第2話

目の前に広がる柔らかな光。

温められた布と無数のぬくもり。

そこがどこかもわからぬまま、魔王ロゴスはゆっくりと瞳を開いた。


ロゴス(心の声)「……ここは? 我が世界か?」


だが、視界に映るのは乳母車を囲む見慣れぬ四つの顔。

父──

母──

そして、怪訝そうに見下ろす二人の保育士。


母「ロゴス? おはよう、お腹すいた?」

父「よしよし、初めての寝返りも見せてくれたぞ!」


彼らの言葉は暖かく、しかしどこか遠い。

ロゴスはその感触を確かめるように、ゆっくりと小さな手を動かした。


ロゴス(心の声)「余は魔王ロゴス……だが、ここは何という弱き世界ぞ……」


すると、頭の奥底で再びあの機械音が響いた。


神の声(無機質)「記録継続──対象の成長速度を検証。力の発現条件を模索中……」


ロゴスは思わず喉を鳴らす。

この世界の孫大慈悲を拝受せし神の声。

それが未だ自らに宿る“加護”の仕組みであるらしい。


ロゴス(心の声)「余に“権限”を与えたというのか……?」


そんな疑問を抱えつつ、日々は淡々と過ぎていった。

乳児ながらも、何かが自分を監視し、解析し、強化している──そんな“手応え”があった。


■ 生後百日──


お食い初めの日。祖父母を含む一族が集い、祝い膳が並ぶ。

だが、ロゴスの目線はテーブルの端に置かれた古びた書物へと吸い寄せられていた。


ロゴス(心の声)「知識……歴史……世界の理がここにあるかもしれぬ……」


乳母車から身を起こそうとする一瞬、その意志は机上の書見台へ──

ガシャンッ!


家族「わっ!?」「大丈夫か!?」

慌てて駆け寄る者たちを尻目に、ロゴスはご満悦の表情を浮かべた。


ロゴス(声にならぬ囁き)「フフ……これが“権限”か。彼らには見えぬ力……」


背後で、誰にも聞こえぬ小声が再び響く。


神の声「異常なし。耐衝撃性能、合格点。書物への興味度、予測範囲内──アップデート完了。」


ロゴスは小さな拳を握り締める。

この身体を借りながらも、自らの本質──魔王としての証明を──


■ はじめての言葉──


生後一年が過ぎ、言葉を覚え始めたロゴス。

それは突然の“啓示”のように訪れた。


母「ロゴス、『ママ』って言ってみて?」

父「『パパ』も練習だ!」


笑顔で促す両親を前に、ロゴスは一瞬だけ考えた──


ロゴス(心の声)「真の言葉とは、“命令”であり、支配を成すもの……」


ゆっくりと口を開く。


ロゴス「ママ……じゃない、パパ……でもない……」


蝉の声のように響いたそれは──


ロゴス「キング!」


一同「……え?」

祖父母は眉を寄せ、保育士はメモを取りながら首を傾げる。


ロゴス(心の声)「フフフ……これが我が第一声。臣民よ、これより始まる王国の礎となれ──」


背後に、再びの機械音。


神の声「“キング”の意図解析。支配欲求スコア、最大値更新。次段階アビリティ解放準備中……」

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