第7話 嵐の目の底

 雲海の嵐

 一つ所に留まり、激しい風が暴れ雲海をかき混ぜる。巨大な雲の渦の中心には、嵐の目と呼ばれる大きな穴があり、近づくもの全てを暗い闇の底へ吸い込んでいる。光が届かない雲海の世界をよりいっそう過酷にし、人々が近づかない要因の一つなのだ。


 ロン達を乗せたドラゴンは、ヒラヒラと力無く舞い落ちていく。意外にも嵐の目の中は、気流が落ち着いているようだ。


 『ドサッ ズササササ〜』


 疲れ果てたドラゴンは、滑り落ちるように嵐の目の底へ着地した。


 「なんて静かなの。空に、穴が空いてるみたい」


 「ここは風が穏やかだ。あの赤いヤツも、さすがにここまでは来ないだろう」


 ドラゴンから降りたロンとハナは、ドラゴンの足に掴まれたベルマンを引っ張り出す。


 「ベルマン、大丈夫ですか!?」


 赤いドラゴンの火球をまともにくらい、左手を失ったベルマン。それでもなんとか動くことは出来るようだ。


 「ひ…、姫様…。ご無事で、なによりです…。ロンともうしたかな。よくぞドラゴンを扱い、皆を救ってくれました。感謝します」


 ロンは、ドラゴンの喉を撫でながらベルマンに返事をする。


 「いいよ。犬顔のオッサンこそ、ありがとう。あんた、機械だったんだな。損傷が酷いけど、大丈夫かい?」


 「おっ、オッサンでは、御座いません! 私は、アレクサンドロメダ帝国の最先端技術で生み出された、万能マシーンで御座いますぞ! ウグッ…」


 「わっ、悪かった。変な液体が漏れてるよ、力んじゃダメだ、。ところで、帝国製のアンタが何で、ヨルムンガンドのお姫様と逃げているんだ?」


 ロンの踏みこんだ質問に、ベルマンは改まって話し始めた。


 「私は………、姫様の教育係をしてまいりました。物心もつかない頃に、ご両親と死別し1人さみしく幽閉されていた姫様を見守ってきた故に、姫様の身に何かあろう事なら…もう…何も考えられず、勝手についてきてしまったのです」


 「ベルマン。いつも本当に、ありがとうございます。私は、皆に迷惑をかけてばかりね…」


 ハナは、ベルマンの右手にそっと手を添え、感謝の言葉を贈った。


 「そんな危険な思いまでして、ヨルムンガンドに行ってどうするんだ? 死別って事は、もう家族は居ないんだろ」


 うつむき言葉に詰まらせているハナに代わり、ベルマンが返事をした。


 「ハナ…? 左様ですか…姫様の事ですね。信頼ができる御方なので、全てお話ししましょう。既に御存知の通り、姫様はヨルムンガンド王国の次期女王になられるはずだった御方。本名は、ホア・ジー・ヨルムンガンド。そして姫様には、帰りを待ち望む者国民が沢山おります。祖国に帰りレジスタンスと合流し、ヨルムンガンド復活の使命をはたさなければいけません。あと、ご家族でしたら、生き別れの妹君が居られます」


 「製造された国を裏切ってまで、ハナの為に覚悟を決めたんだね」


 「名前を偽って、ごめんなさい」


 ボソリと話すハナに、ロンは笑顔でこたえた。


 「いいんだ。しょうがないよね。普通の人と違い大きな使命もあるし、妹とも出会えるといいね。名前は、ハナのままでもいいだろ? 俺にとっては、ハナは一人の特別な人って事だ!」


 満面の笑みでうなずくハナ。

 ロンの目に映るその笑顔は、暗い世界に咲いた一輪の白い花の様に美しかった。

 照れを隠すように、周囲を見渡すロン。

 遥か上空、嵐の目から差し込む日差しが、辺りをボンヤリ照らしていた。

 ロンは、足下の地面が異様に平らな事に、違和感を感じる。徐々に暗さに目が慣れていくと、とても綺麗な化粧石が敷き詰められた大きな広場に居ることが分かった。


 「何だここは…」


 「ロン、見て。とても大きな宮殿が見えるわ」


 「本当だ…。何かの遺跡なのか…」


 「街よ!? たくさん建物があるわ。ここは、街なのよ。信じられないわ…。雲海の下に街があるなんて。ベルマン、ここがどういった場所か分かりますか?」


 「信じられません。太陽の光がとどかない世界で、街を作るほどの文明が発展するなど…。しかし、見たところ人の気配がありません。遺跡に思えますが、この床といい…実に綺麗に手入れがされています。信じられませんが、もしかしたら古の都アバロンなのかもしれません」


 「古の都アバロン…。昔よく聞かせてくれた、おとぎ話かと思っていました」


 彼らが驚くことは無理もない、通説では雲海の世界は人が立ち入ることがないとされていたからである。そのことから、ここが古の都アバロンであるという信憑性が高まった。


 『カプッ』


 皆が真剣に今の状況を考えている中、ドラゴンが突然ロンの頭を甘噛みした。


 「うわっ!? やめろって〜」


 「クスクスクス。やっぱり、ロンの事を気に入っているのですね」


 「ほほ〜。ドラゴンに、これほど懐かれるとは」


 「んも〜。違うよ、鉱物を舐めたいんだよ。俺の身体に、鉱山の埃が付いてるからさ」


 『カポ、カポ、カポ』


 「フフフッ。ロンの事、大好きだって。ねえ。この子にも、名前を付けてあげましょうよ」


 「名前ね〜」


 ドラゴンの喉をさするロン。ドラゴンは、気持ち良さそうに喉を鳴らした。


 『コルルルル〜〜〜』


 『コルル!』


 ロンとハナが声を揃える。名前は決まったようだ。


 「よし、コルル! 元気になったから、あの輝く空へ飛び立つぞ!」


 「ダメよ。コルルは、赤いドラゴンの火の玉で怪我をしているし、休ませないと。」


 「私も、左手を失い怪我をしているのですが…」


 ベルマンが小さな声でつぶやく。


 「何か、おっしゃいました?」


 「あっ…、いえ、何でも御座いません。しかしどうでしょう、空はまだ深紅のフレアが待ち伏せているのでは」


 「確かに…。じゃあ…あの暗い世界を、歩いてヨルムンガンドまで…」


 一同は、暗闇に包まれた周囲を見て生唾を飲む。

 わずかに見える無機質で冷たい石で作られた町並みは、何処まで広がっているのか暗くて計り知れない。

 壮観で優美に造られた宮殿には、遠くからでも分かる立派なドラゴンの装飾がなされており、今にも動き出しそうな不気味さだ。

 暗闇に向かいい歩き出した時だった。ヒタヒタと付いて来ていた、ドラゴンの足音が止まる。

 ロンが気になり振り返ると、ドラゴンが暗闇に向かい歯をむき出しにして威嚇していた。


 『グルルルゥ〜』


 「コルル、どうしたんだ!?」


 「ロン。何かいます」


 ロンの背中に身を隠すハナ。ベルマンが、2人の前に立ち身構える。ロンは、暗闇をじっくり観察した。


 (…ザワザワ…ザワザワ…)


 音にもならない何かの気配が、暗闇の中で蠢いている。

 無数に感じる視線。

 まるで、こちらの様子をうかがい、暗闇に踏み入れるのを静かに待ち構えているようだった。

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