第6話 〜マウシィside〜

「ア、アンジュさん⁉ どうしたんデスか⁉ しっかりして下さい! アンジュさんってばっ!」

 マウシィの声が響いている。

「……」

 だが、その声はアンジュには届かない。

 どれだけ話しかけても彼女は返事をしない。宝石のように美しかった碧眼は、今は濁ったビー玉のよう。まるで出来損ないの人形にでもなったかのように、感情が分からない表情だ。

 周囲には、アンジュと同じように虚ろな目をした人が、何人もいる。みんな、神隠しにあったと言われている人たちだ。

 そこは、アンジュが滞在していたホテルからそれほど遠くないところにある、大きな大学の一角。今は使われていない校舎の、教室の一つだった。


 朝になり、部屋にアンジュがいないことに気づいたマウシィ。だが、昨日のことがあるのでそれも無理はないと思い、一人で当初の予定の神隠し調査を始めた。

 その途中、偶然この大学の近くを通りかかったときに、アンジュがその中に入っていく姿を見かけたのだが……そのときの彼女の様子が不自然で異様だったために、心配になって追いかけてきたところだった。



「……。……」

「ア、アンジュさん?」

 アンジュは、まるで見えない誰かに促されるようにその教室にあった席に座り、机の上に両手をおいて、指を動かしたり何もない空間を注視したりしている。それはまるで、「パソコン室でキーボードを叩いたり、ディスプレイを見たりしている」ような動作だったが……それらが存在しないこの世界のマウシィには分かるはずもない。

 そんな中、この状況を理解しているらしい人物が、マウシィに話しかけてきた。


「あ、ごっめーん! その子……アンジュちゃんだっけー? その子の意識は今、あーしちゃんのスキルで『楽しいことだけの世界』にいるんだー! だから、どれだけ話しかけても聞こえないし、あーしちゃんが解除するまで、その状態から戻って来ることはできないんだわー」

「あ、あなたが……!」

 マウシィは、その声の主に顔を向ける。その表情は、これまでの彼女にしては少し珍しいような厳しいものだった。

「やーん、怖い顔しないでー?」

 一方、ひょうひょうとした様子の相手。

 肩まである少しウエーブのかかった茶髪。格好は、この世界の一般的な学生が着ている布の服を継ぎ接ぎしたり組み合わせたりして再現された「普通の女子高生のブレザー制服」――もちろんそれは「その少女の世界の普通」であって、この世界のマウシィにとっては、見たことのない不思議な服装だった。


 そんな彼女が「みんな、こっちおいでー」と言うと、光に惹きつけられる虫のように、アンジュたちがフラフラとその少女のもとに向かっていった。さっきまでマウシィがどれだけ話しかけても何の反応もなかったのに、彼女の声には従ったのだ。

 それだけでも、その少女の正体は明らかだった。


「あーしちゃんはラブリ……島津しまづ愛里ラブリ。ラブリン、って呼んでもいいよー?」

「ち、血異人さん……デスよねっ⁉」

「……え? あっ、そうそうそう! 確か、チートってゆーんだよね⁉ あーしらのこと! あんまその呼び方可愛くないから、使ってなかったんだけどー……そーでーす! あーしは、チートのラブリンでーっす! うっぇーい!」

「ア、アンジュさんに、何をしたんデスかっ!」

 マウシィの厳しい声。昨日、あれだけ気まずいやり取りがあったとはいえ。ここまで一緒に旅をしてきたアンジュが「あやつり人形」のようになっている今の状況では、それも無理はない。

「ちょ……え、なになに? なんか……ノリ悪くない?」

 その態度は、どこまでも緊張感のない血異人ラブリとは対照的だった。



「あ、分かったー! たぶん、何か勘違いしちゃってるんだ、あーしちゃんのこと⁉ あのね、あーしちゃん、別にあなたの敵じゃないからねー? アンジュちゃんだって、傷つけるつもりはないし! むしろ、逆、逆! だから、さっき言ったっしょー? あーしちゃんは今、アンジュちゃんたちに『楽しいことだけの世界』を見せてるんだって。だってあーしちゃんのスキルは、他のチートたちみたいなヤバいのじゃなくってさ……『この世界のみんなと友だちになれる』ってヤツなんだから!」

「と、友だち⁉ この状況の、どこが友だちなんデスかっ⁉」

 またラブリをにらみつけるマウシィ。両手で血がにじむほど強く首筋をかいているのは、苛立たしさの現れだろうか。

「アンジュさんは、意識をなくしてこんなところに監禁されてて……みんなが神隠しって言って困ってたのも、全部あなたのせいってことじゃないデスかっ⁉」

「えー、監禁? 違う違うー。だってー……」

 ラブリはそこで、ニンマリ笑顔を作り、

「あーしちゃんのスキルは、『テイム』なんだもーん!」

 と言って、隣りに呼び寄せていたアンジュに抱きついた。


「ほらー、ナントカモンスターとか、そーゆー有名なゲームあるじゃん? あれとおんなじ! 誰かをテイムすると、その人があーしちゃんの友だちになってくれて、言うことをなんでも聞いてくれるようになんの。しかもしかもー、さらにあーしちゃんのスキルのいいところはねー……そうやってテイムして友だちになってる間、その人は『楽しいことだけの世界』の幻覚を見ることができるんよー。

あーしちゃんは、友だちができてハッピー! テイムされた人も、現実を忘れて幸せな世界にひたっていられて、やっぱりハッピー! まさに、お互いウィン・ウィンで平和なスキル……それがあーし、異世界転生ギャルJKテイマーのラブリちゃんの、テイムスキルなのでーす!」


「…………はい?」

 そこで、それまで厳しい目つきだったマウシィの表情が、少し崩れた。

「え? いや……だから、テイムテイム。こっちの世界だと、テイマーってゆーんでしょ? こうゆーの」

「テイム……テイマー、って……」


 マウシィは、ラブリに言われた言葉の意味が分からなかったわけではない。この世界にも調教テイム調教師テイマーという言葉はある。ラブリが今、それのことを言っているというのは分かる。だが……。

「私の知ってるテイマーとは……ちょっと、イメージ違うようなぁ……」

「え? そうなの?」

「だ、だって……テイマーって言えば……動物とか魔物と心を通わせて、意思疎通できるようになる職種でぇ……」

「でしょ? だから今、あーしちゃんのスキルでアンジュちゃんたちと友だちになってんじゃん? これが、その『心を通わせる』的なやつっしょ?」

 ラブリはそれを証明するためか、隣のアンジュと握手、ハイタッチ、ピシガシグッグッ――よく、陽キャの運動部員などが意気投合したときに、腕や手をリズムよくぶつけ合ったりする行為――をした。

 しかし、やはりそれをしているときも、アンジュは無表情だ。


「い、いや……テイマーなら人間を対象にしてるのが、まずおかしいデスけどぉ……。そもそも、今のアンジュさんは心を通わせるどころか……心がなくなっちゃってるみたいでぇ……。むしろこれって、テイムじゃなくて『違うやつ』のようなぁ……」

「えー、おっかしーなー? この世界に来たとき、こうゆーのに詳しそうなオタクくんに聞いたら、『そ、それ、テ、テテテ、テイマーですよっ……ぶひっ』って言ってたんだけどなー?」

「そ、それは多分……その人が適当に言っただけじゃないかとぉ……」


「ちなみにー、」

 まだ納得いってなさそうなラブリは頭をかしげながら、懐から、小さな長方形の金属板のようなものを取り出す。

「あーしちゃんがスキルで誰かをテイムするにはね? この、『スマホ』を使うんだけどさー」

「すまほ……?」

「そ。スマホにいつの間にか勝手に入ってた、このアプリを起動してね……この、『ぐるぐる回る画面』を見せると、相手をテイムできるんだー」

 そういうと、彼女はマウシィに向けてそのスマートフォンの画面を見せる。そこに映されていたのは、独特の、目が回るような「カラフルな渦が巻く動画」で……。

「って、いやいやいや! これ、絶対テイムじゃないデスよっ⁉ ただの催眠術デスよっ⁉」

「えー? そうなのー?」

「あぁー……もう……」

 油断のできない状況に、シリアスな態度を作りたいのに。相手のラブリの適当で天然な雰囲気に引っ張られて、なかなか緊張感を持つことが出来ないマウシィだった。

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