Jet Black Witches - 1萌芽 -

AZO

第1話 わたしはマコト

 時は1987年頃、舞台はアフリカ南部に位置する、とある国 (以降、S国と呼称)の小さな集落。


―― わたしはまこと

―― 日本のアニメやマンガをこよなく愛するイケてる5歳の女の子だ。


 夕飯の支度が整い、炊事場から母ソフィアが呼び掛ける。


「マコちゃ、ご飯よーっ! パパを呼んで来てくれるー?」

「はーい」

 ダダダッ。


―― ふふっ、マコちゃは今日も元気ね。


 ソフィアは、間髪入れず返ってくる愛娘マコトの元気溢れる返事にほくそ笑みながら声の方向に視線を向ける。


 が、通ったはずのソコにもうマコトの姿はなく、代わりに残り香のようなキラキラが扉の外に向かって尾を引いていた。


―― やっぱり私の娘ねー。今日は調子良さそうかしら?

―― そういうときは尾ヒレのようにキラキラが振り撒かれるから……

―― うふふふ……元気かどうかも、どこにいたのかもわかっちゃうのよね~。

―― まぁ、本人も気付いてないみたいだし……

―― たぶん他の人には視えてないと思うから今は内緒にしてるけどね。

―― これも一つのバロメーター。いつも通りが一番ね……

 と頬を綻ばせながら、ソフィアは配膳へと視線を戻す。


 返事しながら、直ぐに飛び出した元気いっぱいなマコトは、父ジンが居るらしい少し離れの作業場の区画に向かっていた。急ぎ足の傍ら、脳内では独り言に勤しんでいるようだ。


―― えーっと、何がイケてるかって?

―― まだ学校というところに入ったことはないから、いずれ習うことではあるけれど、新聞や雑誌くらいなら、すでに問題なく読み書きOKってこと。


 マコトは到着し、作業場の仕切りをめくる。


―― あれぇ?

―― うーん、パパいないみたい。

―― さっきはいたのにな。


 キョロキョロ見渡すが、付近にもジンの姿は見当たらない。マコトは首を傾げながら台所の区画に急ぎ戻る。


「って、ママー、パパいないよ?」

「あら。おかしいわねぇ……」


 首を傾げながら眉をややしかめるソフィアはふと思い当たり、上向きの視線で人指し指を立てる。


「あ! そうそう。そういえば……パパはたぶんお風呂のところよ。何か作業するって言ってたの思い出したわ」


 作業と聞けば、何かを作る的な思考が浮かんだマコトは目を一瞬大きく見開く。


「え? 何か作るのかな?」


 マコトの表情に笑みが咲き誇る。視線は上向き、記憶を探るように忙しなく右往左往すると、満面の笑みとともに軽く何かが迸る。


 ただでさえ元気いっぱいのマコトだが、とびっきりのやる気の源でも見つけたのだろう。その小さな体躯から一瞬、特大のキラキラが弾けるように放たれた後、纏うキラキラも倍増するようだ。


 そうなると居ても立っても居られないマコトは俄然やる気で行動を告げる。


「呼びに行ってくるー」

「はーい。お願いねー」


 手に取るように視えるマコトのバロメーターの変化にまたクスリと嬉しそうに笑むソフィア。一瞬だけ手を止め、今度はその姿を認めながら送り出す。


「はーい」


 残る返事がソフィアの耳に届く頃にはもうマコトの姿はそこになく、キラキラの残滓が漂っていた。


―― 何作ってるんだろうか?

―― パパが思い立って作るときって、いつも意表を突きながらも楽しくなるものだったりするからなぁ〜。フフン。


 ジンが何を作ってるのかとても気になるマコトは、ワクワクしながらパタパタと裏庭に早足で駆けていく。


 キャンプ装具で大きめの囲いとともに居住区や作業区などに分けられた特殊な形態の暮らしをしている一家だから、居住区を中心に、目的ごとにいくつかの離れで構成されていて、何かあると一旦外に出る構造だ。


―― なんか楽しみだな。


―― あっ、そうそう。

―― これから先、自分と家族を誰かに紹介するときの演習プラクティスだったっけ。

―― いつか誰かと友達になるときに備えて練習しとかなきゃだね?


―― えーと、難しい漢字はちょっと自信ないものもあるから、「読み」は大体OK? って言った方がいいのかな?


 物心付き始めてから、ここアフリカに越してくるまで、マコトはアニメなどの様々なエンタメコンテンツに没入する日々を繰り返す。


 幸いマコトは記憶力と認識力が優秀だったため、繰り返すほどに知識は蓄えられていく。


 アニメでは、言葉や会話、いろいろな感情表現などを自然に理解し、隙間時間にひたすら読みまくったマンガでは、丁寧にルビも付いているからか、文字・漢字の読み書きを自然に習得する。


―― そう、書かれている文章を読むことも、その意味を理解することも、難易度の高い表現じゃなきゃ、たいてい問題ないから、大人とも自然な日常会話ができる自信はある。

―― でもちょっとアニメやマンガ寄りな、気の利いたセリフ回しっぽい傾向があるみたいだから、お年寄りとの会話では、よく踏まなくてもよい小さな地雷をポコポコ踏んじゃったりして……まぁそこはご愛敬ということで。


 最近ハマり始めた小説などは、文字だけで表現できることの凄さと、文字だけなのに頭の中で彩られた世界の中をキャラクターが各々動き出すサマに驚嘆し、豊かな想像力も醸成されていくマコトだった。


 そうして日本の中学生程度の文章の読み書き、読解力が養われていく状況にあった。


―― ただ、頑張って日本語力を高めたのだけれど、肝心のアフリカの現地語はまったく手つかずなんだよね。

―― アフリカの現地語のアニメなんかがあるとやる気が出るのだけれど……

―― うーんと、逆にこれから現地で覚えていけばよいのだから、ま、いっか。

―― ひとまず今はかんたんな会話レベルは身に付けているけど、文字の読み書きはさっぱりな状態なんだよね。


 そんな考え事をしながら、そそくさ歩いていると、マコトは裏庭のお風呂スペースに到着。辺りを見渡すと、マコトはお風呂の脇のスペースでなにやら作業しているジンの姿を見つける。


―― あ! パパ見っけー!


「パパ、やっと見つけたぁ。ママがご飯だよーって」

「わかった。すぐ行く」

「了解。で、何してるの?」

「あぁ……うん。今はまだ内緒」


―― えー、内緒なの? お風呂関係かな〜?

―― 日本のときみたいに瞬間湯沸かし器なんてあると、いつでもお風呂に入れて便利だよね? それとも……。


―― うん、まぁ、途中のものを中途半端に見せるの、マコだっていやだよね。

―― うーん、仕方ないか。


「ふーん。知りたいけど、まぁいいや。早く来てね」

「おぅ!」


 伝えることは伝えたからと、マコトはゆっくり戻り歩く。


―― そんなボク、ううん、わたしの名は、理科の「」の一文字で「まこと」と読む。

―― 自分の性格的にはボクのほうがしっくりくるんだけど、これからは「わたし」って言うようにママに言われたばっかりだったっけ?

―― は「ことわり」、変わることのない法則などを意味するお気に入りの漢字らしく、日本人であるパパが付けてくれた名前だ。


―― 意味合いは置いといて、マコは、という漢字自体の字面も、書きやすさも気に入っている。

―― けれど、なによりも、「マコト」という読みとその響きは大好きだ。

―― でも普段使いの呼び方として、一息で呼ぶにはちと長い。

―― だから自分のことは短くマコって呼んでるし、呼ばせてる。

―― もちろん仲良しさんだけだけどね。


「ママー、行ってきたぁ。すぐに来るって」

「わかったぁ。じゃあ、手を洗ってらっしゃい」

「はーい」


 そのすぐ後に姿を見せたジンの姿を捉えると、ソフィアは二人一緒にと声を掛ける。


「あ、パパも来たのなら、マコちゃと一緒に手洗いしてきてね」

「おぅ、わかった」

「ありゃ、パパ早いね。うーん……コンパスの差かぁ」

「まぁ歩幅、3倍くらいはあるからな」

「ふーん。ズルい気がするけど、マコだっていずれ大きくなるし、まぁいいや」


 そんな親子のやりとりをしていると、よく知る匂いが鼻孔を刺激してくることにジンは気付く。


「ん! あれ? なんか香ばしい匂い。コレは秋刀魚さんま?」

「当たりぃ! コレ、みんな大好きだよね?」

「うん! マコも大好き」


 なんとなく芳しい香りに気付いてはいたが、考えないようにしていたマコトだった。


 しかし一度思い浮かべてしまうと、味の記憶が舌先を刺激し、後から後から唾液が溢れてくる。


「パパぁ、ほら止まらないで行くよ? ひゅ……じゅる……ふぃっ」


 堪えていたところで立ち止まるジンに、先を促す言葉をかけながら、マコトはその場駆け足でジンの背中を押す。


「マコのお口はもう秋刀魚食べれるつもりでよだれ零れそうなんだからぁ。早く早くぅ。じゅるじゅる……ふぃっ……危ない危ない」


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