生きねばならんのだ。

 それにこれからは、リリィにもライにも自由に。


「会える」


 もう親父の目を盗んで行動することもない。

 まだ足枷付きだけど、自由な時間を手に入れたんだ。


「出掛けよう」


 親父の魔剣を、もらう背負う

 でもこの剣、実はこの体から造り出されたんだ。

 今となっては形見なんだろうが、元を正せば。


「オレのだ」


 だから、いいよな?

 

「だよな?」


 家を、焼く――。

 馬に跨がる。

 ……。

 風に弄られる髪の解放感が心地よく、どうでも良くなっている気でいるが、忘れてはいけないことがある。


 どう、報告しよう……。


 現国王でもある叔父にして父親の弟。

 そう。告げに行かねばならん。


「哀しむかな……叔父さん。……」


 蹄の音に合わせ、心が踊る。

 仕方ないじゃないか、今は晴れ晴れとしてるんだ。叱られ、勘当されてもそれはオレの責任だ。でもそうなったら……リリィに、正面切って会えなくなるな。

 けどさ。


「叔父さん、ごめん」


 故郷のドラゴニアまで着くのに、馬の足は速い。

 家から、一日もかからなかった。

 

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