7 常識把握テスト


 ヒュルス王国城下町の端にある孤児院にて。

 まだ朝八時という早い時間に、朝食を食べ終えた一部の子供達が集まっていた。椅子に座る子供達の中には魔人の少女アリエッタも交ざっている。現在何をしているかというと、アリーダによる勉強会の最中であった。


「問題! 俺達が今居る国の名前は」


「ヒュルス王国!」


 聞いていた子供達の殆どが揃って手を挙げて答える。

 確かにヒュルス王国で合っているが、アリーダは意地悪な笑みを浮かべる。


「でーすーがー、俺達の今居る大陸の名前はなーんだ」


「ビガン大陸です」


「ピンポーン! 正解!」


 アリエッタだけが解答出来たが、他の子供達が答えられなかったのは仕方ない。

 孤児院の子供達は学校に行けず、家庭教師も雇えない。知識を得られるのは時折開かれる勉強会や院内に置かれる書物だけである。孤児院内には本を自主的に読まない子供ばかりなので、基本的に勉強会で習ったことしか分からない。そして大陸の名前まではまだ習っていなかった。


「ズルいよアリーダ兄ちゃん!」

「そうだそうだ! 卑怯だ卑怯!」


「うるせえぞチビ共、早とちりしたお前等が悪い! 常に冷静にあらゆる可能性を考えろ!」


 実はわざと答えられない問題を出したり、引っ掛け問題を出したりするのは考えあってのこと。人間は嫌な体験を中々忘れられない。わざと子供達が文句を言う状況を作り出し、記憶になるべく残すことが狙いである。


 当然だが、嫌がることばかりしていては子供達が勉強会に出てくれなくなる。それだからアリーダは飴玉や菓子類を用意しており、真面目に話を聞いたら報酬として毎回与えていた。今回もアリーダの背後にある机には飴玉や菓子類が多く置かれている。


「さて正解したアリエッタには追加問題だ。ビガン大陸の他に世界にはもう一つ大陸がある。その大陸の名前は?」


「スモーラ大陸です」


「ふむふむ。大陸の名前は問題なし、と。ご褒美に飴玉をやろう」


 アリーダが飴玉を差し出すと、アリエッタは笑顔で受け取った。

 梱包袋を早速開封した彼女は赤い飴玉を口に入れて、口内でコロコロと転がす。


「さあ次の問題だぜお前等。この広間の天井に取り付けられた四角い物体、ありゃ何だ?」


 彼女が飴玉を味わい終わるのを待たずして次の問題が出される。

 慌てた彼女は仕方なく美味しい飴玉をどうするか悩んだ。

 噛み砕いて小さくすれば完全に溶けるまで時間短縮出来るが長く味わえない。

 飲み込もうとしたら味わう暇もなく、最悪喉に詰まらせて死ぬかもしれない。

 残った案はただ一つ。飴玉を頬側に寄せて口内で維持して、問題にも答える。


「明るくなるやつ!」

「ピカッと光るやつ!」


「そりゃそうだが一般的な名称は何だ?」


「照明器具です」


 またしても正解はアリエッタ一人だった。


「正解。じゃあ仕組みは分かるか?」


「光属性の魔力を持つ微精霊の力を借りて発光します。魔法使いの干渉がなければ機能しません」


「合ってる合ってる。よく知ってんじゃねえか。ほれ、褒美の飴玉だ」


 頬を緩ませるアリエッタは二個目のだいだい色の飴玉を口に入れる。

 頬側に寄せて残しておいた一個目の飴玉と一緒に、合計二個の飴玉を味わう。

 嬉しそうな彼女を眺めながらアリーダは勉強会で判明した情報をメモに纏める。


 実は今回の勉強会、彼女を参加させたのは記憶がどの程度残っているのか調べるためだった。自分のことが分からなくても彼女は大陸や国の名前、照明器具の仕組みを憶えていた。日常を過ごすために必要な知識は欠けていない。


 アリーダがメモに纏め終わった頃、広間に金の長髪の女性がやって来た。

 イーリスだ。昨日砕けた鎧と見た目が同じ鎧を着ている。以前と同じ鎧を早朝に新調したのだ。


「何をしているんだ?」


 声でイーリスに気付いたアリーダが説明する。


「チビ共に勉強させてんだよ。それとアリエッタの記憶確認だな。結果としちゃ、アリエッタは自分に関すること以外なら憶えているらしい。常識はちゃんとある。日常生活を送るのに支障はないだろうぜ」


「だが、家族のことを憶えていないのは辛いのではないか?」


「なーに、血縁が見つかるまでは孤児院のみんなが家族さ」


 全問正解したアリエッタの周囲には子供達が集まっていた。

 凄いなど単調な言葉で褒め称えられて彼女は嬉しそうにしていた。


「ねえねえ、どうしてアリエッタには尻尾があるの?」


 子供ならではの無邪気な質問にアリエッタの表情が曇る。


「……それは、私が魔人だからです」


 自分に関する以外の知識が残っているのだから、魔人が人間に差別されやすいのも当然知っている。今も褒めてくれる子供達はアリエッタが魔人だと知らない。尻尾を見られている以上今更隠しても意味がないので、魔人と白状した彼女は子供達の態度が変わってしまうのではと不安がる。


「魔人って何?」

「尻尾かっけー」

「バカ、尻尾は可愛いだろ」


「え、あの、嫌いにならないんですか? 私、魔人なのに」


 意外にも子供達の態度に変化はない。

 差別を体験するのではと思っていたアリエッタは拍子抜けした。


「あー、アリエッタ、こいつらには魔人のこと教えてねえんだ。問題ねえよ」


「そうなんですか。良かったです。人間は魔人を差別するから……あ、アリーダさんが差別しているってわけではなくてですね! 私は知識として知っていただけでして!」


 良かったのは確かだが胸には細やかな不安が残る。

 今は無知な子供だから良いが、差別意識の強い人間に影響されたらどうなるのか。迫害を受けるのではないか。アリーダも今は良くしてくれているが演技なのではないか。嫌な想像がいくらでも出来るのは、記憶を無くす前がネガティブだったからかもしれない。ただ、最初から敵意のあるイーリスを除き、誰の態度も変わってほしくないと思う。


「分かった分かった。だが外出する時に魔人だってバレるのは厄介だな。角は小さいし髪に隠れているからいいがよ、尻尾はダメだ。目立つ。お前、尻尾を体内にしまうとか出来ねえのか?」


「あ、それなら……」


 アリエッタは矢印型の尻尾をドレスの中にしまい、腰に巻き付ける。

 尻尾にも筋肉があるため翌日は筋肉痛になりそうだが仕方ない。


「これでどうでしょう。尻尾を腰に巻いてみました」


「いいじゃねーかそれ。辛いかもしれねえが外ではそうしてくれ」


 アリエッタは「はい」と返事をする。


「よし、早速出掛けようぜ。色々と外に用があるしよ」


 アリーダの話を聞いていた子供達は「えー」と不満そうな顔になる。


「勉強会はあ?」

「アリーダ兄ちゃん出掛けちゃうの?」

「行っちゃやだー」


「俺の後ろのお菓子と飴玉食べていいから、良い子にしてろよチビ共」


 勉強会に参加していた子供達の一部は菓子に喜び、一部は寂しそうな顔のまま俯く。

 全員ではないが孤児院の子供にとってアリーダは兄貴分、特別な存在。いくら菓子をくれるのが嬉しいからといっても、短時間の別れだとしても、愉快な兄との別れの辛さは変わらない。全員の心に寂しさがある。

 慕ってくれる子供達に見送られてアリーダ達は町に出掛けた。


「いいかアリエッタ。俺はシスターからお前を任されたが、仕事へ同行させていいものかと悩んでいる。俺の仕事は町の外でモンスターや悪人と戦ったりするんだ。お前みたいな子供は命を落とすかもしれねえ」


 活気ある町の石畳を歩きながらアリーダが脅すようなことを言う。

 アリエッタはごくりと唾を飲み込む。


「そこで考えたんだがアリエッタ、お前、ギルドへ入るための試験を受けろ。もし合格したならお前も俺と同じギルドの一員。仕事に同行するのは何もおかしくない。……だが不合格だった時、俺の仕事中は孤児院で過ごしてもらう。構わねえか?」


「はい。試験、受かるように頑張ります!」


「おうおう頑張れ頑張れ」


 適当な応援をするアリーダにはとある思惑があった。

 アリエッタの面倒を四六時中見るのは非常に面倒臭く、彼女を見て分かったがイーリスが言うように危険な魔人ではないため、仕事中だけでも彼女を見守る役から外れようと画策したのだ。見るからに戦い慣れていなさそうで弱そうな彼女が試験に合格出来る確率はゼロ。彼女には非情な現実に直面してもらい、素直にアリーダのもとから離れてもらおうと思っている。


 仕事中彼女から離れていても監視はイーリスがやってくれるし、子供達ともっと仲良くなれば自然と共に居る時間が増えていく。次第に彼女本人の意思でアリーダから去っていく。……という流れがアリーダにとって好ましい。


「……ということを考えているだろう」


 歩きながら未来を想像していたアリーダにイーリスが耳打ちする。

 ビクッと体を震わせたアリーダは「バレちゃった?」と言って目を逸らす。


「あの、あれですか?」


 孤児院出発から三十分程経ち、アリーダ達はギルド付近まで歩いてきた。

 高さ十メートルはあり横幅も広い立派な木造建築物が三人の視界に入っている。看板には寝ている黒猫とギルドの文字が描かれており、入口両脇には素晴らしく精巧な黒猫の銅像が設置されている。


「ああ、ここがギルド。俺やイーリスが所属している組織さ」

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