第7話 負けヒロインはなぜ怒る?

 燃やしちゃいましょうこんなもの。

 林檎は私の呟きに歯を強く噛みしめ「ぐぬぬ……」と葛藤している


「こんなものがあるから過去から進めないのよ私達。燃やすわよ今すぐ」

「あーあーネムりんが失恋でおかしくなっちゃった」

「何が失恋よ!!そもそもアイツに恋してたみたいな言い方やめてくれる!?」


 その時、ガラリと部室の扉が開いた。


「最近、昼休みも部室に篭ってると思ったら、そんなことしてたのか、お前ら」


 入り口に顧問の乙都が立っていた。


「うわ、何してんのよ、キモ」

「盗み聞きなんて趣味悪いねぇ、今アルバム整理するので忙しいんだけど」


 女子高生の大ブーイングをあびながらも乙都はふてぶてしく部室に入ってきた。


「アルバム?そんなのあんの?」


 乙都が顔をしかめた。まるでアルバムに嫌な思い出があるみたいに。


「そろそろ燃やそうとしてるの」

「燃やさないよ、ネムりん邪魔するなら帰ってー」


 林檎がべしべしと余った袖をぶつけてくるがあまりにも弱い。そんなんで抵抗だなんて片腹痛いわね。小指でも倒せそうだわ。


「はー……そんな争うぐらいなら燃やせ燃やせ。そんなもん。焼却炉貸してやるから」


 乙都が適当に一つのアルバムを拾い上げて、気だるげに言ってくる。


「えー乙都ちゃん先生そっち側なのー?」

「話がわかるじゃない」

「おー、人生はあきらめが肝心だぞ」


 年の功っていうほど離れた年齢の先生でもないけれど、やはり私達とは人生経験も違うのだろう。達観したことを言う。


「先生は恋とかしてたのー」

「なんでお前らにんな話しねぇといけないんだよ」

「泣かした人間多い人生そうだから。新学期頃に恋人と別れてるでしょ?」

「……なんでそう思った」


 林檎のゆるい口調から繰り出される、ちょっと意地悪な指摘に乙都は少しだけ顔を硬くした。


「今まで同棲してた恋人がいたけどいなくなったね。お弁当が質素になったよ」


 相変わらずキモイわねコイツの観察眼。


「……マジで探偵部みたいなことやってたんだお前ら。ちょっと見方変えるわ」


 私が心の中で思ったことを乙都はオブラートに包んで返した。


「図星だったんだー」

「図星なのね。汚わしい。あっち行って」

「女子高生きちぃ」


 部外者を追い出そうとする私達だが、やはりわざわざ部室棟の一番奥に来ただけあって、用事はあったらしい。


「で、何しにきたの?」


 私は渋々要件を聞いた。女子高生と戯れたいだけとか言われたらどうしよう。そういうことを真顔で言いそうな奴ではあるから。アルバムの角とかで殴ろうかしら。


「そろそろ進路希望出してもらわないと困るって催促しにきたんだよ」


 真っ当な理由だった。さすがに悪かったわ。

 そして、白紙の進路表を抱えた私たちに、もちろん出すものなんてあるわけがない。林檎とそろって顔をしかめる。


「あのなぁ、お前らそろそろ進路考えないと……」


 説教が始まりそうな予感にうげ、って顔をしたと思えば林檎が進路調査のプリントを取り出しその場にあったマジックペンで何やら走り書きし「ん」と乙都に押し付けた。


『おーくんのお嫁さん』


 丸文字でそんなこと書いてあった。よく平然と渡せるものだ。


「お、お前よく駆け落ちして消えた男の名前……」


 乙都はぎょっとして、進路表を突き返した。


「駆け落ちだなんて決まってないし」

「いや、駆け落ちだろどう見ても、学校までわざわざ辞めてんだぞ。丁寧に書類まで置き去ってさ。両親にも話がいってるみたいだしさ」

「え、待って、両親に話いってんの」

「そりゃそうだろ。急に姿形も無くなったら学校側だって事件に巻き込まれてんじゃないかとか、家族関係に不和があるんじゃないかとか気にしなきゃいけねぇんだよ。だから駆け落ちって表現も変か……」


 急に現れた正論を振りかざす男。


「な、なんでじゃあ駆け落ちしたわけ?」

「詮索するもんじゃねぇだろ。愛し合ってる男女が消えたんだから、二人で結婚でもしてんじゃねぇの」

「そんなわけない…っ!」


 珍しく林檎が声を張り上げた。張り上げ慣れていなさすぎて、語尾が少しだけ掠れていた。


「ちょっと、どうしたのよ林檎」

「そんなわけないよ、何の理由もなしにただ愛しあってるだけで学校やめるなんて」

「認めたくねぇ気持ちはわかるけどさ、親も認めてるんだし」

「そんなわけないんだよ」


 大した理由もなく「そんなわけない」の一点張りだった。珍しい、林檎の論理的な説明もない主張は。


「……悪ぃ悪ぃ、そういうのは自分達で蹴りをつける問題だよな。大人が余計な口出した」


 乙都はどうやら地雷を踏んだことを察すると、これ以上爆弾を刺激しないように扉を閉めて帰っていった。


「あんた、おかしかったわよ」

「……別に」


 珍しく、林檎は不機嫌そうに頬杖をついた。


「いい加減バカらしくなってこないの?あんな男のために」

「あんな男って何?」


 林檎の不機嫌が私にまで波及してきた。いつも余裕綽々で、こんなに感情を表にだす林檎は、あの空港の日以来だった。


「私はあんな男どうでもいいのよ。私たちにまともに説明もしないで勝手にいなくなったことに腹が立ってるだけなんだから」


 私の強がりに、林檎を取り巻く空気が、重く澱んでいく。


「……まだそんなこと言うんだー。素直になったら?」

「何?先生に図星つかれたからってそんな不機嫌になって。」

「いい加減、おーくんのこと好きなの認めなよ」

「好きなわけないじゃないあんなボンクラ」


 また、部屋の空気が重くなったのを感じた。いつもだったら私の否定に対してニヨニヨと薄ら笑みを浮かべ「なんで認めないの?恥ずかしいの?」なんて煽りをかましてくる林檎が、やけに静かに押し黙っていた。


「……もういい。帰る」


 最終的に、子供みたいに拗ねた林檎はカバンを持って部室を出て行った。

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