第15話 海辺の調べ

 コアを……私が引き抜く? APRが自爆するかもしれないのに、私が?

 専門知識だってまだまだなのに、失敗すればみんなを巻き込む。

 正直、やりたくないけど、私が適任なんだって永嶋司令は強く推す。

 真っ直ぐで怖いくらい強い瞳に、返事ができなかった。

 ガードテクノロジー社3階の調査隊室に呼ばれる。


「失礼します……あの、コードネーム、ブリッツです」


 初めて入った部屋は倉庫みたいに物が溢れていた。


「おぉ来たか、こっちだ」

 

 全身が太い筋肉で覆われている城戸さんが窮屈な作業着姿で私を呼ぶ。

 部屋の奥に行くまでの間、機械の部品とか工具、油と汚れたタオル、悪臭漂うゴミ袋がたくさん。

 城戸さんの手元には両手じゃないと持てないサイズの赤い球体。

 球体の上部分に運びやすい持ち手がくっついてる。


「これが、コア、ですか?」

「おう、未知のバイオテクノロジーが満載のコアだ」


 そう言って差し出すコアを、私は恐る恐る抱えてみた。


「お、重い……液体?」


 揺れると、液が波打つ音が聞こえる。


「もう死んでる。だから爆発しねぇが、APRから完全に引き抜くまでは油断できない。これはな、ブリッツ、お前にしかできねぇんだ」

「どうして、ですか?」

「面接内容を精査した結果ってやつさ、お前は他の2人に比べりゃ客観的かつ慎重。お前のAeyeを更新したから、コアを引き抜くときに出てくるストレス数値を見ながらやってくれ。手順はこう」


 抜け殻のAPRが人形みたいに項垂れているところまで行って、コアが入っている胴体を指した。


「単眼レンズの下部にコアがある、コックをゆっくり捻ってみろ」


 金属製の栓を摘まんで右回しに捻ると、重く、動き出す。


「本当ならこの中にコアがある、そこをまた掴み、今度はコックのすぐ横、キーパッドがあんだ。1から9までの数字を入力、しなきゃいけねぇんだけどよ」


 なんだか嫌な予感……。


「は、はい」

「番号が分からん、お前らが動き封じたAPRも結局回収できずに中庭のまんま、前に回収したAPRは完全に死んでたからな、コアも簡単に取り出せた。今回の任務で俺達調査隊はAPRのデータを入手、コア回収はそれからだ」


 じゃあまだ爆発するかも、ってこと。

 生存者は無事に救出されたのかな。


「ブリッツ、ストレス数値が赤いラインを越えたら、バンッ、全員終了。証拠は跡形もなく消え、ガードテクノロジー社は振り出しに、東セキュリティ会社が起こしたテロ行動は永遠の謎になっちまう……そうならないよう精々頑張ってくれや」


 苦手な笑い方、見下すみたいに笑って、不快しかない。

 ここにナハトとシャッテンがいたら、言い合いになってたかも。

 プレッシャーだな……自爆、しないでほしい――。





 ――Aeyeの調整と、ストレス数値の見本データを見ながら何度もシミュレーションをした。

 ストレス数値は右に流れて波のように動き、赤いアウトラインが上部にある。

 線を越えたら、爆発が起きてしまう。

 本番じゃないのに、身体がとにかくだるい。

 安全エリアが増えて湾岸地区なら歩き回っても問題ない、と永嶋司令から伝達があった。

 海もよく見えるし、少し、休憩しよう……。

 浜辺に近づいていくと、静かな波の押し引きが聴こえてきた。

 生焼けの焦げた悪臭が漂う都内と違って、潮の香りが心地いい。


「……あれ」


 波に交じって、優しい音色と歌声が響く。

 浜辺のベンチに背中が見えた。

 アコースティックギターを抱え、曲を奏でている。

 ロングヘアの綺麗な黒髪と、背中からでも十分に伝わる強い意志。

 シャッテンだ、邪魔になるといけないし、やっぱり部屋で休もう……。


「休憩ですか?」

「え、あ、えっと」


 振り返った鋭く美しい目が私を見つめる。


「ナハトかと思いました。どうぞ」


 隣に座ってもいいのかな。


「あまり任務以外で話すこともありませんし、第一ナハトばかり相手するのも疲れました」


 訓練中も言い合いしてるけど、なんだかんだ仲良いんだ。

 隣に座ると、シャッテンはギターを握ったまま、海を眺める。


「大役を任されましたね、正直心配です」

「う……ん」

「そもそも、APRを潰すだけでなく自爆の処理までさせられるなんて、思ってもみませんでした」

「うん。これも、殺される覚悟なんだね」

「司令官の考えは分かりませんが、やるしかありません。全力でサポートします。私達はチームなんです、生きるも死ぬも、一緒ですよ」


 私たちは素性を知らない、曖昧なままコードネームだけで行動する。

 生死を預け合うほどの信頼関係も築けてるのかどうかも分からないのに、シャッテンは自信をもって言ってくれた。

 ナハトが言っていた私たちの共通点。


「夢……シャッテンもある?」


 聞いてみると、シャッテンは凛とした横顔に少しだけ微笑みを浮かべる。

 アコースティックギターの弦を爪弾く。優しい音色とシャッテンの強くて、優しい歌声。

 一節だけ口ずさんだあと、


「プロにもう一度、なる。それが私の夢ですよ」


 教えてくれた。


「もう一度?」

「はい、もう一度」


 そっか、夢、シャッテンは既に持っていて、もう一度叶えたい。

 ミュージシャン、だったのかな……シャッテンが爪弾くギターの音色と、さざ波が交じるなか、少しだけ休憩をとることができた――。

 

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