かねのおう - 3
ミミは、どうしようかと悩んでいた。
サラに小屋から追い出された。
サヤも、どこかへ走り去ってしまった。
「サヤさんは、どこに行ったの?」
そばに漂う精霊へ尋ねてみる。
『かみさま』
『かみさま すき』
「……かみさまって、誰なの?」
やっぱり、よく分からない。
精霊に期待した自分が馬鹿だったのだろうか。
ミミは諦めて、その場で待つことにした。
すれ違いになるのはまずいから。
(そういえば、スミレとはよく同じことしてたなあ)
お互いに別の場所で待っていたり。
逆に、相手を探し回っていたり。
いつまで経っても会えなくて、それなのに電話をかけるタイミングだけは妙に似ていて。
(……懐かしいなあ)
早く役目を終えて、元の世界に帰りたい。
「お待たせしました!」
遠くから声が聞こえた。
サヤが息を切らしながら走ってくる。
先ほどまでぼさぼさだった髪は綺麗に整えられ、頭にはカチューシャまでついている。
「いえ、全然待ってないです」
とっさに、そんな言葉が口から出た。
サヤは足元まで届くワンピースを身にまとっていた。
先ほどまで全身を覆っていた煤など、どこにも見当たらない。
「……えっと。素敵なお洋服ですね」
ミミが身につけているような、動きやすさを重視した服とは違う。
華やかで、どこか上品。
この場所が異世界であることさえ、一瞬忘れてしまいそうな装いだった。
「そうなんです!」
サヤは嬉しそうに手を合わせる。
自然に綻んだ笑顔は、とても可愛らしかった。
「神さまが、準備してくださったのです」
「……かみさま」
(精霊も、同じことを言ってた)
ミミがその言葉を反芻すると、サヤはしまった、とばかりに口元を両手で隠した。
「お名前を知らないので……精霊さんが教えてくださったまま、私が勝手にそうお呼びしているのです」
そう言って、サヤはミミの両手を取った。
「では、さっそく行きましょう」
その姿は、まるで淑女のようだった。
――それから、サヤは街を案内してくれた。
この国で作る武器の素材は土の国から譲り受けていること。
どのような武器を作っているのか。
それを誰が、どのように使うのか。
自分自身の話よりも、あの場にいた職人たちの話の方が多かった。
それでも。
何より嬉しそうに語るサヤの姿は、ミミには輝いて見えた。
「アイさんのライブを観ることができなくて、残念です」
アイの話題も出た。
どうやら、アイが持っていた苦無のような武器も、サヤが作ったらしい。
製造中はあの場を離れることができなかったが、精霊がずっと様子を教えてくれていたのだという。
「……アイさんは『何でもいいよ』と、私が作った数ある試作品の中から持っていかれました」
サヤは少し残念そうに笑った。
「改めまして、ミミさん。本当に申し訳ございません」
そして、再び頭を下げる。
「王になったからには、完璧な武器を仕上げなくてはならなかったのに……」
心底落ち込んでいる。
ミミは慌てて、両手を前で振った。
「いやいや、そもそもあたし、武器を作ってもらう予定なんてなかったじゃないですか」
「でも……」
「あたしは王じゃないですし」
サヤの背筋が、うじ、と先ほどまで伸びていた分だけ、たおやかに折れた。
「……たしかに、そうなのですが」
寂しそうに笑う。
「申し訳ございません」
きっと。
イネから怒鳴られ続けて、自己肯定感が下がっているのだろう。
「イネさんの――」
言いかけて、ミミは口を閉ざした。
(――『あいつらの言うことなんて、気にする方がおかしいよ』)
昔、先生から言われた言葉が蘇る。
あの言葉は、呪いだった。
投げつけられた言葉に傷ついた自分の感性の方が、おかしいのだと言われた気がしたから。
「……あの人は、ああ言ってたけど」
ミミはサヤを見る。
「あたしは、サヤさんのこと、素敵だと思います」
所作が綺麗だとか。
優しいとか。
他にもサヤの良いところを挙げようとした。
けれど、出会って間もない自分が言っても、薄っぺらい言葉にしかならない気がして。
これ以上は、出てこなかった。
「あと……サヤさんは、格好いいです」
ただ。
あの場所で武器を作っていたサヤの姿は、純粋に格好いいと思った。
サヤは目を見開いた。
ミミの溌剌とした笑顔と、その言葉が。
心の奥深くまで、まっすぐに刺さった。
――『どうして、そんなことも分からないの?』
――『どうして、そんなに鈍臭いんだい』
過去の言葉が、頭の中に浮かんでは消える。
(ミミさんは、私のことをよく知らない)
それなのに。
どうして、こんなにも強く心に響くのだろう。
(けれど……言葉に、重みがあるような気がする)
「前髪が長いと、見えづらくないですか?」
ミミが、サヤの前髪を見る。
「今みたいに顔を見せてくれた方が、可愛いですよ」
あまりにも無遠慮に踏み込まれている。
それなのに、不快感は一切なかった。
「……はわっ」
それどころか。
女性に可愛いだなんて。
この方は、なんてことを言うのだろう。
率直な好意を向けられることなど、今まで一度もなかった。
だから、どう反応すればいいのか分からない。
緩んでしまった口元を隠すように、サヤは両手を添えた。
「ミミさん……実は、軟派者ですか?」
「初めて言われましたけど!」
ミミが本気で驚く。
その反応がおかしくて。
サヤは、物心ついた頃から初めて、声を上げて笑った。
お勤め以外で楽しいと思えたのは、本当に久しぶりだった。
「サラにも、見習って欲しいくらいですよ」
ミミは、先ほど小屋から蹴り出された時のことを思い出す。
「……サラさんは、この世界を正しく守ろうと必死なのだと思います」
サヤは、慈しむような表情で小屋の方を見つめた。
「以前から、怪しい動きをする人間たちがいるという話は聞いていましたから」
「イネさんが、その人員だとは……」
「もちろん、私も知っていました」
サヤは少しだけ胸を張る。
「だから私、これでも情報を仕入れて、しきさんに伝えていたんですよ」
そして、頭を掻きながら、えへへ、と笑った。
「私は、あの人から見下されていましたから」
それでも。
「……いつも怒鳴られて、怖かったですけど」
上擦った声。
その言葉を聞いた瞬間、ミミは息を呑んだ。
助けようと思っていた自分が、急に恥ずかしくなる。
サラに言われた。
――余計なことをするな。
その意味を、ようやく理解した気がした。
「そういえば、名を名乗っていませんでした」
サヤは姿勢を正した。
そしてミミに向かって、綺麗なお辞儀をする。
「私、金の王――アヤネと申します」
イネが呼んでいた名前とは、まったく違う。
「ミミです。ヨロシクオネガイシマス」
ミミは、引きつったような笑顔を浮かべた。
「イネさんにサヤって呼ばれていたから、てっきり……」
「ああ……」
アヤネは苦笑する。
「あの人、私の名前を覚える気はないと言っていましたから」
「……」
その言葉に、ミミは何も返せなかった。
「ミミさんは、これからサラさんと、しきさんと一緒に行くのですか?」
「……まあ。サラを止める人は必要ですし」
ヒカリから頼まれたのだから、途中で投げ出すわけにもいかない。
「私は戦闘が苦手ですが……」
アヤネは、ミミの背にある大剣へ視線を向けた。
「代わりに、この子がきっと力になってくださるはずです」
愛おしそうに、そっと武器を撫でる。
『ミミ きて』
『サラ よんでる』
「分かった」
どうやらアヤネにも、何か聞こえたらしい。
彼女は小さく頷いた。
「私はお勤めがありますので、ここで失礼します」
「はい。また来ますから!」
「……また」
アヤネは嬉しそうにはにかんだ。
そして、ミミの姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
「また、会えるといいな」
その声には、期待が滲んでいた。
◇
「着いた」
ミミは急いで小屋へ戻る。
そのままの勢いで、扉を開けた。
「……どちら様?」
サラの隣に。
見知らぬ人間が、立っていた。
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