「お父様がママを埋めた夜。切られた生垣の向こうから目撃していたのがイブだった、そうでしょう? だからあの子を」


 お父様は静かに立ち上がると「生垣」と呟いた。


「おお、そうだった。生垣だ……!」


 今言った私の問いなど丸っ切り無視をして、すぐ側の生垣に向かって歩き出す。持っていたランタンを掲げてお父様が緑の壁を調べ始めた。「私はな、マリーン」と声を掛けられる。


「一度寝ついたものの、なにか嫌な胸騒ぎがして裏庭ここへ来たんだ。やはり……。私の思ったとおりだった」


 お父様のランタンが、既に切られた生垣を照らし当てた。明かりを寄せて、どの程度切れているのか念入りに調べている。


「これは……。おまえがやったんだな?」


 いつにも増して低い声だった。背筋がゾワッと粟立ち、私はブンブンと首を振った。ち、と慌てて発した一音が喉につっかえた。


「違うわっ! 私が来たときにはもう、」

「言い訳をするんじゃないっ! おまえもローラと同じで私を置いて出て行こうと考えているのだろう!? あの男と一緒に!!」


 その場に放り投げるようにランタンを置くと、お父様が烈火のごとく怒り狂い、私に向かって手を伸ばした。


「きゃあっ!?」


 節くれだってごつごつとした手が顎の下へと差し込まれる。お父様の大きな手が私の喉を締め、途端に息ができなくなった。気道を圧迫される苦しみに呻いた。


「お、とう……さ、ま……やめ、て……!」


 両手を持ち上げて必死に抵抗を試みた。お父様の手の甲へ爪を立てて、力の限りその手を引き剥がそうとするが、うまくいかない。力の差は歴然だった。


 やがて膝から力が抜けて、私はその場に倒れ込んだ。背中をついた私へ覆い被さるように、お父様が馬乗りになり、その影が月光を遮った。


「心配はいらないよ、マリーン。ちゃんとおまえのことも……っ、あの花壇に埋めてやるからな?」


 お父様の両目からとめどなく溢れ出た涙が、頬や鼻筋を伝って私の顔へと滴り落ちる。


 悲しいけれどこうするしかないんだ、と。その瞳が物語っていた。


 喉を締め上げる力が徐々に強くなり、私の両手は抵抗を諦めた。夜の静寂のなか、微かな風が木葉を揺らし、その音も少しずつ聞こえなくなっていく。死が確実に迫っていた。


 私がここで死んでしまったら、エイブラムも助からない……。


 でも。もう……、どうすることもできない。


 死の恐怖がすぐそこまで迫っていた。私の意欲をこてんぱんに打ちのめし、このまま死ぬのだと断念した。


 そのとき。


 ダーン……、とひときわ大きな爆発音が夜のしじまを引き裂いた。


 鋭い音にお父様の肩がビクンと震えた。「今のは、なんだ??」。私に馬乗りになった状態で屋敷を見上げ、お父様の怯えた目が音の出どころを探し始めた。


 あれは銃声だ。


 狼狽えたことで私の喉を締めていたお父様の手が緩み、さっきまでの苦しみから解放される。その隙を見逃さなかった。


 地面に投げ出していた両手を持ち上げ、お父様の頬から左目にかけてを思い切り爪で引っ掻いた。


「……ギャァッ!?」


 悲鳴のあとに低い呻き声が続き、お父様の手が咄嗟に顔を押さえた。


 こういうのを火事場の馬鹿力と呼ぶのかもしれない。


 お父様から逃れるようにして私は全力でその体を押し、地面を這いつくばった。出来るだけ遠くへ離れようともがいた。

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