第27話 真相探しの二日間(前編)

「おはようございます、お坊ちゃま。既に朝食の準備は整っておりますよ」


 翌朝、シュニーはいくつもの考え事をしながら私室を出た。


「ああ、すまないね。それと……誰かボクの部屋から出ていかなかったかい?」


 いつもと変わらない態度でシュニーを迎えたセバスに尋ねたのは、昨夜の来訪者について。


 シュニーがベッドで目を覚ました時、少女は既に部屋から姿を消していた。

 考えてみれば、領主の私室に得体の知れない他人が忍び込んでいたというのは何かと問題である。


「いえ、特には。どうかなさいましたか?」


 経緯を説明しないとひと悶着あるのでは、と起きて早々顔面蒼白なシュニーだったが、聞かれたセバスはシュニーの意図を測りかねている様子だった。


「いや、なんでもない。気にしないでくれたまえ」


 ならばこれ以上説明する必要も無いだろう、とシュニーは質問を打ち切る。

 公爵家の跡継ぎだったシュニーの従者と認められるだけあって、セバスは人の気配に敏感で危険なものによく目が利く。

 そのセバスの目をどのように掻い潜って家から立ち去ったのかは謎だったが、意外と不思議には思わなかった。

 どこか浮世離れしたところがあるからなのだろうか。

 それくらいできてもおかしくないと納得できてしまう。

 共に朝食を……と思っていたので残念ではあったが、シュニーは彼女が気まぐれなのも知っていたので仕方ないと受け入れていた。


「左様でございますか。まるで想い人の行方を探しているかのようなご様子でしたので、てっきり何かあったのかと」

「えっ、あっ、いいや? まったくもってぜんぜんまるで、別にそんなことはないが?」


 その矢先、セバスの言葉にシュニーは動揺した。

 うちの執事の勘の良さは何なのだ。実は全て事情を知った上でからかわれているんじゃないだろうか。


「それは残念です。本日も一日調べ物を?」

「いや……外に出ようと思う。領民たちから集めるのだよ」


 そんなシュニーの疑念は、幸いにも追撃ではなかった次いでの質問で霧散する。

 執事と頭脳戦を繰り広げている場合ではなかった。

 今のシュニーには、やると決めたことがあるのだ。


「この領地を再び一つにするために必要な、情報の欠片をね」


 ずっと部屋で悩んでいたのでは解決しない、領主としての大事な仕事が。


―――――

「やあマルシナ。今から依頼かい? 今日も精が出るね」


 昼前。シュニーが街をうろついて探していた相手は、ふたりの同行者と共に建物から姿を現した。

 外装を見るに酒場だろうか。なにやらメニューが書かれた看板が下がっている。


「あっ、おはよーりょ──」

「おっと、少々静かにしていたまえ。ボクが何者かについては少し伏せておきたい」


 シュニーに気付き笑顔で手を振って駆け寄ってきたマルシナの機先を制し、その口を塞ぐ。

 今から尋ねたい事柄について、シュニーが領主という情報を知られるのは少々不都合があったのだ。


「おっ、マルシナちゃんのお友だちかな?」

「ボーイフレンドだったりしてね! やるぅー!」


 マルシナを追うように、同行していたふたりも遅れてシュニーの下にやってくる。

 若い男女だ。それぞれ片手持ちの剣を腰に吊るしていたり短弓を背に負っていたりする辺り、戦闘を生業とする人間であるのが伺えた。


「こちらのふたりは……冒険者かい?」


 一応は冒険者組合の名代に選ばれていたマルシナと連れ立っている、武装した人物。

 状況を考えれば、ふたりがどのような立場なのかはなんとなく予想が付く。


「そうそう! 最近は冒険者っていうかただの狩人だけどね」

「まー仕方ないっしょ。今のうちにたくさん獲っとかなきゃいけないし?」


 軽い口調で挨拶してくるふたりに、シュニーは新鮮な感動を覚える。

 冒険者という人種に敬意抜きの態度で接せられるのは、シュニーにとって初めての経験だ。

 危険溢れる未開の地の探索者であり、民の困りごとを解決する便利屋。

 彼ら冒険者の刺激に満ちた日々を描いた冒険小説はシュニーの愛読書であり、いつか話してみたいという希望が胸にあった。


 実際、彼らが父に謁見する場に同席した事はあったが、結果は『期待外れ』であった。

 整った身だしなみと礼儀作法に、シュニーに対しても恭しく丁寧な態度。

 彼らは貴族に対しての立ち振る舞いを完璧にこなしていた。


 今思えば理不尽な話だが、当時のシュニーはその姿を見てがっかりした。

 これじゃあ騎士と大して変わらないじゃないか、ボクが見たかったのは酒場で新人に絡んでケンカして、悪態を付きながら命懸けで戦いに臨むような無法者一歩手前の連中なのだ! と。

 現実的に考えれば、公爵に謁見を許されるような実績を上げられる強者なのだから、貴族に対する礼儀を身に付けているのはなんらおかしくない。

 なのでこれは、幼きシュニーの勝手な期待と失望である。


「そうかね、貴方たちが……ほうほう」

「なんかやけに嬉しそうだね……? 俺ら、有名人とかじゃないよ?」


 そんな過去を経て現在、シュニーの心は満たされていた。

 ページが擦り切れるまで読んだ物語のような、軽い口調の冒険者が今目の前に!

 身に付けている補修跡が目立つ装備も、「この依頼で失敗したら次以降に使う消耗品が買い足せなくて廃業するしかない……」とやりくりに悩む描写を思い出させて大変いい。

 あわや目的を忘れかける程度には、感動がある。


「いやいや、冒険者という時点で貴賤なく立派だとも。そんな貴方たちに尋ねたいことがあってね」


 いかんいかんそれは後にしろと己を律しながら、シュニーは普段平民に接するよりも丁寧な調子で会話する。

 最初にマルシナを口止めした通り、自分が領主であるとふたりにバレてはいけなかった。

 自分の立場を知られたら教えてもらえないかもしれない情報を聞きたかったのだ。


「いいよ! 領主殿のお願いだもん! 僕が知ってることなら何でも答えちゃう!」

「えっ、きみ領主なの!?」

「おばか!!」


 しかしその目論みは早速崩れた。

 騎士見習い、やらかし二回目。


「この間ラズワルドに連れてかれたあの!?」

「そういえばお城に連れてかれるの、マルシナちゃんと見たような気がするかも!?」


 冒険者のふたりは聞き逃してくれなかったようだ。

 どうにかうやむやにできないかな、というシュニーの望みは叶わない。


「……マルシナ」

「あっ」


 恨みがましく名を呼ばれてようやく、マルシナは状況を察したようだった。


「それで……フィンブルの町はどうだった? あいつら、元気にしてた?」

「遠くからしか見れないからさ、大丈夫かわからないのよね。悪い子たちじゃないから時々見に行ってやってよ!」

「あ、あぁ……そのつもりなのだがね……」


 シュニーの感情を知ってか知らずか、冒険者ふたりは矢継ぎ早に話題を放り投げてくる。

 信じられていない可能性はあるが、領主とわかった上で押しが強い。特に口調も所作も変えるつもりはなさそうだ。

 これこれ、これぞボクが思い描いていた冒険者の姿だよと場違いな喜びが顔を出すシュニーだが、今はそれどころではなかった。


「……マルシナと話がしたい。ふたりきりにしてくれないかい? そう時間は取らせない」

「やだ! お説教の流れじゃん! 絶対やだ!」


 状況を立て直したいシュニーの提案にマルシナがいやいやと暴れ、冒険者ふたりは顔を見合わせる。


「ま、いい薬かもな」

「こってり搾っちゃって♪」

「すまないね」

「うらぎりものー!」


 なにやら実感の籠った言葉と共に、哀れ騎士見習いは売り渡された。

 たぶん溜まっているものがあったのだろう。

 ご苦労様だね、と内心で冒険者たちを労いながら、シュニーは推定同業者に見捨てられたマルシナと共に少し離れた建物の影へと。


「あ、あのね? 悪気があったわけじゃないんだよ? でもね」

「単刀直入に聞くのだが」


 しどろもどろになって言い訳しようとしているマルシナを無視して、シュニーは用件を告げようとする。

 説教をするつもりはなかった。いや心境的にはしたい気持ちでいっぱいだったが、それよりも優先すべきものがある。

 マルシナのせいで予定が崩れそうになったのだから、責任を取ってもらわねばならない。


「……キミ、『こっちの町の人以外にはナイショだよ』って言われてる話があるんじゃないかい?」

「みぇ」


 早々に話を切り出したシュニーに、返事になっていない返事が返ってきた。

 潰される瞬間の虫に声を当てたらこんな感じかな、みたいな奇声である。


「特に『この前会ってもらった領主には言っちゃだめ』って言われてそうな内容のことだ」

「エェー。ソンナコトナイヨー。キシ、キホンテキニショウジキモノ」

「ごまかすのヘタ過ぎないかね?」


 呆れるほどぎこちない声に、シュニーは困惑ぎみだった。

 わざとでないならある種の才能である。


「教えたまえよ。滞在している土地の領主に隠れてこそこそするのがキミの理想とする騎士なのかい? ん?」

「あ、う……正義の騎士……嘘付いちゃダメなのはそうだけど……」


 ネチネチと痛い所を突くシュニーに、マルシナが後ずさる。


「……わかっているとも。キミに道を踏み外させるような行いはさせないさ。よく考えてみたまえよ」

「うー……」


 逃がさないよう、シュニーも一歩前へ。そして耳元に囁きかける。

 まるで誇り高い騎士の失態に付け込む悪徳貴族である。当たらずとも遠からずな気がするのがなんだか嫌だった。


「ボクは領主だけどこちらの町の住人だ! つまり言っちゃだめと言って良しで打ち消し合ってどちらでもない状態! ならキミの自己判断で教える相手を選んで問題ないんじゃないかな!」

「なるほど! たしかにそーかも!」


 自信満々でそうはならんだろ、という理屈を披露するシュニーに、マルシナは納得した様子で頷く。

 えっこれでいいのという驚きと罪悪感が半々のシュニーだったが、話は通った。


「それじゃあ、キミたちの隠し事……“けもの捨て”について、詳しく教えてくれたまえ」


 シュニーの情報収集は、以前聞いた謎の単語についての質問から始まった。

 あれからシュニーなりに状況を整理して、どんな情報を集めるかは決めている。

 絡まりに絡まった状況の糸を解決するための手がかりは、意外とどうでもよさそうなところにあったりするのだ。 

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