第3話

「ワ、ワケわかんねえことばっか、言ってんじゃねえよっ!」

 理解を超えた事態に困惑気味のミナトが、自分のスキルを使った。すると、ゴロツキたちの手元に新しい剣が現れる。

 それも、「勇者が魔王を倒した聖剣」や「妖精の王が魔力を込めた魔剣」など、どれもがこの世界に一つしかないはずの伝説級の剣だ。この世界に存在するどんなアイテムでも作ることができるという血異人ちいとスキルで、思いつく限りの最強の剣を作り出したのだ。


「へ、へへっ! み、見たか⁉ これが俺の力だっ! 俺に対してナメたマネしたことを、後悔させてやるぜ⁉ て、てめぇら、やっちまえ!」

 明らかにさっきよりも格段に攻撃力が上がった男たちが、次々にマウシィに襲い掛かる。

 しかし、やはりそれも、

「あ、あぁぁ! あぁぁぁんっ!」

 手を繋いでいた呪いの人形が勝手に動いて、剣の前に飛び出してくる。マウシィはそれに引っ張られる形で、その場をクルクルと回ってしまう。まるで、マウシィと人形でダンスでも踊っているかのようだ。

 そして……その人形が男たちの剣にぶつかるたびに……砕ける、折れる、弾き飛ばされる。

 結局。

 伝説の剣はすべて無効化され、誰一人としてマウシィを傷付けることはできないのだった。


「バ、バカな……」

「う、うひゅ……うひゅひゅ……。ど、どろしぃちゃんは、どんなことがあっても私を殺す、っていう呪いが具現化されたものなのでぇぇ。他の人が私を殺すのを、許してくれないんデスねぇぇ。『俺がお前を殺すまで、誰にも殺されるんじゃねぇ』っていう、ツンデレさんなんデスねぇぇぇぇ……ぐふゅっ」

「魔鬱死……殺死、呪死、絞殺死……死死死死……」

 自分の首を絞めようとしている呪いの人形に対して、ポッと、頬を濃い色に染めるマウシィ。

「あ、ああぁ……そ、そうデスかぁ? ぐ、ぐひゅ……。こ、こんな人前で、照れますデスよぉ……」

「死、死、死、死……死死死ー死、死ー死死……」

「あ、ありがとうございますぅ! わ、私もどろしぃちゃんのこと、大好きデスよぉぉー!」

「アナタには、何が聞こえてるのよ……。絶対もっと物騒なこと言ってるわよ?」

 もはや、どんな感情になればいいか分からなくなってしまったアンジュは、思わずそんなツッコミを入れていた。



「へ、へへ……さ、さぁてと……」

 混乱したゴロツキたちが、あたりを右往左往している。そんな中、マウシィはようやく本題に入れるというふうに、気持ちの悪い笑顔を作った。

「わ、私……じ、実はこのどろしいちゃん以外にも、いろいろな人、動物、魔物から……呪いをもらってましてぇ……」

「え?」

「た、例えばぁ……大蛇の魔物の呪いで、私の体を流れる全ての体液が猛毒になって、常に激痛を感じちゃってたりぃ……」

 不気味に笑う彼女の口から、泡立ったヨダレが落ちる。それがまるで強酸のように、ジュウゥゥという音を立てて地面の砂利を溶かしていた。

「牛乳を飲むと、すぐにお腹が痛くなったりぃ……。朝、早く起きれなかったりぃ……」

「それは、ただの体質じゃない?」

 そんな呪いも――アンジュのツッコミも――まるで気にした様子もなく、マウシィは妖しく光る視線をミナトに向けた。

「で、でも、実は……血異人の人から呪われたことって、まだ、ないんデスよねぇぇ……」

「何だ、てめえっ! な、何が言いてえんだよっ⁉」

「呪いっていうのは、その人の強い憎しみや恨みを、一方的に相手に押し付けること……。だ、だったら……私たちとは全く分かり合えない、全然考え方が違うとされている血異人さんなら……今の私には想像もつかないような……どろしぃちゃんや蛇の毒なんか目じゃないほどの、強烈な呪いをかけてくれるんじゃないか……。そう思ったんデスよねぇぇ……。だ、だから私、わざと血異人さんの馬車を止めて、怒られるようにしたんデスよぉぉ……」

 ゆっくりと、ぎこちなく不気味な動きで、マウシィがミナトに歩み寄る。

「く、くそっ! 来るんじゃねえっ!」

 あとずさりしながら、ミナトは自分のスキルで様々な武器を作って、マウシィに投げつける。だが、それらもさっきの剣のように、自動的に動く呪いの人形によって防がれてしまう。

「だ、だから来んなって……ぐっ⁉」

 焦りすぎたせいか、彼は何かにつまづいてその場に尻もちをついてしまった。それでも必死に逃げようと、顔を真っ赤にして、無様に両手両足をバタつかせている。


「ぎゅふ、ぎゅふふ……。あ、あなたの馬車の邪魔をした私を、憎んでくれますかぁ……? せっかく作った剣を壊しちゃった私を、恨んでくれますかぁ……?」

 興奮で口からあふれてくるヨダレを、ダラダラと地面に垂らしているマウシィ。もちろんそれらも「体液が毒になる」という蛇の呪いによって、落ちた先の地面を溶かしたり、生えていた植物を枯れさせている。

「うっかりあなたを殺しちゃったりしたら……悪霊になって、の、の、の、呪ってくれますかぁぁぁぁーっ⁉」

「う、う、うわぁぁーっ!」

 まるでアンデッドモンスターのゾンビが、人間を仲間に引きずり込もうとするかのように。両手を伸ばして、一歩、また一歩と、マウシィがミナトに近づいていく。完全に人間離れしたその様子に、彼は恐怖で震え上がっていた。最初の状態とは、完全に立場が逆転していた。


 しかし。


 こんな惨めな状態になっても、やはり相手のミナトは、この世界の常識を超えたスキルを持ち、その力に魅入られてしまった残虐非道の血異人だ。

 そんな相手をここまで窮地に追い込んだら、何が起こるのか?

 命の危険を感じた野獣がなりふり構わなくなったとき、どうなるのか?

 それは、これまでに血異人たちの犠牲になってきた多くの者たちの例を出すまでもなく、明らかなことだった。



「ああ! なんてことなのっ⁉」

 アンジュがまた、悲痛な叫びを上げる。

「は、はは……ははははっ! ザマァミロだっ!」

「う、うぅ……」

 ミナトからはまだ少し離れた位置で、マウシィが動きを止めた。

 大量のドス黒い血が流れ出す彼女の左胸には、十本近くの剣が突き刺さっている。

「お、俺のスキルはな、この世界にあるあらゆるアイテムを……『目の届く範囲内に創造』できるんだよっ!」

 ミナトが自分の血異人スキルによって、複数の剣を「マウシィの心臓の位置」に創造した。呪いの人形を盾にする余裕さえ与えずに、防御不能の即死攻撃をしたのだった。


「バ、バッカじゃねーのっ⁉ な、何が『呪いの人形』だよっ! 何が『猛毒』、だよっ! 呪いなんて、ただのバッドステータスだろーがっ⁉ そんなもんで、最強のスキルを持ってる俺と戦おうとするとか、お前、頭おかしいんじゃねーのっ⁉ つーか、そんな血とか流したりして……単純に、気持ちわりーいんだよっ!」

 先程とは一変して、勝ち誇って好き勝手なことを言うミナト。

 しかし、それはある意味当たり前のことだろう。


 一般的な認識からいえば、呪いなんて無いほうがいいに決まっている。

 うっかり呪われたアイテムを拾ったり、誰かから呪われてしまったら、どうにかしてそれを無くそうとする。呪いの発生源となる人物を倒したり、聖職者や聖女と呼ばれる者に祈ってもらったりして、一刻も早く解呪するのが普通だ。

 それなのに、なぜか複数の呪いがかけられた状態を喜んでいる。それどころか、血異人から新しい呪いをもらおうとさえしている。

 そんなマウシィが、異常過ぎたのだ。


 だから、それがたった今、正しい方向に修正された。異常だった状況が改善され、「強い力を持つ者によって無力な少女が殺される」……そんな、当たり前の展開になったのだ。

 今日のことは、話題の少ないこの村のトップニュースとして、しばらくの間は酒場を沸かせるかもしれない。ただ、きっとすぐに人々の記憶から忘れ去られて、世界はいつもどおりに回っていくのだろう。

 ……と、思われたのだが。



「ぎゅふっ……」

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