04-44 アルティメットおしゃべり その①
*
ピンチは突然やってくる。というか、ピンチってものは、気がつかないだけで、きっと常にそばにある。だって世界にあふれている理不尽と悪意は、いつも弱いものを探しているのだから。弱みをみせればたちどころに牙を剥く。問答無用で噛み千切る。ましてやここが戦場ならなおさらで――。
ドアが開いたのは、ステラが敵の首をはねた直後だった。バタンッと音を立てて蹴り破られ、全開になったドア。その向こうに無数の人影が現れたのをヘルメスとステラは見た。敵だ。それもたくさん。
「これはこれは、ごきげんよう」
問答無用で放たれた無数の魔弾がステラとヘルメスに殺到する。途端に青ざめたステラがヘルメスの元に跳躍し、襟元を掴んで床に引き倒す。仰向けに倒れ、「う」と背中を思い切り床に叩きつけられ呻いたヘルメスの真上を、魔弾の群れが光条を引いて通りすぎ、直後、壁にぶつかって火の粉まじりの爆風と爆音を撒き散らす。それもつかの間、今度は床に向かって放たれた魔弾の群れの第二陣が迫っていた。同時に発射された魔弾の群れの軌道は、点でもなく先でもなく面――ただでさえ避けにくいのに、床に伏せ、体勢が崩れた状態では避けようがなかった。
「マスターごめんっ」
「えっ」
避けることができなければ、受けるしかなく――ステラはヘルメスの体を引き起こしその影に隠れた。つまりヘルメスの体を盾の代わりにしたのである。当然、ヘルメスの体に直撃した魔弾の群れが巻き起こした爆炎が、ヘルメスの体を包みこんだ。吸い込んだ熱気が喉と肺を焼き、悶え苦しんだのもつかの間、〈
「あっちィよなあ、くそ……って」
ダメージ無効化を終えたヘルメスは唖然とした。部屋にはすでに大量の敵が入り込んでいたからだ。
ざっと数えて30体以上、最初の部屋で戦ったハイエルフとか言う耳長の少年タイプの魔物が20体ほど、ミノタウロスとか言う3メートルちかい身長の牛頭の怪物が5体。さっきステラが首をはねた魔物と同じタイプのが1体。あとはキノコ人間とか、黒い羽の生えた女とか、とにかく見たこともない魔物が集合していた。
「こんなのどうすんだよ……。どうすんだよ、ステラッ!?」
と尋ねた時にはステラの姿はすでに傍にはない。いつの間にかヘルメスの陰から抜け出て、敵の1体に向かって斬りかかっていた。
*
最も重要なことはスピードだとステラは考えていた。多勢に無勢な状況下で乱戦になれば、確実に負ける。ならば乱戦になる前にここを突破するしかない。そのためにまずは速攻で一番弱そうな魔物を倒す。包囲網に風穴を開け、
これが、ステラが唯一見出すことのできた勝ち筋だった。敵地で敵に包囲されるという絶望的な状況を打破するには、困難な条件を幾つもクリアしなければならない。まずは、一番弱い魔物を倒すこと。ただ倒すのではなく、瞬殺すること。これが達成できなければ、ステラが描いた勝ち筋は潰える。
失敗は許されない。
魔弾の攻撃が止むと同時にステラは盾代わりにしたヘルメスの影から飛び出し、標的に向かって駆け出した。敵の包囲網が完全に整う前に、決着をつけなければならない。
ダン!
と床を蹴るたび、『標的』との距離がみるみる縮まっていく―――― 『標的』になった魔物は、〈ヴァンピール〉という女性タイプの魔物だった。背中から
そう。ほとんど人間と変わらないのだ。ウェーブした美しい黒髪や、ほっそりとしたモデルのような体形は、たしかに彼女にとって武器なのだろうが、あくまでそれらは『女』としての武器であって、『戦士』としての武器ではない。彼女の外見は美人だ。しかし戦士の外見ではない。加えて彼女は武器を持っていない。丸腰だ。接近戦に持ち込めば勝機はある。
さらに(これが決定的な要素なのだが)彼女の真後ろには脱出口(ドア)があるのだ。彼女を斬り伏せさえすれば、そのドアから隣の部屋に逃げ込むことができる。
女。
丸腰。
ドアとの位置関係。
これらの要素から〈ヴァンピール〉を『標的』としたステラであったが、これらの情報はすべてがステラの偏見だということは忘れてはならない。本来ならこれらの情報の語尾に『はずだ』を付属させる必要があるのだが、あえてステラは無視しているのだ。
〈ヴァンピール〉は女の『はずだ』。丸腰の『はずだ』。弱い『はずだ』。勝てる『はずだ』。背後のドアから隣の部屋に逃げ込める『はずだ』。
あまりにも不確定要素が多すぎた。普段のステラなら様子を見るところだったが、今はそんなことをしている余裕はない。今のステラにとって安全よりも重視すべきものはスピードなのだ。そう言う意味では、ステラの行動は生きるための突進、というよりもむしろ決死の特攻に近いものだったと言うことができるだろう。
もちろん勝算はある。しかしそれ以上の危険が伴っている。そのことを、ステラはわかっていたが、あえて無視した。ステラを無謀な特攻に駆り立てたものは、『命に代えても主人を守る』という魔物としての断固たる決意と責任感。敵に包囲されるという絶望的な状況を招いてしまったことへの罪悪感。そしてヘルメスに対して芽生えた……
――――ステラは風のように疾走し、瞬く間に〈ヴァンピール〉との距離を詰めた。接近戦が得意な魔物なら、何らかの反応を示すはずの距離だったが、〈ヴァンピール〉は身構えすらしなかった。さすがにステラの接近には気がついているようだったが、避けたり、防御したりする気配がない。「にやあ」と不気味な笑みを浮かべ、ただ突っ立っていた。
不吉な気配を感じながらも、ステラは臆せずに踏み込んだ。床と接したブーツがダン! と音を立て、渾身の踏み込みから生じたエネルギーが、ステラの脚へと伝わっていく。踏み込んだ足を軸にクルンと回転しながら、踏み込みによって生じたエネルギーを足から腰へ、腰から肩へと伝達させていく。肩から肘へ、肘から手首へ、そして指さきへ。淀みなく流れたエネルギーが最終的に刀の切先へと到達したその時、しゃりん。という鍔鳴りと共に渾身の剣戟が放たれ、剣閃が宙に弧の軌道を描きだした。
――四次元刀剣術、千華道。
ステラの最も得意とする技だった。 繰り出した瞬間にわかった。手ごたえが違う。この斬撃は完璧だった。踏み込みから抜刀に至る動作のひとつひとつが完璧だった。そしてそこから繰り出された斬撃もまた完璧だった。剣撃のレベルが今までとは段違いだ。レベルそのものが根本から違う。そう、あえて厨二っぽくいうなら次元が違った―――― 四次元刀剣術、【千華道……もどき】。ステラはこの技で多くの敵を倒してきた。結界犬51体、バター男爵、マッド、ハイエルフ4体、血反吐男爵。計59体もの敵を葬り去ってきたのである。決まれば必殺――ともいえる威力を有する技だ。
にも関わらず、技名の終わりに『もどき』をつけ加えているのは、オネストが使う本家本元(オリジナル)の【千華道】のレベルに遠く及んでいないからだ。
ステラが使う【千華道もどき】は言ってしまえば普通の居合抜きだが、オネストの使う【千華道(オリジナル)】は時空間を裂く居合抜きだ。空間そのものを斬り裂く彼の斬撃は、この世に存在するありとあらゆる物質をいともたやすく切断することができる。
ステラの【千華道もどき】はオネストの領域には至っていない。空を裂く必殺技ではあるが空間そのものを斬り裂くことはできない。ゆえに【もどき】。ステラの【天武の才】を以ってしても、オネストの【千華道】を完全にコピーすることはできなかったのである。
動作(フォーム)は完璧にトレースしている。しかしオリジナルの【千華道】を再現することができないのには原因がある。それが何かはわからない。何かが足りないのだ。
身体能力が足りないのか。スキル習熟度が足りないのか。戦闘経験が足りないのか。人生経験が足りないのか。才能が足りないのか。殺意が足りないのか。狂気が足りないのか。
おそらく全部足りない!
その不足分は【下剋上】でさえ埋めることができない。ステラとオネストの間には、【下剋上】ですら補正不可能な、凄まじい能力の差があったということだ。
――――ところが、今。この瞬間に放った斬撃は、オネストの【千華道(オリジナル)】に限りなく近いものだったのだ。何度剣を振っても到達できなかったオネストの領域。四次元刀剣術の極みに足を踏み入れたことをステラは実感した。
そして、剣撃は、ついに空間を斬り裂いた。
ステラの目に映る風景が、斬撃の軌道に沿って斬り裂かれていく。切り裂かれた空間の隙間に、真っ黒い暗黒空間が現れたのをステラは見た。
時空間をも斬り裂くと言われる四次元刀剣術。私はその極みに至ったんだ。やっぱり私って天才だなあ。
ステラは胸中でしみじみつぶやき、そして気がついた。刹那にも満たない一瞬を、ものすごく長く体感していることに! 音速を超えているはずの刀が妙にゆっくりみえるのだ。まるでカタツムリが這うみたいにのろのろと敵の首筋にむかって進んでいくのである。 おぉ、さすが四次元刀剣術の極み。剣のスピードに比例して意識が加速している! 世界がスローモーションにみえる。オネストさんクラスの達人はこんな世界に生きていたんだ。そして私も、なんでか理由はわからないけど、ついにこの世界の仲間入りをしたんだ!
剣はあいかわらずノロノロとすすんでいく。刃が〈ヴァンピール〉のほっそりとした首筋に近づくにつれ、どんどん遅くなっていく。剣の速さに反比例して遅くなっていく時間の流れにやきもきしながらも、ステラは武術の極みの世界を楽しんでいた。34体の敵に囲まれた絶体絶命の状況で、ついに覚醒した四次元刀剣術の極み。この力があれば、きっとこの包囲網も突破できるはずだ。 相変わらずのろのろ進む刃が、ついに〈ヴァンピール〉の首に触れた。刃を押しあてられた首の皮がむにゅーっと少しずつへこんでいく。もうすこし時間が経てば、刃が首の皮を裂き中の肉へと喰い込んでいくはずだ。
なにもかもがスローモーションで見えるのはいいいけど、ちょっとこれは、グロテスクだなあ。強すぎるっていうのもなかなか大変だ。
と、ステラが内心で苦笑した時だった。
「――『見切り』ましたヨ」
コンマ一秒にすら満たないはずの刹那の世界に、突然、 誰かの声が割り込んできたのだ。
あれ?
動かない。剣も、体も。あとちょっとで、あとほんの少しだけ動けば〈ヴァンピール〉の首をはねることができるはずなのに、動けない。
世界が完全に静止してしまった。
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