眼田禰夢伊について

【日本の笑える都市伝説 眼田禰夢伊著 前書きの抜粋】


あなたは、「スキー中の尿意」という都市伝説を聞いたことがあるだろうか。これは、スキー中に尿意を催した女性がウェアを脱いで用を足そうとしたところ、尿を出しながら、下が裸のまま滑り落ちてしまった、という話である。もちろん、これは恐らく事実ではない。

まだ性に関するユーモアに寛容だったバブル期、経済の発展とともにスキーが流行した時代に、大学生や社会人のコミュニティなどで笑い話として創作されたのだろう。自身の大事な部分を見られるという性的なユーモアやスキーの危険さの啓蒙など、「こういうことがあったら怖いけど面白いよね」というジョークを共有する構造になっている。

同様の都市伝説として、アメリカ開拓期の「フィアサム・クリッター」というものがある。「フィアサム・クリッター」とは、「見るも恐ろしい怪物」という意味であり、背後から忍び寄って人間を殺す「ハイドビハインド」や、サボテン酒を飲みながら荒野を徘徊する「カクタス・キャット」など、恐ろしくもどこか笑える怪物の話が多く語られている。世界各地には、このような最初から笑わせるための都市伝説や、やや恐ろしげではあるがどことなくユーモラスな都市伝説も多く存在している。

これらは、例えば小中学生の夜やトイレに対する恐怖が具現化された「口裂け女」や「トイレの花子さん」など、いわゆる「心霊都市伝説」とは異なるタイプのものである。心霊都市伝説は、例外もあるが、環境の急激な変化によって発生するとされる。

そもそも、トイレは古くから「怖い場所」として認識されており(いわゆる「かんばり入道」などが好例である)、児童にとって学校の洋式トイレは、慣れ親しんだ家庭のトイレよりも汚く、暗く、不気味に感じられる。そのため、「トイレの花子さん」のような怪談が生まれたとされている。

また、「口裂け女」の話も、小中学生が塾に通い始める時期とほぼ同時に広まったと言われ、研究上では小中学生の夜道への恐怖の具現化と言われる。しかし、近年では洋式トイレの普及によってトイレへの恐怖が薄れたため、「トイレの花子さん」の話はあまり聞かれなくなった。また、夜に出歩くことへの抵抗感が薄れたことから、「口裂け女」の話も以前ほど語られなくなっている。

一方で、和式トイレやくみ取り式トイレを使えない児童が増えたため、最近の児童書などでは、和式トイレが「怖い場所」として登場することが増えている。そのほか、「口裂け女」よりも凶暴な「アクロバティックサラサラ」や、より強い恐怖感をもたらす「窓から覗く女」、さらにはパソコン内部に現れる怪異「デジタルババア」などの新しい都市伝説も、近年よく話題に上るようになってきた。

また、心霊都市伝説の多くは、インターネットから生まれたものも多いという。「くねくね」「両面宿儺」「八尺様」などは、その代表格である。これらは、人々を怖がらせることを目的として創作されている。つまり、心霊都市伝説は、恐怖心だけでなく、創作性や環境の変化、さらには土着信仰への恐れや自身の経験への誇張表現といった、複数の要素が複雑に絡み合って成り立っている。ゆえに、これらの心霊系都市伝説はホラー・カルチャーや創作怪談としての方面でも人気が高く、今なお強い影響力を持ち続けている。

他のジャンルとしては、「フリーメイソン陰謀説」のように政治的な恐怖や巨大組織への不安が反映されたものや、「明智光秀=南光坊天海説」のように歴史的興味が具現化されたものもある。これらは、「どこそこのハンバーグには猫の肉が使われている」「東京都庁ビルは実はロボに変形する」といった、かつてはユーモラスな都市伝説として発展してきた経緯がある。

ただし、これらの陰謀論に近い都市伝説や歴史を歪曲した都市伝説は、時には政治的なプロパガンダに利用されることもあり、単なるユーモアや恐怖をベースとする都市伝説とは異なる、より特殊な性質と体系を発展させてきた。

先ほど述べたように、都市伝説はユーモアや陰謀論、サブカルチャーなどと関わりながら、それぞれに影響を与え合いつつ発展してきた。

しかし、こうした分類の枠に収まらない都市伝説が、ある地域の調査で発見された。それが、「スキー中の尿意」のバリエーションである。

誤解のないように言っておくと、これは「女性がそのまま失禁する」や「尿が凍る」といった内容ではない。ここで改めて「スキー中の尿意」の話に立ち返ってみたい。この話は、バブル期にスキーが大流行しなければ生まれなかっただろう。つまり、「スキー中の尿意」という都市伝説は、スキーという文化の存在と、その場所や状況に対する共通認識があってこそ成立するものである。

したがって、単に「女性が失禁した」というだけの話では、スキーというスポーツならではのオリジナリティが欠けており、ナンセンスなのだ。この話の面白さは、「スキーのように滑り落ちながら見られてしまう」という点にある。「ウェアの脱ぎにくさ」や「寒さ」、「生理現象の避けがたさ」などは、スキーに限らず他の場面でも起こりうる。だからこそ、「滑り落ちてしまう」というスキーならではの状況が、この話に独自性とユーモアを与えているのである。

たとえば、「釣り中の尿意」や「バス車内の尿意」のようなバリエーションを考える場合、それぞれの場面に合った独自の笑いどころが必要になる。誰もが知っている文化の中から、そうした面白さを見出せる人でなければ、この種の都市伝説を創作するのは難しいだろう。

最近登場したある話は、まさにこうした「都市伝説の円環」から外れた存在なのだ。

「スキー中の尿意」は、先述の通り、性的なユーモアであると同時に、文化的風刺としても非常に完成度の高い都市伝説である。もし性的なユーモアのみを目的とするならば、もっと適した表現があったはずだ。それにもかかわらず、スキーという文化を笑いの軸に据えた点に、この話の真の面白さがあるのである。


【某ホラー雑誌から抜粋】


わたしの世界ホラー遺産/選者:眼田禰夢伊(ホラー、ミステリー、ファンタジー小説家)

「ラヴクラフトらを中心としたグループによる旧支配者のコズミックホラー神話体系(クトゥルフの呼び声、未知なるカダスを夢に求めて)」

「日本の2ちゃんねるを発信源とする複数の実話・創作怪談(八尺様、リゾートバイト)」

「19世紀イギリスを発信源とするゴシック・ホラー小説(フランケンシュタイン、ドラキュラ)」

「20世紀アメリカ・日本・ヨーロッパで発展したパニックホラー映画(キング・コング、13日の金曜日)」

「中世〜近世の中国・朝鮮・日本を中心とした恐怖譚(雨月物語、絵本百物語)」

「21世紀ヨーロッパで発展した宗教的恐怖映画(ミッドサマー、エクソシスト)」

「英語圏インターネットを発信源とする複数のホラー創作ミーム(SCP財団、Backrooms)」

「インディーゲームを中心とした複数のホラーゲーム(Baldi’s basics)」

「古代ローマ・ギリシャを中心とする先駆的恐怖の神話(キメラ、アラクネ、テュポンなど複数の怪物神話)」

「英語圏で発生したサブカルチャーを伴う都市伝説ミーム(ヘロブライン、ポケモンブラック)」

「複数のクリーチャーや幽霊を伴う東南アジアの怪異譚(ペナンガラン、アスワング)」

「中世〜現代におけるアフリカ・アメリカ・アジアのUMA目撃譚(チュパカブラ、モケーレ・ムベンベ)」

「フィアサム・クリッター、あるいはアメリカ開拓民の集団幻想(カクタスキャット、スクォンク)」

「RPGを中心としたゲーム内のモンスター(リッチ、数種のドラゴンなど)」

「ファンタジー系統の小説に登場する複数のクリーチャー(ハリー・ポッターの魔法生物)」

「梨・背筋らやテレビ東京を中心とした一連のモキュメンタリー作品群(イシナガキクエを探しています、行方不明展)」

「映画やゲームなどの媒体で表現された日本のホラー作品群(零、リング)」

「中東・イスラムのクリーチャー伝承(イフリート、ジン)」

「ネイティブアメリカンのクリーチャー伝承(ウェンディゴ)」

「秦・漢以前の中国のクリーチャー伝承(山海経)」

「欧米・日本で発展したSFホラーの潮流(一九八四年、パラサイト・イヴ)」

「中南米の民族信仰におけるクリーチャー(死者の日)」

※原本には説明文が書いてあったが割愛


【眼田禰夢伊のWEBページより引用】


眼田禰夢伊 受賞歴

『ショルダーバッグは夜と歌う』 某賞(デビュー作)

『光れない子供ども』 某ミステリー賞12位

『瞬間、透明人間』 某ミステリー賞3位

『脳、心臓、肝臓』 某ホラー賞1位

『売れない熟れない浮かれない』 某ミステリー賞15位

眼田禰夢伊は、独特な恐怖感や殺人事件をネット発のモキュメンタリー形式や、森博嗣などの「理系ミステリ」や知念美希人などの「医療ミステリ」のように専門知識を交えた文章で描き切り、華々しく文壇に登場した。

「メフィスト賞受賞者を全部足し合わせてエグ味を取り除いた」とされる、奇抜ながら堅実なその作風はK氏やN氏に高く評価されている。

「2ちゃんねるにいた時期があり、洒落怖も手がけた」とのことであるが、具体的な作品は不明。

ホラーや民俗学に詳しく、多くの論評も手掛けている。

カクヨムの永字八法氏、プリ小説の東田山羊氏とは交流があるとのこと。

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