降っても降っても
亥之子餅。
降っても降っても
高3の冬……上京を控えた2月のことだった。
「なあ、『雪』って童謡あるじゃん?」
今年で小6になる弟が、雪かき用のスコップを足元に突き立てて言う。
「ああ、『雪やこんこ、
ザクッ、ザクッ。
軽い音を立ててスコップを雪の下に滑らせる。
「そう、それ。その『こんこ』って、どういう意味なんだ?」
雪に「こんこ」って擬音が当てはまる感じはしないだろ。
そう言うと、弟はスコップに身体を預けながら、ふうと深く息を吐いた。
そういえばちょうどこの前、高校の先生がその意味を話していた。
「あれは擬音じゃなくて、『来い来い』とか『ここに来い』とか、どんどん雪よ降れ、みたいな意味なんだってさ」
ザクッ、ザクッ。
手を止めずに、教わった言葉を一言一句そのままに口に出す。すると、
「なにぃ、そうなのか!? じゃあ歌詞を書いた人は、雪を見たことがないんだな!」
弟が叫ぶように言った。
その声は冷たい雪に吸い込まれて、すぐに辺りは静かになった。
時折、遠くの道路を走る自動車の音が聞こえる。
「いや、どうしてそうなるんだよ?」
思わず訊き返すと、弟はぶつぶつと不満げに漏らした。
「だってこんな重労働、一度でもやったことがあれば『もっと降れ』なんて思えないだろ」
言いながら辺りをぐるりと見回した。
見渡す限りの銀世界。
家も、道路も、車も――目に移るものすべてが厚い雪に覆われている。腰に迫るほどの深い雪は、家から出るのもやっとなほどだ。
「あー……まあ、犬が庭を駆け回れるくらいの雪だからな」
ザクッ、ザクッ。
「でもお前だって毎年楽しそうに雪かきやってるじゃないか」
いつものように
だが弟は目を合わせなかった。
代わりにふと、消え入りそうな声が、やけに辺りに響き渡る。
「————それは、一緒にやるからじゃん」
はっとした。
俺は高校3年生。
既に東京の大学へ進学が決まっていた。
ひと月もすれば、私はこの家を出る。
だから来年から、雪かきは……。
俺は取り繕うように、下手な笑顔を浮かべた。
「……また、雪が降る頃には帰ってくるから」
それが誰に向けた言葉なのか、自分にも分からなかった。
街の景色がやけに眩しく見えるのは、きっと白い雪のせい。
ザクッ、ザクッ。
静かな街のなか、掬い上げる雪はさっきよりも少し、重くなったような気がした。
<了>
降っても降っても 亥之子餅。 @ockeys_monologues
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