天使
子どもの頃に見た天使は混沌としていた。都会のコンクリートの橋の上で、二度目の邂逅を果たしたとき、エイドリアンはそれを鮮明に思い出した。
夜が空の端を手繰り寄せ、点々としたシミのように見えるムクドリの群れが、眠気を誘うはやさで寝床へと帰る黄昏時。彼は苔むした木製の橋に腰をかけ、牧歌的な時間の入り交じる、黒々とした流れの上で、両の足をぶらぶらさせながら、遠くに浮かぶ天使を眺めていた。
天使は川岸に建つホワイトさんの家を、じっと見下ろしているところだった。幅は屋根の三倍あり、胴下から頭上までの高さは、登れば数キロメートル先の海まで見えるとホワイトさんが自慢する、家裏の一本杉を優に超えているようだった。
胴体は丸く、毛のようなものが隙間なく生えていた。目を凝らしてみると、天使を覆う毛はあらゆる生物の手足で、人間や獣といった哺乳類はもちろん、甲殻類や鳥の足、魚の鰭までが、一緒くたになって、塵を掃く箒のような引っかかりのある動きで、草香る初夏の風に揺れていた。
天使の頭頂にあたる部分から、二片の翼が伸びていた。どちらも胴体の横幅より長く、形状としては猛禽のそれと似ていたが、翼を構成する一枚一枚の羽は薄く透明で、トンボのような網目模様と鱗がついていた。翼の付け根の間では、車ほどの大きさの心臓が剥き出しのまま、エイドリアンの呼吸と同じリズムで、どくん、どくんと脈打っていた。
彼の興味を何より引いたのは、天使の目だった。天使は瞼を持たなかった。色もなく濁り、つるりとした巨大な眼球が一つ、胴体の真ん中に埋め込まれているだけだった。そこには、この世の全ての二項対立が渦巻いていた。二つの矛盾はときに整合し、溶け合いながら、消滅し、同時に、存在した。
不意に彼は、天使が視線を上げ、こちらを見ているのに気がついた。彼は恐怖し、天使の目の、腐った白さに当てられて、意識を失った。束の間の雑然とした夢から覚めると、天使は消えていた。
大人になったエイドリアンは今、あのときの天使を前にして、あのときの目眩を覚えながら、混沌というよりむしろ、秩序のようなものに恍惚としていた。彼は崇拝の念を持って天使に手を伸ばした。天使は彼を取り込んだ。宇宙は瞬きの間だけ静止する。そうして天使が消えた後、また何事もなかったかのように、動き出した。
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