エピローグ
第38話 幕引き
その後は、とんとん拍子だった。
大ロマカミ教団は抵抗らしい抵抗もなく全員捕縛され、ぼくら四人は無事に保護された。味方の側に被害がなかったのは、ココノの笛で人狼が従順だったのが大きな理由だ。
ミスミ城へ帰ってからは、医務室で健康診断を受けて、騎士団から形式的な事情聴取を受けて、父様から結局無茶する羽目になったことのお叱りを受けて、と受け身になりっぱなしでいるうちに日が暮れて。
用意してもらった客室で一夜を明かした、次の日。
ぼくとソラは、名指しで城のダンスホールに招かれた。ディルフィーネ殿下を救出するのに尽力したから、と表彰したいんだって。
「どどど、どうしましょう、シエル様!?」
「落ち着きなよ。卒業試験で主席を取った時も、表彰くらいされたでしょ?」
「だって、あれは、学院ですし……。でも、今度は、ディルフィーネ様ですよ!? ディルフィーネ様直々に表彰だなんて……わたし、
「その服で大丈夫だから」
ガッチガチになってるソラのおかげで、緊張する暇もない。
ちなみにソラは最初、恐縮のあまり本気で辞退しようとしていた。それをぼくと父様が両側から、
「嫌だよ、ぼく独りきりで行くなんて」
「旧州人、特に君のような極東系の血が濃い者が差別されることは、哀しいかな皇州では多い。君がこういう晴れ舞台に立つことは、社会的にも大きな意味があるんだよ」
「ここで断ったら、後から王都に呼び出されて謁見の間で、ってなるんじゃないかな。そしたら、もっと緊張するでしょ?」
とか何とか言い含めて、やっとこさ了承させることができたという裏話があったりするのは、さておくとして。
ぼくら二人はダンスホールに並んで、ミスミの町とその近隣から招待された貴族や有力者に見守られながら、ディルフィーネ殿下を前にして跪いているところだった。
「シエル・I・アルクアン伯爵子息。そのメイドのソラ。貴方たちの働きにより、私は無事にテロリストの手から逃れて帰ってくることができました。心から、お礼を言わせてください」
「いいえ、殿下。帝国貴族の一員として、当然のことです」
膝を着いたまま、事前に暗記させられた台詞を吐く。
表彰のやり取りは、ガッチリと型に嵌められた儀礼的なものだ。皇女の感謝も、ぼくの返答も、一言一句が昔ながらの様式に従った内容で、観客もイベントの進行は一から十までわかっている。
殿下と言葉を交わし、功績を賞する勲章――晩のうちに王都から取り寄せたらしい――を授かるところまで、すべてが予定調和。
だけど、最後の行為だけは、周囲を少なからずどよめかせた。
――手の甲に、キスを許す。
皇族が信頼の証とするためなんだけど、問題はぼくの耳と尻尾だ。
人狼に咬まれたら、人狼になる。それを知っていて、手袋越しとは言えキスさせるなんて、恐怖せずにはいられないだろう。
それなのに、躊躇うことなく手を差し出したディルフィーネ殿下と、それに堂々と唇を落としたぼくの2ショットは、見る者に驚きと感動を与えてならなかった――と、翌日の新聞には書かれていたそうだ。
(ソラはまだしも、我々が口づけした時は顔が引き攣っていたのである)
(……手袋の内側は、じんましんが出てたでしょうね……ア、ハァ)
(まあまあ、よく我慢したと褒めるべきですぞ~)
別人格がボロクソに言ってたのは、表には出さずに済ませたと思うけど……別れ際のディルフィーネ殿下の様子だと、見透かされてた可能性も否めなかった。
*
ミスミ城、皇女用客室。
「嫌なんだったら、キスなんてさせなきゃいいでしょうに」
「……うるさいわね」
ディルフィーネはキアスに小言を言われながら手当てを受けていた。
拉致された際の怪我、ではない。
表彰式で手にキスされた跡を洗いすぎて、肌が荒れてしまったのだ。人前では分け隔てないような顔をしていたが、内心では嫌悪感でいっぱいだった。
「あの二人の手柄を考えれば、キスを省略する選択肢はないわよ。皇女たるもの、恩賞を渋るようなことがあってはならない」
「はいはい、ご立派ご立派」
キアスは呆れた様子で、主人の肌にに薬草の葉汁を塗る。白魚のように繊細で美しい手が擦りすぎで赤くなっているのを、労る指使いは、声とは裏腹で慈しむように優しい。
こうして以前と変わらず遠慮なく軽口を叩けている事実を噛み締める女騎士に、皇女は何とも言えない表情をして、ただ短く息を吐いてから話題を変えた。
「それで、事件について何か話は聞けたの?」
「あー、はい。この一晩で判明した範囲については」
キアスは手当てをしながら応じた。
前もって騎士団の捜査情報を探ってくるよう命じていた成果を披露する。
「組織名は大ロマカミ教団。人攫いで集めた人間を人狼に変えて、帝都に送り込む計画を立てていたそうです。現帝政を転覆させ、自分たちが支配者に成り代わるのを目的としていた、と」
「勇者とか名乗っていたリーダー格が、私に魂を乗り移らせると言っていたわね。もし成功していたら、皇女特権で帝国の中枢から崩されていたところだわ」
「アルクアン伯爵子息が動かなくなった時には胆が冷えましたが、調べても問題がなくて何よりでしたね」
外見上、シエルが勇者に取り憑かれた様子はなかったが、ディルフィーネは油断することなく、帰還してすぐに精密検査を言い渡していた。
健康診断と称してシエルの霊力を調べたが、結果は異常なし。どう見ても常人のそれであり、異質な魂が宿っているような反応は検知されなかった。
そもそも、魂を移植する霊術なんて実現可能かも定かでない高等技術だ。失敗に終わったとしても不思議ではない。
「伯爵子息と言えば、彼が血まみれになっていた理由もわかりましたよ」
「……ああ」
思い出して、ディルフィーネはげんなりする。
血で汚れた手で突き飛ばされたり、担がれたり。それどころではなかったのは理解しているが、皇女のデリケートな神経には耐え難い扱いだった。
「地下の一室に、教団メンバーと人狼の死体が大量に転がっていたのが確認されました。『孵化室』という部屋らしいですけど、仲間割れって感じでもないし、騎士団がやったわけでもないしで、困惑していましたね」
「謎の死体、ね。それが血の出元だと?」
「本人が、現場に居合わせたと証言しています。一人だけ別に転移させられた時、敵の兵や人狼が待ち構える孵化室に飛ばされたのですが、急にランプが壊れたと思ったら暗闇の中で殺戮が起こったのだ、と。犯人の姿は見ておらず、少年だけが殺されなかった理由も不明だそうです」
「そう。……案外、彼の仕業だったりしてね」
「まさかまさか。九才の少年ですよ? それも、由緒正しき伯爵家の跡取り息子。腕に覚えはあるみたいでしたけど、さすがに大量殺人鬼みたいな真似はできないでしょ」
実はそのまさかだなんて思いもせず、キアスは笑い飛ばす。
ディルフィーネにしても本気で言ったわけではなく、肩をすくめて流した。
「その小さな子どもと、本職の戦闘員でもないメイドだけを連れて突入するというのも、大概謎だったわね」
「ぐっ……。それにつきましては、返す言葉もなく。すぐにも姫様を害するらしいと聞いて、ならば援軍を待っていられないと……恥ずかしながら、あの時はそれが正解だと頭から信じ込んでしまっていました」
「結果オーライとはいえ、ご子息を危険にさらしたことには変わりない。アルクアン伯爵には、大きな借りが出来てしまったわ」
軽く当て擦ると、キアスは申し訳なさそうに項垂れた。
若くても聡明な彼女があんな無謀とも言える突入を決断のも、考えてみれば奇妙なことだ……と、ディルフィーネは思いふけりながら、治療された手を長手袋に納める。
ふと窓の外に目をやれば、青空をバックに険しい山脈がそびえ立っていた。あの山を越えた南東に広がっているのが、アルクアン伯爵領だ。
「シエル・I・アルクアン、か」
口の中で、名前を反芻する。
今回の事件に見え隠れしている不可解さと似たものを、ディルフィーネは彼に感じ取っていた。
――城で対面した、大人びてはいるが年相応な少年の顔。
――テロリストを軽々と打ち倒した格闘術。
――勇者の霊術からディルフィーネを庇った際の、ミステリアスでちょっと陰気なしゃべり方。
時々に応じて別人のような姿を見せる彼は、何者だったのだろうか。
「……見極める必要が、あるかもしれないわね」
今頃は帰路に着いているだろう、特別な何かを秘めた少年を想い、皇女は呟いた。
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