第30話 去る。共に。


大聖者がここにいることで各方面から襲撃を受ける、それは言わずもがな。

しかし問題はそれだけに非ず。

リオが水を供給するせいでここの民が水を無駄遣いしている。


「手洗い場の水を夜通し流しっぱなしにする奴が出た。飲み水が減ったと喚いたのも同じ連中だ」


依存を簡単に解くことはできず、水の無駄遣いが常になり、飲食する分の水まで使ってしまうだろう。

だからリオの水の供給に完全に依存する前にいなくなってもらわなければならない。


それに大聖者の回復魔法に依存してしまうのも問題だ。

リオがここにいるうちはいつでも回復してもらえるかもしれないが、いなくなってから同じように怪我をすれば再起不能になる確率が上がる。


「昨日も『祈れば治る』と素手で火に飛び込んだ馬鹿がいた。叱っても『大聖者がいるから平気だ』で聞かん」


四六時中“治す係”として縛り付けられたいのなら出て行けとは言わないが、毎日ただれた生活を送っているお前には無理だろう。


それだけではない。

ニアノーがリオのお目付け役として一緒になって遊び惚けているせいで、一部の者たちから不満が出ている。

自分たちは朝から晩まで働いているのに、何故あいつは新入りと遊んでばかりいるのか、と。


「見張り交代を二度抜けたと報告が上がってる。お前と個室へこもっていた時間だ」


不満が溜まれば爆発するのは必然、その原因がリオにある以上出て行ってもらうしか無い。


そして最後に重要な見過ごせない事態がある。

それは、このコロニー内でリオを崇拝する動きが出ていること。


「礼拝の真似事を始めた連中がいる。『リオ派』の名まで口にした」


瀕死の状態を救ってもらったのだから分からない話ではないが、その賞賛と崇拝は新入りの下っ端が受けて良いものではない。

ここのトップはアメルダである。

派閥が分かれてしまえば内部分裂が起こるのは時間の問題だ。

そのうちリオをトップに担ぎ上げて独立コロニーを作ろうとする動きが出て来るだろう。

そうなる前に原因を排除しなければならない。


そこまで言い切って、男はようやく一息ついた。


「言いたいことはわかるけど、こじつけが過ぎる。思い込みに囚われてる、よくない。大聖者を追い出すなんてアメルダは許容しない」


「黙れ、決定事項だ。崇拝されるべき至高の聖女は……──アメルダ、彼女1人で充分なのだ!!」


ドンッ!!と机を叩いて怒気を露わにするサブリーダー。

ニアノーの肩が、びくりと揺れた。リーフの聖女の名は、ここでは秘されているはずだ。


今のこいつの一言で分かってしまったのだが、リーフ所属の聖女っていうのはアメルダのことだったのか。口を滑らせたな。

そしてこいつの口ぶりから、こいつは彼女の信者なのだと察した。

これまではアメルダ一強だったのに、対抗馬が生まれたことが面白くないみたいだ。

こうなったら反論するのは無駄だ、こちらの意見など聞き入れやしないだろう。


「分かった、すぐ出て行くよ」


そう言うと、ニアノーがハッと息を呑んだ。


「リオ……っ!」


悲痛な声が部屋に響く。

随分と懐いてくれていたみたいだけど、これでお別れだ。


「皆から恨みは買うだろうが、俺は組織を保たねばならん。……駄々を捏ねなかったことは評価しよう。それと、これはこちらが預かっていた荷物だ」


男が机の上に置いたのは、女神の初期配布でもらった携帯結界装置だった。

自前の結界スキルがあるから完全に忘れてたな。

これで俺の結界装置が返ってこなかったのは俺の結界装置を調査していたからではなく、俺をここに繋ぎ止めるためだったと明らかになったな。今となってはどうでもいい話だが。


「それと、これは餞別だ。通行札も付けておいた。今夜限りの印だ、村の門で見せろ」


そう言って渡された防護フェルターつきのガスマスクと、通行札。

みんなが寝静まった後に出て行けば、人目について騒がられる心配も無いってわけか。配慮してくれてるんだな。

まあ、自分の仕事が増えることを嫌がってるのかもしれないけど。


「ニアノー、世話になったな」


それらを収納して振り返ると、ニアノーは瞳を涙でいっぱいにしていた。

そういえば、俺と離れるのはすごく悲しいって言ってたな。

慰めようと頭を撫でると、我慢していたものがあふれるように涙がぽろぽろとこぼれた。


「元々出て行く予定だった。それが早まっただけの話だ」


胸が痛くなるが、どうしようもない。

ニアノーはこの世界で生まれ、このコロニーで育ってきた住民だ。

俺の身勝手で無理やり連れ出すような真似はできない。


「……いやだ、行かないで」


それは無理だと分かっているだろうに、彼は懇願するようにそう言う。

泣いている子供の慰め方なんて分からず、どうすれば良いのか。

黙って見ていたサブリーダーの男だったが、小さくため息を吐いて言った。


「ニアノー、お前は組織に献身的だった。そんなお前が心酔するほど心を掴まれているのだ、お前の心を取り戻すのは不可能だろう。そいつと一緒に出て行け」


「え……?」


涙をこぼしながらぱちくりとまばたきするニアノー。

言われたことを理解すると、俺とサブリーダーの男を交互に見る。

悩んでいるのだろう、俺と一緒に来るかどうか。


このサブリーダーも損な性格をしているようだ。

1番の要因はアメルダへ向けられるはずの崇拝を俺が受けていることへの敵対心だろうけど、その他の要因は全て組織の為を思ってのことだった。

アメルダが戻って来てからではアメルダは俺を追い出すことはしないだろう、むしろ大聖者の力を利用しようと画策するはず。

だからこそ、この男はアメルダが戻って来る前に権限を最大限に使って俺を追い出そうとしている。

自分が反感を向けられようとも、組織の内部分裂や壊滅を避けようとしたのだろう。


そしてニアノーの気持ちも尊重した。

泣いて懇願するほど俺と離れたくない様子だが、彼も拾ってもらった恩やここで過ごした思い出なんかもあり自分から出て行くとは言えないだろうと慮ったんだろう。

まあ、これが思い違いで実はそんなに俺と離れるのが惜しく無いのだったら余計な配慮と言わざるを得ないが。


酷く長く感じられた沈黙の末。

ニアノーはぽつりぽつりと話し始めた。


「……俺、ここじゃ“外回り専属”に変えられるかもしれないって言われてた。最近、視線が冷たくて」


元々アメルダに特別扱いされていたニアノーだ。

それを持ち前の人懐っこさと計算で上手く立ち回っていたのが、俺に付きっ切りになったせいで均衡が崩れた。


「もともと親はいないし、寝床も荷物も少ない。……ここに縛られる理由、もうないのかも」


1つ懸念があるとしたら、ニアノーを拾ったのはアメルダの父親だ。

しかし当人は既に故人らしいし、拾われた恩はこれまでアメルダとコロニーに尽くしたことで既に果たしたと言っても良いだろう。


「リオにはいろいろびっくりしたけど、リオといた時が一番、楽しかった」


まあ……規格外な面は色々見せたな。


ニアノーは涙に濡れた瞳で不安気に俺を見上げて言った。


「いっしょに……行っても、いい……?」


正直あまり予想はしていなかった。

俺は元々出て行くつもりだったが、まさかニアノーが共に来ることになるなんて。

ある意味俺はニアノーの生活を脅かしてしまったのかもしれない。

となれば、彼の今後の人生を保障する義務があるよな。


「……ああ、もちろんだ」


そう答えてやると、ニアノーは優しく微笑んだ。




ニアノーの部屋は狭くて、ほとんど物は置いてなかった。

手早く荷造りを済ませる。


「みんなが寝静まった頃に出よう。荷物は軽く、食料と水は俺が持つ」


「……うん」


言葉は少なかった。俺も下手に話しかけず、ニアノーの名残惜しさに水を差す真似はしなかった。


時間が立ち、月が天高く昇った頃。俺たちはリーフのコロニーを後にした。

情報の漏洩を避けて他の転生組とは何も話さなかったが……悪く思わないでくれよ。ここで他の人たちに知られたら出て行くのが難しくなっていたからな。


「どこ行く?アメルダに事情を話しに王都に向かってもいいけど……入れ違いになるかもしれない」


「王都に向かっても身分証が無いと中には入れないんだよな?だったらアメルダへの説明はサブリーダーの男に任せようと思う。今後の相談をするためにも一旦箱庭に行かないか?」


「わかった」


ニアノーと手を繋ぎ、箱庭に転移……する前に、分身たちに念話しておく。

『箱庭にニアノーを連れて行く。まだ分身たちについては話してないから自分の家からしばらく出ないでくれ』と。

そして改めて箱庭に転移した。

いつものシロクロのお出迎えでたっぷりもふもふした後、庭に設置してあるガーデンテーブルであの時と同じアップルパイを食べながら今後の相談をした。


相談というのは、『違う世界に行ってみないか?』ということ。

俺の能力の1つ、[世界移動]をニアノーに話した。


1つ目、王道の剣と魔法の世界。

あそこは王家や魔法使い関連で少しきな臭い感じはするものの、少し見て回った感じだと平和そうだった。

少なくともピンクが襲ってきたり巨大魚が襲ってきたり、底が奈落だったり瘴気が蔓延してたりしない。


平和という観点だけで語るなら、ここの箱庭が1番安全だ。

しかし、この箱庭──全てが俺の手によって"創られた物"だ。

要求された物を全て創造して楽しませることは可能だが、箱庭から出さないのなら監禁と何が違うというのか。

いずれ息苦しさや空虚さを感じるだろうということは想像に容易い。

この箱庭は俺のスキルでありどこまでも無限に続く空間だが、亜空間というある意味閉鎖された空間だ。

その点1番目の世界なら開放的でかつある程度安全、そして程良くスリリングな生活が送れるだろう。

俺が彼の人生に責任を持つと決めた以上は、きちんと人生を謳歌させたい。


俺といればいつでも箱庭に、又は瘴気の世界にも帰ることができるということをきちんと説明して、剣と魔法の世界に赴くことに承諾を得た。

その剣と魔法の世界は俺の元居た世界なのかと問われたので、そこは違うと答えておいた。


夜、ニアノーにログハウスの風呂を堪能してもらった。

ニアノーは水浴びの経験はあるが、温かいお湯で体を洗ったりお湯に浸かったりという経験は初めてのこと。

シャワーの使い方が分からないから一緒に入ってと言われたので、やましい気持ちなんて微塵もこれっぽっちも無く堂々と一緒に入って丸洗いしてやった。

ニアノーは獣人だ、頭の上に獣の耳がありお尻の上には尻尾がある。

それを丁寧に洗って乾かしてやると、ふっかふかになった。


少し気になって聞いてみると、ニアノーは狼の獣人らしい。

犬かと思っていた、ごめん。

シロとクロと一緒に遊んでいる姿を見ると、もう大きい犬としか思えなくて……。


新品の寝間着に着替えてもらい、小屋のスペース的に新しいベッドは置けなかったので1つのベッドで眠った。元々ベッドは大きかったので窮屈さは感じなかった。

子供だからか獣人だからなのか、ニアノーはほどよく体温が高くて心地良い。

全然全くやましい気持ちは湧かず、気持ちよく眠ることができた。


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