第4話 メガビルディング
高層建築物―メガビルディング。家賃の高さ故に金持ちのコーポしか住むことを許されないはずだが、マオウはそこに住んでいた。1月のジェットレースが終わり、メガビルディング68階の古巣へマオウは帰ってきた。指紋認証で自動ドアが開くと、清潔な1LDKが広がる。リビングには大きな窓があり、ネオ東京の景色が一望できる。高層のビル群が立ち並び、自然とかけ離れた人工的な都市がそこにはあった。忙しなく飛行型自動車(フライトカー)が空を飛び回っている。マオウは冷蔵庫の中から冷凍フライドポテトの袋を取り出し、電子レンジに投げ入れた。身体が怠い。やはりジェットレースは身体への負担がでかい。2月の大会まで身体を調整しなければ。マオウは身体を機械化しなかった。ジェットレースの生存賞金でそれなりに金はあったが、どうにもサイバー化の手術はする気が起きなかった。それは憎悪するあいつらと同じ種類の人間になってしまう気がしたからだ。母親を殺したあいつら…。そのために俺はジェットレースで勝たなければならない。チン!と機械的な音が鳴った。電子レンジから冷凍フライドポテトの袋を取り出し、内部に籠もる蒸気に気をつけながら開けた。ポテトを数本口に放り込みながらテレビのリモコンを押した。くだらないバラエティとcmを適当に眺めた後、眠くなったので寝室に入り、羽毛ベッドに横になった。復讐の念は今も消えない。だが今は休まなくては。いつかこの暗闇を抜け出せる日が来るのだろうか。マオウは先行きの見えない未来を思い、暗澹たる気持ちになった。この資本主義が加速したディストピアで幸福に生きるためには何をすべきだろうか…。考え始めて、そしてすぐ意識が遠のいていった。
朝目覚めると、開けっ放しのカーテンから太陽光が入り込んでいた。今日は天気がいいらしい。マオウは歯磨きと洗顔をし、適当な服を着て外出した。エレベーターのモニターに映された子供用の銃の広告や、サイバースキンを勧める広告を眺めた。一階に着き、メガビルディングを出るとマオウはマンションや高層ビルが隙間なく立ち並んでいる忙しない街中に歩み始めた。空がビルとビルの隙間から見える。今日は快晴のようだが、空全体を眺める隙間は無かった。マオウが住むオウジストリートは比較的富裕層が住むエリアだったが、それでも暗がりでは犯罪が横行していた。窃盗や強姦は日常茶飯事だ。この街では自分の身は自分で守らなくてはならない。金が無いと警察は助けてくれないのだ。忙しない街を歩いていると、路地の裏で何やら男達が集まっていた。明らかにこのエリアを牛耳っているマフィア達だ。奴らは皆、怪しい鬼の仮面を被っている。男達は誰かを囲っているようだった。その中心には一人の女性が俯いて立ち竦んでいる。マオウは一瞥してその場を去ろうとしたが、少し逡巡してその路地裏に向かっていった…。
「おい」。
マオウが声をかけるとマフィアの男達が一斉に振り向いた。4人いる。
「なんだぁ。お前」
一人がこちらへ歩いてくる。メンチを切りながら自分の顔に怒りの表情を近付けてきた。相手の拳に目をやると、第二世代のサイバースキンで加工されていた。こいつはただのチンピラじゃないな。そう思った次の瞬間、相手がこちらを殴ろうと振り被った。マオウはすぐさま後ろへ飛び、間一髪パンチをかわした。繰り出されたパンチは轟音を立てて、殴るべき対象を失い、マフィアは少しよろめいた。
「随分良い玩具を持ってるじゃねえか。お前、ここらへんのタイガーキッズじゃねえな。どこのマフィアだ?」
マオウはこちらに歩み寄る4人に言った。マフィア達は何も言わなかった。マオウは少し目を閉じ、虚空に向かって集中した。マオウの周りが少し暗くなり、蠢く闇がマオウの周りに集まってきた。マフィア達の吐く息が白くなる。4人は一瞬動揺したように歩みを止めたが先頭にいる一人が号令を出すと、すぐさまこちらに向けて攻撃を開始してきた。飛んできた拳を交わし、黒く染まった拳を一発ずつ4人に打ち込んだ。それは一瞬だった。マフィア達は顔面から地面に倒れ込み、動かなくなった。
「大丈夫か」
マフィア達に囲まれていた女は酷く怯えたように黙っていたがしばらくして
「ありがとう御座います…」
と言った。
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