第26話 負けヒロインは尾行する

「意外でした。林檎先輩が損得考えずに、他人から頼み事を引き受けるなんて」


 帰り道。優等生モードが完全に解けて毒舌生意気後輩モードに戻った陽芽が言った。


「そうね、どういう心境の変化よ」

「二人とも私のことなんだと思ってるわけ~?」

「引きこもりの人間を引きずり出すために無関係の配達員を使うカスだと思ってます」

「自分と同じ場所で苦しませるためにわざわざ傷口に塩を塗って一緒に苦しもうとか言ってくるカスだと思ってるわ」

「言うね~」

「探偵部の活動だって、人を推理で追い詰める時が一番活き活きした顔してるものね」

「止まらないし。今は私のこと褒めるターンじゃないの~?」


 情けなく怪我をした足をぴょこぴょことさせながら、林檎は不満そうに頬を膨らませた。


「おーくんが探偵部に帰って来た時に、まともに活動してなかったらかっこ悪いじゃん?だから引き受けたんだよ~。ね、立派な理由でしょ?」


 あんな憎まれ口を叩いたが、あの時、瓜子に適格な言葉をかけられる林檎を私は素直にすごいと思った。絶対口には出さないけど。

 瓜子の姿を見て、不思議と湧き上がっていた感情は苛立ちだった。

 だって、瓜子の姿は、失恋したとわかりきっているのにそれでも恋を追おうとする彼女の姿は、あまりにも私達と似ていたから。

 一瞬でも彼女のことを哀れと思ってしまった。そして、彼女にかけようと思った哀れみの言葉が思い浮かんでは私に突き刺さっていった。最早、彼女に対してなんの感情も抱きたくない、目を逸らしたいと思えてしまうほど。

 それでも林檎は、目を逸らさずに瓜子を見据え、向き合うことを選んだ。その強さを、私は少しだけ羨んだ。


「そんなわけで、明日から乙都先生について調べようか」


 ◆◆◆


「乙都、聞きたいことあるんだけど。アンタ彼女い」


 次の日、直接聞いてみようとしたところ、林檎と陽芽に遮られた。


「ちょ、バカなんですかネム先輩」

「前しか見えてないの?イノシシなの?」

「ぐだぐだ遠回りで探すより、一旦聞いた方が早いでしょ」

「何年探偵部やってんですか……」

「どうせ『彼女?いねーよ、いたとしても教えねぇよ』って言われて終わりだよ?」

「じゃあ、結局、一緒でしょ。聞くわ」

「も~」


 なぜ本人が目の前にいるのに、背後に回らなくてはいけないのだ。一回ぐらい試しても良いだろう。


「なんだよコソコソして」

「ねぇ、アンタ彼女いんの?」

「彼女?いねーよ。いたとしても教えねぇよ」


 一語一句違わずに林檎と同じ言葉を返してきた。面白味のない教師め。


「マジでなんだよ急に。教師に聞く質問じゃねぇし、そもそも教師に使う言葉遣いじゃねぇし」

「ごめん、ネムりんは今、失恋で頭がおかしくなって目に見えるカップルを全て破壊しようとしている怪異になっちゃったんだ」

「とうとう魔の手が先生にも…!悲しいです、私達が絶対に元に戻しますからね!さぁ!部活に戻りましょう」


 林檎と陽芽が論理が何も通らない滅茶苦茶な言い訳をして私をそのまま部室まで連行した。


「もっとマシな言い訳なかったの?」

「考える暇もないほどネムりんが先生にダイレクトアタックする速度がイカれてたんだよー」

「貴方のこと、もっと冷静で理知的な方かと思ってましたが思った以上に動物的ですよね」

「この世の困難を全て顔面の良さという力業で突破してきたから、力業以外の解決方法を知らないんだねぇ」

「うっっさいわね!」


 そんなあまり好調とは言えないスタートを切りながらも私達はまずは乙都に対して持っている情報を出し合った。


「花見の時に、あーちゃんとおーくんは先生の家行ってるんだよね」

「桜路ならともかく、泡歌のやつは先生に恋人がいたら言いふらしそうよね……って思ったけどそれはないか。アイツ、いい子ちゃんだったから」

「少なくとも、この辺に住んでいるのは確かだと思います。たまに、見ますし」


 この辺に住んでるからこそ、フットワークが軽く、私達のよくわからない活動にも付き合ってくれたのかもしれない。それに、この間泡歌の家付近に行った時にも偶然出会った。やはりあの周辺に住んでいるのだろう。


「林檎、アンタが心当たりないんじゃさっぱりよ、いつもキモイぐらい人間観察してるじゃない」

「うーん、確かに先生、人と暮らしてそうな気はした。実家暮らしでも彼女と暮らすでもあり得そうなラインだからよくわからないなぁ」


 林檎はうだうだと


「うーん、私ネトストも得意だから、ぶっちゃけ、先生の出身大学とか先生の実家の目ぼしとかつけてるんだけど、恋人に関してはわかんないんだよねぇ。先生浮かれて恋人のことSNSに書くタイプじゃないし」

「相変わらず気色悪い洞察力ね……」


 結局、部室でくっちゃべっていても、何もわからないということで先生をつけることにした。


 部室の鍵を顧問である乙都に返した後、学校の近くのファーストフード店で時間を潰しながら、先生が門から出るのを待った。ドリンクを啜りながら、窓から校門の様子を伺っていたところ、ドリンクが飲み終わらないうちに乙都先生の姿が見えた。

 私達は急いでドリンクを飲み干すと、タプンタプンの腹で先生を追った。


「本当にアンタん家の方向ね」

「なんかストーカーみたい、通報されたら終わるんですかね」

「大丈夫~、私達女子高生だから」

「しかも美人だし」

「それを大丈夫の根拠にしてる先輩についてきてる時点で終わってたかもしれません」


 私達はトーテムポールのようになりながら乙都を尾行する。乙都は手にポケットをいれたままゆらゆらと歩きながらコンビニに入っていった。


「うう、嫌だなぁ、乙都先生もこのコンビニ使ってるんですね。なんか学校の先生と最寄りのコンビニが一緒なの気まずいです」

「私達もコンビニまで入る?」

「いや、出てくるのを待とーよ、さすがにバレるでしょ」


 こんな美少女がケチケチと尾行をしている図は周りには奇怪に映るのだろう。既に通りすがりの人間がチラチラと私達を見ている。これはバレるのも時間の問題かもしれないわ。


 そんな危惧をしていたところ、コンビニの自動ドアから、やや猫背の乙都が出てきた。一瞬、目がこちら向いた気がして私達はハッと口を塞ぐ。

 しかし、乙都は予想外にも先ほど辿った戻る足取り、つまり、私達の方に迷いなく向かってくる。

 そして、私達に逃げる隙も取り繕う隙も与えず乙都は普通に私達に話しかけてきた。


「おーい、お前ら、何コソコソしてんだよ。飲み物買ってきたけど飲むか?」


 どうやら、計画は最初から筒抜けだったらしい。

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