172

Nora_

01

 ドカドカと音が鳴る。

 起きているときならいいけど寝ているときだとそれはもう頭に響くのだ。

 そうでなくても最近はよく寝られていない状態なのに。

 これははっきり言って最悪だ。


「うるさーい!」


 飛び上がって部屋からも飛び出る、ついでに廊下で自由にしていた主にも飛び掛かった。


「よいしょーっ、はは、軽い軽い」

「うぇ……お、下ろして」

「はーい」


 主、妹は私よりも巨大だ、そんな人間が持ち上げたらどうなるのかなんて誰でもわかる。


「朝からなに?」

「お掃除をしていたの、最近はあんまりできていなかったから丁度よかったんだよ」

「だからってなにも人が寝ているときにやらなくてもよくない……?」

「だってもう十時だから、ずっと待っていたんだけど待ちきれなくて」


 これもしっかり寝られていないのが悪い。

 とりあえずしゃっきりするために洗面所に移動して顔を洗う。


「なんでこれもこんなに大きいのか」


 大きい人間に合わせているから鏡すらも台を使わないと完全には見えないなんてどうかしている。

 本当にどうかしているのは私達家族だ。

 どうして両親と妹とこんなにも違うのか、私だけ血が繋がっていないと言われても信じられるぐらいの差だ。


「大きくならないね」

「違う、妹ちゃんが大きくなりすぎなんだよ」

「ははは、いいことばかりでもないよ」


 人生で一度でもいいから言ってみたかった。

 なにが許せないって身長も胸も大きいのが身内にいるということだ。

 なのにこちらはストントンで困っている、そのうえ、女の子扱いをされたことがほとんどない。

 でもね、同じ学校に妹がいればどうしたって耳に入ってくるものでね? やれ可愛いだの、やれ付き合ってほしいだのいらない情報がどんどんと……。

 い、いやまあ、妹がみんなから求められていることは普通にいいことだ、姉として嬉しいことでもある。

 ただね、だからといっていつだって冷静でいられるときばかりではないということなのだ。


「そういえばお昼から遊びにいくんでしょ? ドカドカしておいてよかったよ」

「よくないけどね……まあ、そうだからいつまでも寝ているわけにもいかなかったけど」


 いいや、少し早いけどもう出よう。

 元々、ご飯は外で一緒に食べる約束をしていたからこれでいい。

 いまからでも背を伸ばすために鉄棒でぶらんぶらんするのが日課だった。


「よう、今日も筋トレか?」

「うん、毎日やらないと駄目だからね」


 彼は小椋おぐらごう君、待ち合わせをしているのは彼の姉、ことだから目当ての人物が来たわけでもない。


「姉ちゃんはまだ来ないぞ、さっきまでぐーすか寝ていたからな」

「そっか、教えてくれてありがとう。ところでごう君はどこにいくの?」

「これを見ればわかると思うぞ」

「あ~グラウンドにいくんだね」

「おう、誰だって自由に運動ができる場所だから助かっているぜ。じゃあな」


 距離もあるのによくやるよ。

 しかし……あの子は本当にすぐに来ない子だからどうするか。

 流石にムキムキではないから長時間ぶら下がっておくことはできない、一応続けているだけあって時間は伸びていてもどうしても限界はくる。

 だからなんとも言えない気温の中、座って待っているしかなかった。


「お待たせー」

「よかった、来てくれた……」


 うん、たまにすっぽかすときがあるから来てくれてよかったのは本当のことだ。

 でも、あまりにも髪が爆発していたらなにもそこまで急がなくてもと止めたくなる。

 とりあえず、そんな状態では遊びになんかいけないから彼女を連れて彼女のお家へ。


「あはは……ごめんねーはな」

「気にしないで」


 一時間でもいいから遊びにいければ十分だから。

 それ以外の時間は少しのお手伝いをするか寝ていたいけどね。


「さっきごう君と会ったよ、元気でいいよね」

「うん、私も見習わなくちゃって思ったんだけどこの結果だよ」

「あはは、急には無理だけど頑張ろうとするところが偉いよ」

「ううん、いっつも頑張っているのははなだからね」

「べ、別に褒めてもらいたくて言ったわけではないけどね」


 ごう君と私の妹、あきは同級生で仲良しだったりする。

 だからってなにがあるというわけではないけどこのまま仲良しのままでいてほしいと思う。

 知っている子が喧嘩なんかをして悲しそうな顔をしていたら嫌だから、自分が本人達以上に悲しい気持ちになるから避けたい気持ちが強い。


「終わり、いこっか」

「ありがとっ、いこう!」


 ただなんだ……彼女に対しても敗北感がすごいというかなんというか……。

 や、妹に比べたらそこまで身長差があるわけではないのだ、それでもね……わかりやすい部分がね。

 幸い、身長が低いからって子ども扱いしてくることはないけどだからこそというか、別に態度を変えたりしないからこそやられるというか、うん。


「うあっ」

「はははっ、お腹が鳴ったね。飲食店にでもいこっか」

「うぅ……ごめんよ~」


 いやだって食べていないのだから仕方がない。

 そういうのもあって謝る必要なんかは全くなかった。




「おはようございますっ」

「お、おう、おはよう」


 今日も担任の江守えもり先生は早く来ていた。

 正直、毎回負けることになって悔しいからいつかは絶対に勝とうと考えている。

 わかりやすく早く起きてわかりやすく早く出れば余裕だからいつでも可能だ、それなのに負け続けているのは一人で待ちたくないからだった。

 だって一人は寂しい、あと先生が後から来るのもそれはそれで気になるというものだ。


「江守先生っ」

「落ち着け、どうした?」

「私は江守先生に負けたくないですっ、でも、勝ちたくもないんですっ」


 なんでこんなにハイテンションなのかは別に先生が大好きとかではなくて私的には筋トレをしているからだ。

 ごう君は認めてくれているけど前に筋トレだって話をしていたら笑われたことがあったから私的にはとか私からしたらとか保険をかけているのが現状のことだ。


「はは、矛盾しているな」

「だって江守先生が私に負けるということは教室に来るのは遅くなるということですし……不安になるので」

「えっと、つまり心配してくれているってことだよな? ありがとな」

「失礼しますっ」


 ふぅ、これも日課みたいなものだから先生には悪いけど付き合ってもらうしかない。

 鞄を置いて挨拶を済ませたら教室を出て階下を目指す。


「あきー」

「お姉ちゃんか」

「うん、休憩モード中にごめんね」


 ことは別のクラスで相手をしてもらえない可能性があるから相手をしてもらえる妹のところには多くいっている。


「あき先輩とはな後輩だよな」

「逆逆、はな先輩だよ」

「いや、わかっているけどどうしても身長差でな」


 ごう君は優しいのにたまに意地悪になるときがある。

 褒めておけばジュースぐらいは出てくるかもしれないけど意地悪なことを言ってもなにも得はないからやめた方がいい。


「姉ちゃんももう教室にいったぞ」

「うん」

「でも、朝はちょっと付き合ってほしい」

「いいよ」


 付いていくとどうやら目的はジュースを買うためだってすぐにわかった。

 なんだか先輩ぶりたかったから早速買ってあげることにする。


「別に奢ってもらいたくて付いてきてもらったわけじゃないけどありがとな」

「うん」


 巨人、巨体と感じる妹よりも大きいから顔を見るのが結構大変だった。

 ただ、ちゃんとこちらを見てくれるから顔が見られて安心する、いい笑みを浮かべてくれることも多いからそのことでもね。


「本人に聞いてもずっと教えてもらえないんだよな」

「あきの話だよね、私も教えてもらえないから協力はできそうにないや」

「好きな人がいるのは確か……なんだよな?」

「うん、それは教えてくれたから」


 嫌がるだろうからしつこく聞かないようにしている。

 相手が悪い子ではなければ誰でもいいのだ、ちゃんと妹のことを見てくれる子がいればそれでね。

 同じ学校に身内がいても関係はない。


「姉ちゃん……とかはねえか」

「どうだろう、最近は女の子が女の子を好きでいてもそこまでおかしくはないからね」

「はな先輩とかは?」

「ないない、私なんて結構適当だからそういう子は嫌でしょ」


 恋をするにしても敢えて家族を選ぶ必要はないだろう。

 というか色々と知っている分、恋愛対象として見れないと思う。

 それでいいのだ、恋をしていてショックを受けているとかもないから自由にやってほしい。


「じゃ、俺は無理か……」

「いやいやっ、そんなこともないでしょっ、本人から直接言われたわけでもないのに諦めたらもったいないよ!」

「ありがとな」

「うん、なにかまた話したいことがあったら遠慮をせずに来てよ」


 みんな恋をしていて可愛いなあ。

 いらない情報だけど私の方は誰からも求められないからなんにも変わらない。

 身長も変わらないから関わってくれている子達以外からはいつも子ども扱いされるしそもそもそういう目で見られないのだろう。

 いまは一緒にいてくれているものの、ごう君も一時期絵面がやばいとかお友達から言われて距離を作っていたときがあったから再発したっておかしくはない。

 ちなみに、恋に興味があるかどうかと問われればあると答えるしかない。

 私だって女だ、女としての魅力は微塵としてないと言えてしまうぐらいだけどやっぱりね。

 でも、もう高校二年生、これまで一回もそんな甘い話はなかったのだからと半ば諦めている自分もいた。

 実際、求めすぎない方が気持ちよく過ごせるとわかるからだ。

 中学生のときに頑張りすぎて空回りして駄目になったから動きづらくなったとも言えるけど。


「小椋君、少しいい?」

「おう。じゃあまたな」

「うん」


 あきほどではないにしても身長が高くてスタイルもよくて奇麗な女の子だった。

 とりあえず先輩として言えることは視野を狭めずに無理をしないで頑張ってほしいということだった。




「おお、丁度いいところに。生田、暇なら手伝ってくれ」

「任せてっ――んんっ、任せてください」

「お、おう、頼む」


 しかし……非力ではないけど敢えて運ぶお仕事を任せてくれるなんてね。


「嬉しいけどね」


 ぶら下がる以外にも色々としていたから運んだりするのには慣れている。

 ただ……どこで知ったのか。


「もしかして江守先生って無理なことをさせて喜ぶタイプ……とか?」

「違うよ」

「おわっ、こっそり聞くタイプでしたね、すみません」

「い、いやだから違うって」


 うん、先生の方が当然とばかりに重そうな物を運んでいるからそうか。

 頼んでは断られているから私が最後の希望だったのかもしれない、それなら応えなければっ。


「もう生田ぐらいしかいないんだ、誰も手伝ったりなんかしてくれないんだ」

「でもでも、江守先生の側には人が集まりますよね? 決して嫌われているわけではないと思います」


 負けたくないけど勝ちたくないと言いたいときでも人が多すぎて諦めるしかないときあがる。

 そういうときはスッキリしない、夜も気持ちよく寝られないから勘弁してほしいところだった。

 私だけの先生というわけではないからそんなわがままは言えないとしてもだ。


「そうだと思いたいが……実際は舐められているだけなんじゃないか?」

「そうですかね、舐められているだけなら近くにいてあんなに楽しそうな雰囲気にはならないと思います」

「だといいがなあ」


 近くにいてくれている子の本当のところなんて実際にはわからないし仕方がないか。


「それに私、江守先生のこと好きですよ」

「ま、マジ?」

「はい、負けたくはありませんが」

「はは、一貫しているな」


 寧ろ舐められているのは私の方だ。

 たかだか一つ荷物を運んだだけで飲み物を貰ってしまった。


「ぐぬぬ……」

「お姉ちゃーん」


 せめて妹ぐらいの身長だけでも私が持っていたらこんなことにはならなかったはずなのだ。

 不公平だ、だってそれは努力をしたところで結果に繋がるかどうかもわからないことだ。

 努力をすればなんでもなんとかなるなんて考えているわけではないけど……それでも気になる。


「ごう君を見なかった? 今日はまだ全然話せていないからさ」

「ごめん、見ていないかな」

「そっか、それなら直接お家にいこうかな」


 ん-まあ、お友達だからなにもおかしくはないか。

 ごう君が妹に好意を抱いていても関係ない、自由にしたいようにすればいい。

 それでもどちらも知っている身としては思わせぶりなことはやめてあげてほしかった。


「じゃ、先に帰るね」

「うん、気を付けて」

「お姉ちゃんもね」


 あとこの妹ちゃん、積極的に別行動をしようとするからもう姉離れの時間がきたのだと考えている。

 だから深く追ったりもしない、余計なことを言ったりもしない。


「さてと、残っていても仕方がないから帰ろうかな」


 教室に戻って荷物を持って廊下に出たところで、


「ぶへ」

「あ、ごめんなさい」


 女の子にぶつかってしまった。

 シューズの色で同級生だということはわかったけどそれだけだ、あとは髪が長いなぐらいで。

 あ、いらない情報でしかないとしても一応言っておくと私も髪が長いかな。


「ぶつかってごめんね」

「いえ、私の方こそごめんなさい」


 って、よく見たらこの子、ごう君に話しかけていた子ではないか。

 同級生だったのか、となると……なんの用であの子に近づいたのか。


「あー小椋君に話しかけたのはなんで?」

「借りたハンカチを返したかったの」

「おお」

「うん?」

「ううん、なんでもない。教えてくれてありがとうね」


 うんうん、私とことがしつこく言った甲斐があったというものだ。

 ちゃんとハンカチを持つようにしてくれたことが嬉しいことだ。


「よう、一緒に帰ろうぜ」

「え、あれ? 妹ちゃんがごう君のお家にいっちゃったけど」


 まだ残っていたのか……って、これはよくない流れなのでは?

 あのタイミングで彼に近づいたあの子とぶつかったということはそれまでの時間は……。


「マジ? 悪い、いくわ」

「気を付けてねー」


 なんて、なんでもいいか。

 妹のことは大好きだけど妹贔屓でいたところでなにがどうなるというわけではないから見ているだけでよかった。

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