06-6 ハンマー&アンビル戦術
*
~クー@死の音がする森~
『それではハンマー&アンビル作戦を開始します。
高空偵察を終えたトシャがてきぱきと指示を出す。指示を受けたヘビ男たちがキビキビと動き始める。ハンマーを担う80体が二方向に分かれ、森の中を進んでいく。アンビルを担うヘビ男20体が「ヘビィ~! ヘビィ~!」と大声を上げはじめた。
トシャにとってもヘビ男にとっても初めての戦い。ハンマー&アンビルは果たしてうまくいくのか。
アンビルはハンマーが到着するまで敵を固定できるのか。敵と正面から対峙するアンビルは危険の多い役回りだ。生まれたばかりで実戦経験の少ないヘビ男たちは、訓練の成果を活かすことができるだろうか。
ハンマーはアンビルが潰れるまでに敵の側面に回り込めるのか。ハンマーは本来騎兵が担う役割で機動力の高さが求められるが、ヘビ男たちは森の中を移動する訓練など受けていない。ぶっつけ本番で森の中を速く移動しなくてはならない。
トシャの念話が響く。
『トシャよりハンマーへ。宙に浮いている水の玉が見えますか。それは【わたし】が魔術でつくった進行ルートのガイドです。玉のあとについて森を移動すれば他の敵に発見されずに回り込めます』
なるほど。トシャは高空偵察で地形を把握している。
『移動に必要な時間は……現時点では正確に予測することはできませんが、15分ほどを想定しています』
トシャがハンマーの到着予定を15分と示したことは、アンビルに最低でも15分は耐えろよ。と目標を設定したにほぼ等しい。
『【わたし】は水の玉を通してハンマーの様子を見ることができます。またハンマーが水の玉に触れれば【わたし】や他のハンマーに念話を送ることもできます。随時水の玉に触れて、状況を報告や情報を共有してください』
とそこで、トシャはクーを見た。
「クー。敵はアンビルへ向かってますか」
「うん。向かって来てる」
「遭遇までの猶予は」
「5分ってとこだね」
トシャは目線を上げ思案する素振りを見せた。
「わかりました。クーの危機察知で敵の種類を判別できますか」
「そこまではわからない。脅威度は計れるけどね。少なくとも今のヘビ男たちよりは格上だ」
「そうですか……弱いほうが良かったのですが」
「仕方ない。ボクたちは敵を選べない」
トシャは「そうですね……」とつぶやくように言って、
『トシャよりアンビルへ。あと5分ほどで敵と遭遇します』
アンビルを担ったヘビ男はみな、戦闘訓練で優秀な成績を残した者達だ。ただ訓練と実戦は違う。はじめての命の奪い合いという重圧のなかで訓練の成果を発揮できるか。
『アンビル各員は弓を撃てるように準備してください。それでは弓に換装どうぞ』
トシャの念話が伝わると同時にアンビルのヘビ男たちが一斉にアイテムボックスを起動。亜空間から各々弓を取り出した。アイテムボックスは連続して使えない。次の使用まで1分間のクールタイムを挟む必要がある。弓を使ったあと、アイテムボックスが起動できなくて接近戦でやられる。なんてことがないように、換装は計画的に行わなければならない。
「クー、遭遇までの猶予は」
「あと3分」
トシャはゴクと唾をのんだ。
「あの、お願いがあるのですが」
「アンビルのフォローか? 言われなくても準備できてるよ」
「ちがくて」
トシャは震える瞳でクーを見た。
「少しの間、【わたし】の手を握ってくれませんか。【わたし】の震えがヘビ男に悟られないように」
トシャの両手は震えていた。トシャにとってもこの戦いは初めての指揮だ。自分の一声でヘビ男の命が失われる重圧は、きっとクーの想像をはるかに超えている。
「しょうがないな」
クーはトシャの背中側に立ち、後ろから抱きしめるようにトシャの両手を握った。
「頼りなくてごめんなさい。5秒だけそうしていてくれませんか」
「こんなのでトシャの震えが止まるといいけど」
1、2、3、4、5……ゆっくりめに数えてからクーは手を離した。トシャの震えは止まっていた。
「ありがとう」
トシャは大きく息を吸った。
『トシャよりアンビルへ。まもなく敵と遭遇します。アンビル各員は弓を構えてください。射撃タイミングはこちらで指示します。カウントダウンのあと一斉射。狙いはお任せします。敵を引きつけることが目的です。当たらなくても構いません。1発撃ったら速やかにアイテムボックスを起動。換装し近接戦闘に備えてください』
ヘビ男たちが一斉に弓に矢を番える。
とほぼ同時に森の奥から10体の敵が現れた。大きさは人間くらい。二足歩行の魔物だ。ただし腕は左右2本ずつあり体の表面は黒光りする硬い外骨格に覆われている。額にはアルファベットのYの形をした大きな角、外骨格には無数の
「昆虫型か……!」
「【
昆虫型の魔物は、外部からの攻撃に強いうえ、硬さの割に軽量でエネルギー効率が高い。スタミナとタフネスを高い水準でもつ強敵だ。今のヘビ男には強すぎるくらいの魔物だ。
「初戦からこれだもんな」
「仕方ありません。わたしたちは敵を選べない、でしょ?」
ヘビ男は実戦の経験がほぼないのだ。心配にもなる。
「スパイクビートルは野生味を大きく残した魔物。その戦法は高い
トシャは右手を前に伸ばした。
『トシャよりアンビルへ。敵が見えますね? 各員、射撃用意! 目標、スパイクビートル!』
20体のヘビ男たちが一斉に弓を引く。スパイクビートルがもっさりした動きで茂みを掻き分け近づいてくる。
『カウントダウンのち一斉射。カウント開始……5……4……3……2……1……
トシャの合図とともにヘビ男たちは弓を射った。20本の矢がゆるやかな山なりの軌道を描いて飛んでいく。そのうち1本がカツン! と音を立ててスパイクビートルに着弾。しかしその外骨格を傷つけることは叶わず弾かれる。残りの19本の矢はその辺に堕ちたり、木に当たったりしていた。
3割は当たると思っていたのに。弓の精度が想像よりはるかに低い。これでは今度も射撃は当てにできそうもない。指導役のメイに後で文句を言ってやらないと……。
『気にしないで! 弓は本命じゃありません! 直ちにアイテムボックス起動! 近接戦闘に備えてください!』
弓で攻撃されたスパイクビートルが、こちらを敵と認識したようだ。樹液の王……ジュエキングが怒っている。空気に殺気が満ちていく。
ヘビ男たちが一斉にアイテムボックスを起動。亜空間に弓を収納。同時にそれぞれ武器・防具を取り出す。
大盾使いが10体。短槍使いが5体。槌使いが3体。剣が1体。刀が1体。
前列の10体が敵の攻撃を防ぎ、隙を見て後列と入れ替わり武器で攻撃するという布陣だ。
ブゥゥゥゥゥンという羽音が鳴った。スパイクビートルが背中の羽を広げ羽ばたいた。スパイクビートルは見た目の割に軽い。短い距離なら飛ぶことができる。10体の巨体が次々に大地から浮き上がり、森の障害物を飛び越えてこちらに向かってきた。予想を上回る接近スピード。ヘビ男たちは面食らっていないだろうか。
『大盾は前へ! 衝撃に備えてください!』
「〈パリィ〉だ! 訓練通りやればいけるはずだ!」
大盾を構えたヘビ男が前に出る。スパイクビートルが角を突き出す。速くて硬い角が構えた盾に迫って行く。
「盾の角度は斜め! 正面から受けるな! いなすんだ!」
衝撃をいなし、敵の体勢を崩す。〈パリィ〉と呼ばれる盾を使った防御の技術は訓練でさんざんやってきたはずだ。がんばれ。がんばれ。
ガキイイイン! と音を立て、盾とタックルが衝突する。
タックルを受けた10体のヘビ男のうちパリィに成功したのは1体だけだった。角度をつけた盾でタックルの方向を見事にずらし、相手の着地の体勢を崩した。崩れた頭部に
訓練の成果を出すことができた君。すごいよ。おめでとう。
だが9体はパリィに失敗した。盾の角度が足りずスパイクビートルの攻撃を正面から受け止めてしまった。うち8体がどうにか堪え、つばぜり合いのような押し合いに持ち込んでいた。残る1体はタックルの勢いを堪えることができず、押し込まれ、よろめき、尻もちをついてしまった。
助けたほうがいいか……!?
グエボルガを握る手に力を入りかけたその時。
尻もちをついた者の裏から武器を持ったヘビ男が飛び出してフォローに回った。手にしたハンマーを振りかぶり、ビートルの頭に思い切り叩きつける。ゴオン! と鐘のような音が響き、ビートルがよろめく。その隙に盾のヘビ男が尻もちから立ち上がる。盾を再び構えて突撃し、どうにか押し合いにもちこんだ。
「ナイスフォロー!!」
『パリィで崩れた敵に武器で攻撃できませんか!? ダメージを与えるチャンスです!』
「いや、トシャ! ハンマーが来るまで持ちこたえるんだろ? 欲を出すと痛い目を見るぞ!」
「でも」
敵と味方がごちゃごちゃに密着した状態では、的確な指示をすることも、適切な連携をとることも難しい。トシャは追撃を指示したが、果たしてうまくいくのか。前列と後列が入れ替わる。盾の後ろに控えていた槍のヘビ男が前に出る。踏み込み、パリィで崩れたスパイクビートルに短槍を繰り出した。鋭い穂先が突きが頭部に命中。スパイクビートルがよろける。さらに頭部に追撃を加える。スパイクビートルがうつ伏せに倒れ、亀のように丸まった。
『追撃!』とトシャが念話を送る。ヘビ男はさらに追撃を加えようと踏み込もうとしていた。だがクーは「行くな! それは棘攻撃の予兆だ! スイッチ! 盾が前に出ろ!」と叫んだ。トシャとクーの指示が交錯し、槍のヘビ男が困惑の表情を見せた。盾のヘビ男が血相を変えて槍のヘビ男の前にでる。
瞬間、スパイクビートルが全身の棘を発射した。丸まったスパイクビートルを中心に、半径数メートルの範囲に無数の小さな棘が四方八方に飛び散る。
「ヘビ(ウオオオォッ)!?」
ガガガガッ!! 無数に飛び交う棘と盾がぶつかり激しい金属音が鳴り響いた。盾が間に合ったから良かった。幸いにも棘は防ぐことができた。だが予想外の攻撃に体勢が崩れてしまっている。優勢が劣勢に転じたことで精神的にも崩れている。
「ああ! 【わたし】のミスです! どうしよう助けなきゃ? 助けないと!」
その隙に棘を発射したスパイクビートルが立ちあがった。足幅を広げ腰を落とし、羽を広げた。ブウウウウン! と言う羽音を鳴らした。再び飛翔からのタックルを仕掛けてくるつもりだ。
ヘビ男にスパイクビートルのタックルが迫っている。
「クー!? ねえ、もう助けよう!?」
「ダメだ! ここで助けたら成長しない! ハンマーが来るまで堪えるんだろ!?」
スパイクビートルが一瞬で加速する。タックルが盾のヘビ男に触れる。ヘビ男の体勢は崩れている。精神的にも崩れている。一度タックルをパリィした直後だから、疲労もしている。二度目のタックルは防げない……ひとりなら。
「ヘビ!」
ふらつくヘビ男の盾を別のヘビ男も支えた。二人掛かりで盾を支え、スパイクビートルのタックルに相対する。
「あ!」
とトシャが声を上げた。スパイクビートルのタックルと盾がぶつかり合う。だが盾は揺らぎもしない。〈下剋上〉でステータスを上昇させたふたりのヘビ男のパワーがスパイクビートルのタックルを正面から受け止めた。止めるだけに留まらず、押し返す、弾き飛ばす。
「やった! すごい!」
「いや、すごいで終わっちゃだめだ! 今、この瞬間、〈下剋上〉を使った新しい戦術が生まれたんだ! そして戦術とは戦うための知識! 知識は他の者にも伝えることができる! トシャ!」
トシャはハッとした顔をした。そして即座に念話を飛ばした。
『トシャよりアンビルへ! 盾をふたりで支えてください! 〈下剋上〉ふたりで盾を押せばビートルにパワー勝ちできます! 膠着状態を打破できます!』
知識は伝播する。ヘビ男たちは次々にふたりがかりで大盾を支えはじめた。ふたりでかかれば単純にパワーは2倍。押し合いの均衡が崩れ、スパイクビートルが押し込まれていく。
『そのまま押し込んで! 押し込んだ敵を一か所にまとめて!』
敵も押し返そうとがんばるが、ヘビ男たちの力の方が強い。敵をどんどん押し込んでいく。スパイクビートル同士がぶつかり合い、ガチャガチャ音を立てた。トシャの指示通り敵が一か所にまとめられていく。まだ油断はできないが、アンビルの役割、敵の固定はほぼなされたと言っていい。
「ヨォシ! ハンマーはまだか!」
「様子を見ます。ハンマーは……寝てる!?」
クーはぎょっとした。さすがに寝るなんてありえない! とトシャは慌てて「いえ違いました!」と訂正する。
「ハンマーたちはうつ伏せの姿勢で森の進んでます。背骨が柔らかいからかな? 徒歩と変わらない速さです! これなら狭い隙間を通り抜けられる上、敵にも見つかりにくい!」
「
緊張と疲労で見間違えたのか。それはそれで問題な気もするが。
アンビルたちの盾にビートルが押し込まれていく。パワーを持ち味にするビートルがヘビ男のパワーに
「来た! ハンマー!」
森の茂みを掻き分け、低姿勢で這うように移動する無数のヘビ男が現れた。ハンマーを担うヘビ男たちが、ついに到着したのだ。
『トシャよりハンマーへ。アンビルが固定した敵を叩き潰してください! 棘を飛ばしてくるからそれだけ注意して!』
繰り出される無数の槍。直後に叩き下ろされる槌。ビートルの柔らかい関節のに差し込まれる刃。それらが振るわれるたびにスパイクビートルの外骨格が割れ、白い体液が噴き出し、角が折れ、四肢がもがれていく。数の暴力が嵐のように吹き荒れる。10体のスパイクビートルがみるみる死体に加工されていく。
スパイクビートル撃破。
「ヘビィィィィィィィ!!!」
初戦の勝利を飾り、自らの力でポイントを獲得したヘビ男たちが一斉に
「おめでとうトシャ。初めての指揮はどうだった?」
「ありがとう。なんか思ってたのとだいぶ違いました……もっと上手くできると思ってた……けど、勝ててよかったです」
トシャは疲れた顔でクーを見つめ、やがて安堵の笑みをこぼした。
反省点は多い。だが得たものも多い初戦だった。
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