第34話 触手操 〜 魔力修練 ep5 【閑話】

―― なんとなくのフライト?

―― まぁ、浮いてみただけだけどね。

―― それに成功した昨日に引き続き、今日もパパと修練だ。


「マコト、今日はスケボーを忘れるなよ?」

「了解であります」

「じゃあ行くか」


―― そう、今日は待望のスケボーを使った修練。

―― 昨夜はなかなか寝付けなかったくらい楽しみにしていたことだ。

―― 昨日はただ浮かぶだけなのに思わぬ苦労にへこたれそうになったけど、その先にスケボーを乗りこなす自分の姿を思い浮かべることで頑張れた気がする。

―― 乗り越えた今日は新たな気持ち。

―― そのせいか、マコの目には走り出す軽トラもどこか軽やかに映るみたい。


「昨日と同じ場所で良いよな? 今日はウルサくしないから、ハイエナたちがやってくるかもしれないけど、昨日のあれで撃退できそう?」

「あれってつぶてのこと?」


「うん。つぶてでも、爆裂魔法でも、なんなら棒に跨がって蹴散らしてもいいよ。昨日はいい塩梅で暴れる動きができてたから、ヤツらもきっとびっくりして逃げて行くよ」


 皮肉混じりのジンの言葉。よほど昨日の光景は面白かったのか、そこをイジってくるジン。マコトは思い出すと、恥ずかしくなったのか少し火照った表情を見せる。


「もぉ、言わないで~。いじわる~」


―― そういえば随分楽しそうに笑いながら見られていた気がするよ。

―― それを思い出すだけで、口は軽くつぐむし、マコの右頬は膨らんじゃう。

―― うーん。

―― 今日はそうはならないぞぉ!

―― パパめ、絶対見返してやる!


「大体今日はきっと安定するから蹴散らせないと思うよ?」


「アハハハ、そうかそうか、すまんすまん。よーし着いた。今日も頑張るぞー」

「「オー」」


 ちょっとした空き地のような広場に軽トラを停めて、地に足を下ろす。風はあまりなく、程よく乾いた土が主体の地面に大小の小石が疎らに落ちている。わりと広めの平地だが、この付近には人家はなく、少し離れたところは岩山や大地の起伏のせいでその向こう側がよく見えない状況だ。


 それでも半径30mくらいには動物なども見当たらない修練にはベストな状態の広場のようだ。ジンは周囲を見渡し危険がないことが確認する。そして、二人でまずは息を大きく吸い込み気持ちを高めたところで、最初の指示を述べ始める。


「さあ、まずはつぶて用の小石を10個くらい拾おうか? 今日はハイエナたちもやってきそうだから、いつでも撃てるようにポケットに入れて備えておこう」

「了解!」


―― そうそう。

―― 一応、備えの石ころは必要だよね。

―― ちょうどよい大きさの小石を拾ってポッケに詰め込まなきゃ。

―― マコは手が小さいから小石もちっちゃめだけど、ちっちゃすぎると上手く飛びそうにない気がするから、直径1cmくらいの丸くて固くて重そうな石をチョイスしとくよ。


「続いて、まずはオーラの扱い方をやってみよう。手からオーラを多めに出してみて。テニスボールくらいかな?」

「こんな感じ?」


 オーラとは生体エネルギーのことだ。無色透明なため普通の人の目に止まることはないが、それを認識するマコトたちには、透明だがその輪郭部分が薄っすらと知覚できるようだ。


―― まずはオーラに意識を向けて手のひらから炙り出す感じ。

―― ジワっと浮き出てきたところで、その形をよく認識する。

―― それをざっくりと変形していくイメージを思い浮かべる。

―― そうして、徐々にボールのような球体に整えてみる。


「オ! いい感じ、そうそう、大体そんな感じ。それを細く長く紐状に伸ばせる? ひとまず5mくらいかな?」


 ジンの指示を受けて、テニスボール大のオーラの塊の頂上から直上方向に紐を引っ張り出すように指より細い紐状のオーラを紡ぎ出す。


―― 初めてやることだから、太さが均一にならない。

―― だけど、伸ばしながらちょいちょい太さをなめしていく。

―― そうしていくうちに、結構な長さの紐状オーラが完成だ。

―― パパの身長のだいたい3倍くらいかな?

―― それでも、マコから見たらざっくり10倍の長さだ。

―― そのまま見上げると、ひょえーだよね。


「できた。こんな感じで良い?」


「いいね。そうだ。そんな感じ。それを動かすと、人や物に当たってもすり抜ける? それと、その重なりを感じることはできる?」

「うん。すり抜けるね。あ? 重なり? うーん。ちょっとわかりにくいかも」


「そうか、じゃあ、感じられるように、意識を集中してみて。特に生き物に対して。相手にも何かしらのオーラがあるわけだから、オーラが触れるときに、目で見るときのオーラの色が見えるみたいに、何か判別はできないかな?」


「ちょっと待ってて。そういう視点での判定方法ね? あぁ、なんとなく、まだ少しぼんやりだけど、さっきよりは知覚できてきた気がする」


「試してみようか。目を瞑ってパパの動きを捉えてごらん。はい、瞑って。パパの方向を空いてる方の手で指差してみて。変化の都度ね。できれば、大体の距離をm単位で、さらにできれば近付いているのか、遠ざかっているのかも、言ってみて!」


「わかった。近付いてる2mくらい? あ、遠ざかった? 4mくらい」

「はい、OK。大体合ってるけど、認識の遅れがあるみたいだね。まぁ、慣れていけば精度は上がっていくのかな? それで、識別はうまくできてるのかな? オレ以外にも虫なんかもいるわけだけど」


「あぁ、えっとね、大きさの違いがわかるから大丈夫っぽい。大きさ以外にも、なんかノイズのような波長のようなものの違いがあるみたいだから、慣れていけば識別できるようになるかも?」


「おっ、そうか、それは心強いな。じゃあ今度は、その紐状の長さを20m位に伸ばせる?」

「うん。できた」

「それで周囲に他の動物はいないかい?」


 伸ばした紐状のオーラをグルッと360度、マコトはゆっくりと回していく。草木や虫以外、特に動物の存在は感じられないようだ。


「うん。いないみたい」

「じゃあ50mに伸ばせる? 伸ばせたら周囲チェックしてみて」


「うん。できた。できたけど、回転する外側部分の速さが速くなると、チェックが雑になるから回転も遅くならざるをえないかな?」


 そう言いながら、マコトはさっきよりもゆっくりと紐状オーラを回転させていく。


―― ん? 何か反応があるみたい。その前方向を少しだけ念入りにスキャンだ。


「あぁ、仕方ないね。でどう? 何かいた?」

「野良猫かな? それが数匹いると思う。マコの1時の方向45mくらいにかたまってる」


―― たぶん四つ足の動物かな?

―― うろうろとうごく様子は、こちらを警戒しているのかな?


「大きさは小さいの?」

「あぁ、でも遠いから小さく思うけど、もしかしたらハイエナたちかもしれない?」


「よし、じゃあ、どうしたい? このまま近付くのを待って迎撃の訓練をするか、今、このまま浮上して、威嚇弾で近付いてこないように蹴散らすか?」

「うーん。迎撃も楽しそうだけど、まだうまく使いこなせていないから、一旦威嚇して蹴散らすでいい?」


「んじゃ、そうしよう。つぶては準備できてる? 一発目は準備する余裕があるから、例の爆裂魔法? やってみるか?」

「あ、それいいね。でもうまくできるかな?」


「ん。だから、今練習するんだろ? はい、棒に跨がって、空気玉を準備して!」

「うん、そうだね。練習練習。こんな感じ?」


「おぉ、いい感じだ。そのままギュゥーッと圧縮して!」

「そう、撃つ直前に豆粒大まで一気に圧縮して撃つのがポイントね。準備できたら、反対の手で棒を持ってゆっくり浮上しようか? 10mくらいまで」


「わかった。リフトオフ。このくらいの高さかな?」

「OK。あぁ、やっぱりハイエナたちだね。威嚇が目的だから、少し手前を狙うよ?」


「わかった。じゃあ撃つよ」

「ファイヤー!」


 ボッ、ゴォーーッ、ドォーン。ボワッ。

 チリチリチリ。

 ハイエナの手前で派手に炎が弾け、ハラハラと散り消える。

 ハイエナたちは慌てて離散するのが見えた。


「うまくいったな、マコト」

「うん。ナイスでしょ?」


「あぁ、正直凄いなお前。普通は目線と実際に打ち出す手の位置の違いからくる照準のズレがあるから、そのイメージ補正が難しいし、そのイメージ通りになるような撃つ挙動も難しいんだ。だから、最初はうまくいかず、その摺り合わせの練習が必要なはずなんだが、一発目で何でそんなにうまくいくんだ? マコト」


「エヘヘ、すごいでしょ。まぁ、特別なことはしてないよ。風がないから、その補正がいらない分、楽だよ。目と目標を結ぶライン通りにそれに平行な射線で撃つだけだし、目と手の位置の幅分だけズラした位置を狙うから、平行線が目標に一致するだけだよ」


「なるほど。というか、それができないから、みんな難しいんだよ」

「テヘッ、マコ天才?」

「ああ、末恐ろしいほどにな」


「え? マコが怖いの?」

「いや、そうじゃない。マコトは相変わらず愛狂おしくて可愛いよ。そんな娘の才能に興奮して震えがくるだけだよ。嬉しいんだ」


「そっか、喜んでくれたのならいいや」

「さっきの爆裂魔法? 放つスピードが増せれば、もっと威力も増すし、放つ時にねじ込むイメージで回転を入れられれば、それこそマコトの言う爆裂魔法らしくなるんじゃないか?」


「え? 本当に? 元をちっちゃめでやってみる。こんな感じで、っと、ファイヤー!」


 ギュルギュル、ドーン!


「わ? 凄い。これならちっちゃくて済むし、すこしなら連射できそう」

「何でもすぐできちゃうんだな、マコトは」

「エヘヘ」


「よし、下に降りよう」

「うん」


 二人はゆっくりと地表に降り立つ。


「さっき、紐状のオーラを回したけど、これっていわゆる二次元レーダーなんだな」

「あー、よく映画なんかで丸い画面を時計の針みたいにゆっくりと回る光の線のやつね。なるほど」


「もしも紐状のオーラを四方、八方、十六方って増やせるなら遠くでも細かく走査できるし、方向が定まってるなら、その方向だけに増やすのもいい」


―― 例の救出のために忍び込んで探すときのスキルかな? 


「なるほど。知らないところへ潜入する時なんかに使えそうだね」

「お? 勘がいいね。もしもマコトの応用力が高いのなら、この紐状のものを目的の方向に螺旋を描くように放って絞り込むと、逆円錐状の探知もできるかもな?」


―― あ! なんか新体操のリボンくるくるってやつじゃない? 


「なるほど、お? こんな感じ?」

「なっ? な、なんですぐにできちゃうんだよ」

「エヘヘ、器用でしょ?」


―― イメージ湧くなら、何でもできそうだな? 


「まったく。紐使いがうまいんだな? じゃあさ、今度はその紐状の先っぽだけ、すり抜けないで何かに触ることはできる?」

「う、うーん? むーん。ムズい。むむぅ……」


 すかっ、すかっ、すかっ、すかっ。

―― あれっ?

―― なんかどうしたら良いかのイメージがまったく湧かないや。


「触るってことは、実体化するってこと? すり抜けちゃうね。むむぅ……。オーラを通じて、対象のものを浮かす、みたいなことはできそうだけど。ほらこんな感じで」


 ズゴッ、ドカッ。

 石が一瞬浮かび、そして落ちる。


「珍しく苦戦中だな? じゃあ、パパがやってみるよ」

「パパはできるの?」


―― マコトがこんなにもできないのだから、パパだって苦戦するに決まってるよ。

―― そもそも、そんなことができるの? 


「うーん? どうかな? 初めてやるからやってみないとわからないけど、なんとなくなイメージはある」

「じゃあ、うん。がんばれ、パパ」


―― もう、できるはずないけど、諦めるなパパ。


「よっと」


 急にイスに腰掛けるジン。


―― 早くも疲れたのかな?

―― って、どこから持ってきたの、そのイス。

―― っと、あれっ?

「パパぁ、もしかしてできたの?」


―― 軽トラの荷台のパパのバッグが勝手に開いて、

―― ペンとノートが飛び出してきた。

―― と思ったら、勝手にペンが何か書いて、

―― あ、ノートだけマコに向かって飛んできた。

「え? ノート?」


「え? あれ? 何か書いてある……『こんなかんじ?』……」


「ぎゃあ、なんでできるの? というかスゴい。字まで書けるんだ。まぁ、汚い字だけど、でも。パパだけズルいよぉ」


「アハハハ、だからイメージはあるって言ったろ?」

「いや、そうだけど。マコ、あんなに頑張ったのに、何も掴めなかったんだよ? やっぱりパパのほうが本質的にはスゴいんだね。一体どうやったの?」


「うーん。まず触手のようなイメージ? オーラからたくさんの手が伸びて、そう、さきっちょは手のイメージ? それと、そのままではすり抜けちゃうから、今度は触る対象をよーくイメージする。たぶんそれだけでもダメで、触る瞬間の触る対象の最初に触れる一点を強く、本当に強くイメージするんだ。そうするとオーラと対象のチャネルがリンクしたみたいに触れられるようになったよ。ヒントは少し前に見た映画で、殺された男が成仏できずに幽霊になるのだけど、危険が迫る恋人を助けるために、触れない現世の物に触れるために特訓するシーン。まさか今、その記憶が役に立つとは思わなかったけどね」


「えーっ、そんなことをする必要があるんだ。めんどくさいね。でも、確かに触れたい物を意識するのは、大事っちゃあ大事だね」


 ひゅん、ペチッ。


「あーっ、当たったよ、当たった。わーい。パパありがとー」

「よかったな、マコト。じゃあ、パパと同じようにあのペンでそのノートに書いてみなよ」


「パパは平然とやってのけたけど、なかなか難しげな課題だね。よっと。まず握って。あれっ? 難しい。あっ落っこちた。拾ってと、握り直す。むぅ、意外に難しいね」


「あぁ、オーラで描く手が見えるわけじゃないから、よくイメージして、対象と手の立体イメージがうまくマッチしてないと失敗するよ?」


「あぁ、なるほど触れる感覚? 肌を押し返すレスポンスがないのが厄介だね」

「まぁ、慣れるしかないな」

「でけた」


 書いたノートをジンに見せるべく、マコトは、ジンの顔の前に開いた状態で移動させる。


「わっ! 近い近い、びっくりするだろ!」

「あっ、ごめんなさい」

「お、おう。顔への接近は誰でも危険を感じるから、いったん遠目の位置に持っていってから、ゆっくり近付けるといいよ」

「はーい」


「よーし。ここまでできたら、ようやく待望のエアボードにかかれるよ」

「え? 今までのは、エアボードへの布石だったの?」


「あぁ、そうだよ。やっぱり気付いてないよね。昨日だって同じで、まぁ、つぶては別途身に付けておきたかったスキルではあるけど、棒に跨がって浮く、という目的のために進めていたんだよ?」


「あー、そういえば、段階は踏むけど、徐々にできるようになっていったのは、パパの教育シナリオのおかげだったわけだ。じゃあ、今日のは、どんな風にエアボードに繋がっていくの?」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る