第2話
教会前の広場。
ニワトリ頭の数十人の人間たちに囲まれて、マウシィがいる。
今日の彼女は、これまで着ていた穴だらけのボロ服ではなく、カラフルな鳥の羽を重ねた、ゴージャスなフェザーコートのような格好。さらに、コカトリスかグリフィンのものと思われる大きな羽を、後光が差すように背中から放射状に伸ばしている。
それは太陽神を信仰し、太陽を呼ぶ動物であるニワトリを聖獣と考えている宗教団体――「鳳凰の眼」の祭服だった。
「マウシィ!」
その広場に、アンジュがやってくる。
山の展望台から、全速力で駆けつけたのだろう。かなり息も切らしている。しかし、今の彼女にはそんなことなんてどうでもよかった。
「ア、アナタ、こんなところで何をしているのよっ⁉ さあ、ワタシと帰るわよっ⁉」
すぐにでもマウシィのところまで行こうとするが、周囲の教徒たちに妨害され、なかなか前に進めない。
「あうぅ?」
自分を呼ぶ声を聞いて、たったいま目を覚ましたかのような気だるさで、マウシィが振り返る。
「ああ、アンジュさぁん……」
その表情はいつもの不気味な笑顔……に比べると、どこか虚ろで、焦点が定まっていない。しかし、ラブリのときのように意識がないわけではなさそうだ。
「マウシィ! いつまでも呪い呪いってバカみたいなことを言ってないで、ワタシと一緒に…………って、ああもう! アンタたち、邪魔よっ!」
そう叫び、アンジュは聖女の母譲りの神聖魔法を使った。
次の瞬間、彼女の左手のステッキが激しく発光する。周囲の教徒たちは、その光に目をくらませる。そのスキをついて、ようやくアンジュはマウシィのところまで到着した。
そして、
「さあ! 今はとにかく、ここを……」
と、マウシィの手を引いてこの場から逃げようとした。
しかし。
パァン。
彼女のその手は、他の誰でもないマウシィによって弾き返された。
「な⁉」
「アンジュさん……あなた……」
戸惑っているアンジュ。からかうような表情のマウシィ。
「いまさら……何しに来たんデスかぁ?」
「な、何しに、って……。ワ、ワタシは、アナタに言わなくちゃいけないことがあって……。だ、だから、こんなところからアナタを、マウシィを、連れ出そうと……」
反論しようとするアンジュだが、その先の言葉は、すぐには出てこない。まだ自分の「気持ち」に、確固たる自信があるわけではないのだ。
そんなアンジュに、マウシィは首を横に振り、ため息混じりに言った。
「あ、あれぇ……? 私、前に言いませんでしたっけぇぇ……? 私は呪いが大好きで、呪いさえあればいい……。だから……今まで私に、強い呪いを与えてくれる人を、血眼で探してきたわけでぇ……。ようやく、この町でその『呪い』をくれるハルマ様に出会えたことで、最高の幸せを感じていてぇ……今、大満足なんですよぉ……? だから、逆に呪いを解いてしまう聖女様なんて……お呼びじゃないんデスけどぉ……?」
充血しきった気持ちの悪い目で、ギョロリとアンジュをにらむマウシィ。
そこで、
「うん? 何者だ、この女は? 神聖なる儀式を、邪魔しおって……」
マウシィの隣で、やはりニワトリの羽を重ねているらしい白いローブを着た糸目の男――血異人のハルマが、不機嫌そうに言った。
「マウシィ・オズボーン……貴様の、知り合いか? この無礼者は」
「え、ええぇぇ? し、知りませぇぇんよぉぉ? こんな人ぉぉぉ」
「……くっ」
嘘とは分かっていても、マウシィからハッキリとそんなことを言われるとショックだ。アンジュは、胸の奥の鈍い痛みに顔を歪めた。
「こやつのような
「え、えぇぇーっ⁉」
「死、死の呪い、ですって⁉」
マウシィとアンジュが、同時に叫んだ。
「マウシィに死、なんて……そ、そんなこと、このワタシが絶対にさせないわよ⁉」
「そ、そんなのぉ、困りますぅっ! や、約束が、違いますぅっ! 今日、私に『死の呪い』をくれるって、言ったじゃないデスかぁぁっ⁉」
「しかしな……吾輩の能力で『神の呪い』を引き起こすには、信者共による神聖なる儀式と、厳かな空間……静謐さが必要なのだ。このような騒がしい邪魔者がいる状況では、そのどちらも叶わぬ。吾輩の、神への願いが届かぬかもしれんではないか」
「だ、だったらぁ……」
マウシィが、再びアンジュの方へ向き直る。
「死死……暗呪……狂脳餓、襲死……死死……」
彼女は、いつものように自分の首を絞めていた呪いの人形――やはりマウシィとお揃いで、鳥の羽根の服を着ている――を、強引に引き剥がす。そして、それの片手を、手を繋ぐように持ち、
「わ、私が……この人を黙らせますぅぅ!」
と叫びながら、アンジュに殴りかかってきた。
「はぁっ⁉」
驚きながらも、とっさに、その呪いの人形による攻撃を避けるアンジュ。
しかし、マウシィはさらなる追撃をしてくる。
「やぁぁぁっ!」
「ちょっと、マウシィ⁉」
右。
「どぅわぁぁぁっ!」
「な、何するのよ! や、やめなさい!」
左。
「う、うぎゅぁぁぁっ!」
「やめなさい、ってばっ!」
薙ぎ払うように、横に一閃。
正直なところ。
そのときのマウシィの攻撃は、そこまで激しいものでは、なかった。
もちろん、彼女が武器として振り回している呪いの人形は、剣を砕くほどの強度がある。もしもまともに直撃すれば、ラブリのときのように気を失ってしまうだろう。
ただ、別に戦闘が得意というわけではないマウシィが適当に振り回しているだけでは、その攻撃もそうそう命中しない。しかも、
「血……魔鬱死……邪滅蠟死……」
アンジュが最初に出会ったときは、その呪いの人形は自動的に動いて、ゴロツキの剣などを防いでくれていた。しかし今はなぜか、その呪いの人形はほとんど動かず、ただただ意味不明な声をあげているだけ。
そのせいでマウシィの攻撃の軌道は簡単に予測できて、同じく戦闘が苦手なアンジュでも、なんとか逃げ続けられたのだ。
「ア、アンジュさんなんてぇぇ! 私の呪いを邪魔する、あなたなんてぇぇぇーっ! よ、よ、よ、『余計なおせっかい』なんデスぅぅぅーっ!」
「マウシィ! わ、分かったわ!」
逃げ回りながら、アンジュは叫ぶ。
「それならもう、アナタの好きにしていいから! このままでいいから! だ、だからせめて、ワタシの話を聞いて!」
マウシィを止めることを諦めたアンジュは、襲いかかってくる彼女に対して、今の状態のまま自分の「気持ち」を伝えることにした。
「ワ、ワタシ、気づいたのよ! 自分の、気持ちに! ワタシが、どうしてアナタについてきたいって思ったかを!」
「え……」
マウシィの動きが、一瞬静止する。
「暗呪……魔殺禍……」
彼女が持つ呪いの人形も、心なしか驚いているように見える。
「あ、あのね、マウシィ! ワタシがアナタについてきたのは、聖女だから、なんかじゃないの! 多分、ただの『おせっかい』なんかじゃなくて……ワ、ワタシは……!」
そしてアンジュは、自分の「気持ち」を、彼女がここまでやってきた理由を……マウシィに伝えようとした。
しかし。
「ふむ……時は、満ちたな。時間稼ぎ、ご苦労であったぞ……マウシィ・オズボーンよ」
そんなハルマによって、状況は大きく変わってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます