第5話 過密日程
一回の裏、日本の攻撃は、二番打者として入っている聖子がヒットで出塁した。
感覚としては女子の場合、どうしても球速がない。
そのため強く振らないと、長打になりそうにないと感じる。
シニアの強豪に比べても、まだ弱い。
男女の身体能力の差は、聖子が普段感じている以上に、大きなものである。
(それは男と一緒にやってたら、強くもなるからなあ)
続く三番が送りバントで送って、ツーアウトラインナー二塁。
そしてバッターボックスには、四番の真琴である。
比較的体格の小さな日本人の中で、真琴は男子の平均に近いぐらいの体格を持つ。
それでも筋肉の量などを考えれば、どうしてもパワーが足りない。
国際試合における基準は、木製バットであるのだ。
高校野球でも低反発バットを使うようになったが、それと同じ程度の木製バット。
そもそもなぜ金属バットが使われるかというと、竹バットや木製バットは折れやすいため、高校野球などでは備品として高くついたというものだからだ。
プロ以外でもシニアや国際大会も、木製バットが標準である。
元は野球のバットを、消耗品にはしたくないという、高校生の事情があった。
だが今では野球は習い事になっているため、それだけ金をかけるようになったのだ。
女子野球の男子との違いは、まずその圧倒的なパワーとスピードの差。
しかしそれを埋めるために、コントロールやテクニックを駆使してくる。
だがそういった小手先の技術では、男子に混じって戦力になっている真琴には、とても勝てない。
「惜しい」
打球はわずかにホームランには届かず、外野のフェンスを直撃。
女子の投げる遅いボールであっても、フルスイングすればそこまでは飛んでいくのだ。
女子にしてはという注釈がつくが、真琴は俊足を活かして、三塁にまで到達した。
ツーアウトながらランナー三塁と、まだ追加点のチャンスである。
こういう時にしっかりと、小賢しい手を打っていくのが、日本のスモールベースボールである。
パワーとスピードでやるならば、どうせ男子には勝てない。
それを基準にして女子野球は、様々なテクニックが男子に比べて通用する。
単純にサードの肩が、男子に比べて弱い。
外野からバックホームをするのでも、中継が必要となる。
真琴でさえその肩の力は、男子の外野には劣るものだ。
圧倒的なパワーの違いを、どうやって埋めていくか。
日本はそれを、トーナメント一発勝負の高校野球で研究してきた。
その中で分かりやすいのは、野球はメンタルスポーツであるということだ。
長打力もある五番は、足はそれほどでもない。
それなのにセーフティバントを仕掛けてきたとき、完全に無警戒であった。
むしろもうツーアウトなのだから、スクイズなどは考える必要もなく、内野は深く守っていたのだ。
こういう時の作戦というのは、本当に日本は小賢しくて上手い。
初回から二点を取った日本は、完全に流れに乗りかけていた。
世界大会ではあるがU-18ということもあり、女子にもコールドが適応される。
五回終了時点で、七点差となっていれば、それでコールドが成立するのだ。
日本はドミニカ相手に、終始優勢に試合を進める。
エース佐上は息の合ったキャッチャーとバッテリーを組んでいるということもあり、単打は打たれることがあっても、連打を食らうことがない。
無失点のまま、試合は進んでいく。
そして五回には、日本に七点目が入った。
裏の攻撃であるので、この時点で試合成立。
男子であれば五回コールドは10点差なので、それなりの違和感がある。
だがピッチャーの負担を考えれば、五回コールドはありがたいことだ。
このコールドの制度を利用すれば、ダブルヘッダーでも二試合に登板することは出来る。
もっともコーチ陣は、そんな無茶はしないつもりであるらしいが。
ベンチメンバーは20人いて、そのうちの八人が投手である。
キャッチャーも三人いて、外野の専門は三人まで。
真琴などが外野も守れるので、それはそれでいいのだろう。
内野も聖子などはセカンドとショートを守れる。
もっともファーストとサードは、打撃に優れた選手を選出したらしいが。
一試合を終えて、やはり痛感したのが守備である。
日本の方も守備の下手な選手はいるが、ドミニカはむしろ守備の下手な選手が標準であったような気がする。
あとは守備の折の、判断力もスピードが遅い。
打ちまくって勝つというわけではなく、相手のミスを突いての得点が多かった。
そのためこちらのバッティングに関しては、あまり過信しないようにとまで言われたものだ。
ただこちらのピッチャーと守備は、充分に自信を持っていいらしい。
特に明日の二戦目は、真琴が先発で投げる。
今日は佐上がコールドということもあり、完投してしまった。
だが基本的には継投も意識して起用するらしい。
真琴の打撃成績は、三打数の三安打の三打点。
四番に相応しいものであるが、なかなかホームランは出ない。
それでも長打を二本打っての数字なので、周囲からも認められていく。
なお聖子も三出塁で、存在感を示した。
彼女の場合は守備での貢献が大きく、男子の打球に比べれば、女子の打球などそれほど怖くもないという感想である。
ただ、問題は試合の後にあった。
昨日もそうであったが、ホテルの外のレストランでの食事は、どうしても独特の味がする。
一応観光地も近いので、そちらにならば口に合う味もあるのだろうが、あまり予算は潤沢ではない。
いざという時はコンビニでカップラーメンを食べるか、という悲痛な意見まで出てきた。
真琴も聖子も、問題なく食事は食べているが。
そもそも二人とも、父が東京に住んでいた頃は、各地の料理を食べている。
幼少期のことであるし、日本人用に味付けは変えてあるだろうが、それでも慣れはあるのだろう。
また聖子の場合は母方の祖父母が、ホテルを経営しているという事情もあった。
世界各地の料理に、それなりに慣れていたということである。
ともあれまずは、一勝した日本代表。
翌日は真琴の登板であるが、気になるのは自分の試合だけではない。
こちらの試合は昼間に行われるが、日本では夜にレックスとライガースの試合が行われる。
そしてその試合において、直史が登板するのだ。
さほど時差もない台湾でならば、試合を見ることが出来る。
直史と大介の対決を、甲子園を経験した今の自分が、どう捉えるのか真琴は考えていた。
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