第5話

 きっかけは、いや、強いて言うならきっかけと呼べるようなものは、多分、幼い頃に読んだ小説だったと思う。それはいわゆる冒険活劇というやつで、悪い奴を一刀両断して、お前は間違っていると言い切る主人公がかっこよくて憧れていたんだ。

 でも僕はある日、その小説のある悪役に共感した。そいつはいわゆる小物で、腹が立って周りの物にすぐあたってしまうような奴だった。そいつに凄く共感しながら読んでたんだけど、案の定、主人公はそいつをやっつけてしまった。

 なんか、やだなぁって思ったんだ。

 憧れていた主人公を、嫌いたくなかったんだと思う。

 もしも今後、主人公みたいなかっこいいやつが僕の目の前に現れたら、このままだとそいつに嫌な事を言われる。そんなことを言われてしまったら多分、僕はそいつのことを嫌いになる。

 こんなかっこいい、憧れている人を嫌いたくない。

 そんなことを思って僕は、それから自分の激しさを内に隠した。

 ぼやっと、ただ体を動かしながら、そんなことを考えていた。

 自分が今、何をしているのか。何をしようとしているのか、はっきりとは分からない。

ただ、藻掻くような感覚だけがあった。

 必死に藻掻くような感覚だけが。

 あるかも分からぬ解を探して、流体の中を必死に足掻きまわった。

 本当の僕を見たがった彼女のためにただ藻掻いて藻掻いた。

 針の穴に糸を通そうとして、一縷の望みを掴もうとして。

 必死に足を動かして、必死に手を動かして。ただ、水面を見上げている。とっくに手足は棒のようで、効率よくなんて動かせやしない。それでも動かして、動かして、もう、がむしゃらにただ動かして。

 そんなことをずっとやっていて、その末に。

 君の姿が、見えた気がして。

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