第5話 赤ん坊
緑色の煙に毒性はなかったものの、敵と味方の位置すら分からなくなるほどに周囲を覆われてしまった以上、煙の外へ出ることが好手だった。一直線に走り、煙から飛び出す。ちょうどそこに緑色の液体が降ってきて、ダルトンは勢いよく飛びのき、坂を転げ落ちていった。
ゲイブとジョンも煙の外へ出ようとしていたが、視界の悪さに恐怖した馬が足を止めてしまい、身動きがとれずにいた。陸路で逃げることを考えれば、馬を捨てるという選択はありえない。いつ降りかかってくるか分からない緑色の液体を恐れながらも、二人は馬を走らせようと尽力し続けた。
5メートルほど転がって、体勢を整えたダルトンは、煙から突き出た巨大な生物の頭を目印に魔法を放とうとした。その瞬間、背中に違和感を覚える。焼けるような冷たさ・・・・・・矛盾した感覚に危険を察して、ダルトンは素早くベストを脱いだ。
放り投げられたベストは、空中にあるうちに凍り付いた。
「感度も判断も優れているな。貴様は楽しめそうだ」
そう言ったユゴーのそばでは、青い光の玉が浮遊していた。
「我らが神を渡してもらうぞ」
ユゴーの立ち位置を見て、港から坂を上ってきたのだと理解したダルトンは、動揺を露にした。港での戦闘は爆発音ばかりが聞こえていたため、ジェームズが有利なのだと信じて疑わずにいたのだ。
「ジェームズさんは、どうしたんですか?」
動揺は正常な判断を奪う。明らかな敵に対して、無防備に質問をする愚。場合によっては死に直結する言動だった。
ダルトンの攻撃に合わせて、ユゴーは魔法を放つつもりでいた。それで虚を突かれ、一瞬、呆気にとられる。その後には強い苛虐性が働き、笑みがこぼれた。
「ジェームズ? 爆発の魔法を使う男のことだな。あの男なら、殺した。無様な命乞いを散々するものでね、癇に障ったから、十分になぶってやったよ」
ダルトンの顔から血の気が引き、目には涙が浮かんだ。
望んだ通りの反応を得られて、ユゴーの顔は一層と邪悪に歪んだ。そうして、ダルトンを指差す。青い光の玉がダルトン目掛けて飛んでいく。
殺人を確信したユゴーが狂喜の声を上げる。同時に、ダルトンは雄叫びを上げ、魔法を使った。地面から伸び上がる草花が巨大な盾を形作り、ダルトンの眼前にそびえ立つ。
青い光の玉が命中し、草花で出来た盾は凍り付いた。
すぐさま余裕を捨て去って、ユゴーは自身の不利を理解した。
『辺り一面の草花を利用できる敵、なお且つ、凍り付いた盾はそのまま遮蔽物として使用される』
呪文を唱えるユゴーの顔が、こわ張った。
一方のダルトンは、目を血走らせていた。再び雄叫びを上げ、大剣を全力で振るう。
大剣の強打を受けて、凍り付いた盾は砕け散った。
「お前はぶち殺す!」血走った目がユゴーをねめつける。「頭蓋をたたき割ってやる!」
「自ら遮蔽物を取り除くとは! 貴様もまた、馬鹿だな!」嬉々とした調子を取り戻し、さも愉快そうに言う。「いじめがいがある!」
ダルトンが呪文を唱え始め、すかさず、ユゴーは魔法を放とうとした。その時、馬に乗ったジョンが煙から飛び出してきた。ジョンとユゴーの距離は20メートルほどで、二人はすぐさま互いの姿を視認した。
ユゴーはダルトンに体の側面を向け、攻撃対象をジョンへと切り替えた。しかし、ジョンに抱かれた赤ん坊を見つけると、信仰の衝動に駆られ、祈りの型を作り、嗚咽を漏らして、一時的に戦意を失った。
「狂ってるのか!? くたばれ、くず野郎!」
煙に遮られジョンの姿が見えていないダルトンが、魔法を放つ。草花が槍のようにとがって伸び、ユゴーを串刺しにしようと迫る。
間一髪で我に返り、後方に跳んで、ユゴーはダルトンの攻撃を回避した。そうしてさえ、ユゴーは赤ん坊を見詰めたままだった。
「なめやがって!」
怒声を上げ、大剣を振りかぶり、ユゴーに向かって走り出すも、すぐに悲鳴が聞こえて、足が止まる。
悲鳴を上げたのは、ジョンだった。巨大な生物の尾の部分に当たる醜い顔が煙から飛び出し、背後を襲ってジョンに噛みついたのだ。
仲間の悲鳴に頭が冷え、ダルトンは怒気の失せた声で、「ジョンさん! 大丈夫ですか!」と叫んだ。
「大丈夫だ! ダルトン!」答えて、ジョンはにやりと笑った。「おい、化け物。俺の異名を教えてやるよ。毒蛇、って言うんだ」
首筋に噛みついている醜い顔の後頭部を、ジョンは真っ赤に光る左手の爪でひっかいた。途端に、醜い顔はジョンから口を離し、絶叫した。
青白い皮膚が真っ赤に染まる。それは瞬く間に醜い顔から全身に広がって、ついには頭部に当たる美しい顔さえもが絶叫し、苦痛にのたうった。美貌が崩れ、緑色の液体の噴出口がすぼむ。
全身の痙攣が一際激しくなり、その後に弛緩が続いて、巨大な生物は全身を横たえ、直に息絶えた。
「化け物の次は、お前だ!」ユゴーを見据える。「ダルトン! 一気にやっちまうぞ!」
「この人は俺が足止めをします! ジョンさんは赤ちゃんと一緒に逃げてください!」
迷いがないダルトンの声を聞いて、ジョンはすぐに自らの考えを改め、馬を走らせにかかった。横腹に圧力を加えようと、両脚に力を入れる。しかし、馬が走り出すことはなかった。
両脚に力が全く入っていないことを、ジョンは認識できていなかった。自身の異常に無自覚なまま困惑の表情を浮かべ、それからすぐに、白目をむき、言葉にならない声を発し、全身が小刻みに震え出す。
巨大な生物の醜い顔に噛まれた首筋が、どす黒く腫れ上がっていた。そこから広まった毒は、既にジョンの脳に達していた。
苦痛を感じることもなく絶命し、ジョンの体は馬上から滑り落ちた。赤ん坊を抱いたままで。
ユゴーの悲鳴が、響いた。
ジョンの体は背中から着地した。
「我らが神!」
未だにジョンの姿を視認できていないダルトンは、ユゴーが取り乱した理由を理解できず、面食らい、数秒を無為に消費した。
鬼気迫る顔で、ユゴーが魔法を放つ。発生した冷気がダルトンに向かっていく。
広範囲を凍て付かせながら進む冷気を横っ飛びで回避することは難しいと判断し、ダルトンは冷気に背を向け、全速力で坂を駆け上った。そうして、坂を上り切り、平らな地面に身を滑らせる。
冷気は、激しい勢いそのままに上空へと吹き上がっていった。
ダルトンが冷気から逃げているあいだに、ユゴーは赤ん坊に駆け寄っていた。ジョンの死を確認していない、余りにも不用意な行動だった。
ユゴーは、ジョンの右腕に抱かれたままの赤ん坊を見下ろした。すぐに自身の頭が高いと思い、両膝をつく。
ジョンの体が落下の衝撃を吸収していたため、赤ん坊は怪我一つしていなかった。
ジョンの右腕を動かして、恭しく、赤ん坊に触れる。
「やわらかい」
つぶやいて、赤ん坊を両手に抱き、勢いよく立ち上がる。
赤ん坊を高らかに持ち上げ、ユゴーは歓喜の声を上げた。
「我らが神! ああ! 我が神!」
ユゴーは、涙を流し、鼻水もたらし、失禁までしていた。芽生えた庇護欲が、信仰心と混ざり合い、過剰な愛情となって、ユゴーを舞い上がらせていた。
赤ん坊を包んでいた厚い布が、ずり落ちた。赤ん坊の顔が露になる。一見、ごく平凡な新生児。しかし、開かれたその目は、摩耗して傷んだ人間のものだった。
赤ん坊は泣く素振りすら見せず、ユゴーを見詰めた。それを自分への信頼の証だと解釈したユゴーは、赤ん坊を右腕で丁寧に抱き、至福の表情で呪文を唱え始めた。
雲と、その雲の真下の空、計二か所に向かって魔法の冷気を放ち雪を降らせることで、位置入れ替え魔法をチャンドラーに発動させる合図とする。海岸付近には、お誂え向きの雲がたくさんあった。
呪文を唱え終えて、左手の人差し指と中指が青く光る。
左手が上がった、正にその時、馬に乗ったゲイブが煙から飛び出してきた。10メートルも離れていない距離で、ゲイブはすぐ、ユゴーに抱かれた赤ん坊を見つけられた。
ゲイブは、魔法を放った。鋭い風が草花を切り裂きながら地を這うように飛んでいく。両足の切断を狙った攻撃は、赤ん坊が傷付くことを恐れたゲイブにできる最大限のものだった。
ユゴーがゲイブを視認したときにはもう、鋭い風は足下まで迫っていた。打開策の打ちようもない状況で、ユゴーは短く悪態をついた・・・・・・事が起きたのは、その一瞬だった。ユゴーと赤ん坊の姿がふっと消えて、二人がいた場所に浅黒く膨らんだ死体が現れたのだ。
鋭い風は、現れた死体を切り裂いただけで、消滅した。
陸風が吹いて、白いものがゲイブの後ろ髪を濡らした。それは、雪だった。
ユゴーが先刻放った魔法、ダルトンを仕留めそこない上空へ吹き上がった冷気が、空と雲を冷やし、丘に雪を降らせていた。それを合図と認識したチャンドラーが魔法を発動したことが、事のあらましだった。
キャラック船の帆が、陸風が追い風になるよう調整されていく。船首が遠海を向き、船は真っ直ぐに進み出した。その一連の動きを見たゲイブは、赤ん坊がキャラック船に移されたのだと推測した。
「ジョンさん!」
坂を駆け下りてきたダルトンが、ジョンのそばで膝をついた。そうして、ジョンの死を確認し、泣きべそをかくも、すぐに表情を引き締め直し、そばでうろうろしていたジョンの馬の手綱をつかまえ、素早く乗馬を済ませた。
「ゲイブさん! 赤ちゃんは!?」
「あの船だ!」キャラック船を指差す。「あの船にいる!」
「そんな、馬鹿な! どうやって!?」
「確かだ!」
断言、それだけが説得力だった。
いぶかるも、周囲に敵と赤ん坊の姿はない。ダルトンは、やむを得ず決断した。
「俺の魔法で船までの道を作ります! 一緒に乗り込んで、赤ちゃんを、旧約神書派の希望を取り戻しましょう!」
ダルトンは海に向かって馬を走らせた。ゲイブも後に続く。
ダルトンが魔法を使う。草花が絡まり合いながら伸びていき、浜を越え、海上に道を作っていく。道幅は2メートルほどあり、強度も十分、馬の走行に耐えうる。
既に陸から1キロメートルほど離れていたキャラック船、その船尾で、アリシアが、追いかけてくる草花の道を見下ろした。
「いい魔法だね。やるじゃん」
言い終わってすぐ、アリシアは呪文を唱えた。歌うような呪文は、終わり間際の夜気と調和して美しく響いた。そうして、わずかな静寂の後に、穏やかだった近海はうねり狂った。
海底から海面まで海水が激しく上下して、波長の極端に短い波を大量に作り出し、巨大な津波となって陸へ一気に押し寄せる。
草花の道が津波に飲まれ、先端から徐々に破壊されていく。それを目の当たりにして、ダルトンとゲイブの馬は足を止めた。二人はもう、陸から100メートル以上離れていた。
逃げる以外の選択肢なんてなかった。それでも、すぐにはキャラック船の追跡を諦められず、わずかな躊躇で、二人の危険は一層と増した。
「逃げましょう!」
猶予がないことを悟って、ダルトンは馬を方向転換させた。
ダルトンの言動に何の反応も示さず、ゲイブはキャラック船にうつろな目を向け続けた。
「ゲイブさん!」馬を走らせながら、叫ぶ。「ゲイブさん!」
馬が、震える。恐怖を感じ取って、ゲイブは馬の頭をなで、「ごめんね」とこぼした。
ようやく、ゲイブも陸に向かって馬を走らせた。
低地に逃げ場はないほど、迫りくる津波は巨大だった。丘を上り切る以外に助かる道がないことを、二人とも理解していた。
坂を駆け上がる最中、ゲイブは拘束されたままのジャックを見やった。
『あの位置では、間違いなく波に飲み込まれる』
ゲイブは、苦悶の表情を浮かべ、それから、叫んだ。
「ダルトン! あの赤い髪の男の拘束を解いてくれ!」
耳を疑い、ダルトンはすぐには答えられなかった。
「彼の拘束を解いて!」
「そんなことをしたら、攻撃される!」
「彼は私たちを攻撃することよりも、金髪の男の救助を優先する! 確かだ、ダルトン!」
「あなたの言うことが確かだったとしても、俺は、兄さんを殺した奴らを助けたりしない!」
ダルトンは、無意味に、馬の横腹に加える圧力を強めた。
ゲイブは、俯き、呪文を唱え始めた。
ダルトンは丘を上り切った。
ゲイブも丘を上り切る。そうして、白色の光がともった左手をダルトンに向けた。
「彼の拘束を解け」
「また、この状況ですか」
ゲイブを真っすぐ見詰めるダルトンの顔に、表情はなかった。
「さっきとは状況が違うよ。今度は、本当に君を殺す覚悟だ」
暗く冷たい瞳に、明確な殺意があった。
「あなたの言う通りのようだ。今はあなたが切れていて、俺が冷静だ」
「最後だ。彼の拘束を解け」
「解放された後、攻撃してくるようなら、殺しますよ」
「構わない」
ダルトンは首を横に振り、それから、魔法を解除した。ジャックの猿轡になっていた草が鉄のような強度を失う。
ジャックはすぐに立ち上がり、ゲイブたちを見上げ、呪文を唱え始めた。
「言わんこっちゃない!」
そう言って、ダルトンも呪文を唱え始めた。
「ジャック! 状況は理解しているだろう!」
ゲイブの言う通り、ジャックは拘束されている間も周囲の状況を可能な限り目と耳で追い続けていた。カフカが凶刃を逃れたことも、ゲイブたちが赤ん坊を奪われたことも、当然、巨大な津波が迫っていることも、理解している。
ジャックは、呪文を中断し、坂を駆け下りた。
「さよなら、ジャック。私の・・・・・・」
言葉を打ち切って、ゲイブはダルトンに目を向けた。
「ゲイブさん。俺は、俺たち旧約神書派は、あなたを仲間だと思っていいんでしょうか?」心細い声だった。「あなたを信用していいんでしょうか?」
ゲイブは、深く俯き、目をつぶり、胸に左手の平を当て、その手の甲に右手の平を重ねた。それは、旧約神書派の祈りの型だった。
「私は、虐げられる旧約神書派の人々に全てを捧げた。愛しい人たちとの暮らし、愛しい人たちの命、愛しい我が子ダビデさえ、捧げたんだ。この命だって、捧げてやる」
ダルトンは、ゲイブを直視できなくなり、北の暗がりへと視線を逃がした。
「カルイン城へ向かいます。そこから船でスナイ島へ渡り、赤ちゃんを、ダビデちゃんを奪還するための仲間を募りましょう」
二人は草原に馬を駆った。
横殴りの強い風を受けながら、離れても離れても、津波の轟音はゲイブの耳に残り続けた。
津波はもう、浜まで達していた。ジャックは、津波に向かって走る恐怖を振り払うように、一層と強く腕を振った。そうして、坂を転げ落ちる寸前の走りで、カフカのそばに辿り着く。
カフカは倒れたまま目を閉じていた。出血は完全に止まっている。
カフカの首の右側面に手を当てる。脈がない。諦めきれず、今度は胸に耳を当てた。心臓も、動いていない。
ジャックはふらりと立ち上がり、「カフカ!」と声の限りに叫んだ。
港を飲み込んだ津波が、造船所の残骸などを押し流しながら、なおも凄まじい勢いで坂を上がってくる。
カフカを担いで逃げることなど、不可能だった。
「すまない、フランツ、デニスさん。カフカは、連れて帰ってやれない。カフカ、すまない」
苦渋に満ちた顔で、坂を駆け上がる。
津波のしぶきが背中に降りかかる。一心不乱に、ジャックは走った。
丘を上り切り、更に数十メートルほど走って、振り返る。
津波は、丘の上まではやってこなかった。
ジャックは草原に目を向け、ゲイブたちを探した。北に小さく、二人の姿を見つけられる。魔法の攻撃が届く距離ではなく、ならばと自分たちが乗ってきた馬を探すも、それらはとうに遥か彼方へ逃げてしまっていて、姿さえ見えなかった。
やがて、ゲイブたちの姿も見えなくなった。
ジャックは肩を落とし、覇気の失われた目で海を見詰めた。キャラック船が小さく見える。それも見えなくなると、ジャックはゆっくりと丘の斜面に近付いた。
眼下に広がるのは、恐ろしい力で引き始めた海水だった。木材が幾つも浮かんでいる。人間の死体も幾つか浮かんでいる。注意深く探して、しかしカフカの死体はどこにも見つけられなかった。
木材も、死体も、何もかもが沖に流されていく。ジャックは膝から崩れ落ち、項垂れ、声を上げて泣いた。
少しずつ、夜闇が薄れていく。
涙が枯れて、ジャックは立ち上がった。ふらふらな足取りでブロンテの死体に近付き、そうして、二匹の使い魔を見下ろした。
「ブロンテ、起きろ。まだ、歯、もらって、ない」
「赤ん坊、とっくに、建物、出た。仕事、終わり。歯、よこせ」
丸い顔の使い魔はブロンテの背中を踏みつけていた。四角い顔の使い魔はブロンテの後頭部をぺちぺちと叩いている。
「ブロンテ老師は、もう、死んでる」
使い魔たちはジャックをにらみ付け、喚いた。
「なんだ、お前! なんで、そんな、嘘、つく!?」
「舌、引っこ抜く、ぞ! 嘘、つき!」
「嘘ならどれだけいいか」
かすれた嘆きに、喚くことを止める。
使い魔たちはめそめそと泣き出した。
ジャックはブロンテの死体に頭を下げ、それから、近くで横たわっているチャンプに目を向けた。
寝息を立てるたび、チャンプの体は小さく動いた。ジャックは安堵して、大きく息を吐いた。
ふと、倒れている大樹が視界に入る。ジャックは大樹に近付いた。
大樹はまだ気絶していた。呼吸を確認して、安堵と困惑の入り混じった表情を作る。
「あんたには悪いことをしてしまった。謝るよ」ジャックは大樹のそばに腰を下ろした。「ブロンテ老師が死んでしまった以上、あんたはもう、ユスターシュ・ドージェが死ぬまで元の世界には戻れない」
東の地平線に、太陽そっくりな恒星が昇った。
地面の震えを感じる。ジャックは眩しそうに小手をかざした。
数匹の大型犬に先導された二十騎を超える騎馬が、海に向かって駆けてくる。騎馬隊を指揮しているのは、金色の髪と髭を綺麗に整えた男だった。
「ロバート様、直々の援軍だ」ジャックは吐き捨てた。「遅すぎた、援軍だ」
震える草花の上に横たわる大樹の体が陽の光に照らされた。不健康だが、まだ若い体。その若さだけが、地球外の世界に放り出されるという絶望的な状況のなかで、唯一の希望だった。
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