第46話 偽物

 雨を知らない気候から太陽に最も近いと言われるデザーテック王国。熱砂の国に今、新しい朝が訪れる──


「おい魔女、待て! まだ早い! もっと引き付けて……違う、そうではない!」


「なんだよもう、無茶させやがるなあっ!」


 今日という一日の始まりに、砂漠のど真ん中で二つの騒がしい声が応酬を交わす。それはウィスクルと、彼の約束でサバクオオミミズの調査を手伝うジュードのもの。


 誤って殺してしまわないよう注意を払いつつ、ジュードは件の魔生物と攻防を繰り広げている真っ最中。というより、ほぼ己との戦いだ。


 命懸けの手加減は難しい。この短時間でジュードが新たに得た知見である。


「…… よし、もう十分だ。しまいにしろ!」


「待ってたぜ──第二階位・【炎手刀エンシュトウ】!」


 少し離れた場所から声を張り上げるウィスクルに従い、ジュードが決着をつけにいく。


 彼の目的は、サバクオオミミズの行動形式についてまとめること。人間のみで構成された騎士団でも討伐できるよう、作戦時の行動に落とし込むためだ。


 生き物である以上、常にこちらの想定通りに行動するとは限らない。だが、任務の遂行が容易になるのは確か。


 この国の平和を乱すであろう脅威は魔族だけではない。魔生物も危険因子の一端だと言うのなら、ジュードが手を貸すのも務めのうち。


「キッ、ィィ……!」


 軌跡に陽炎かげろうを描く灼熱の一閃が、サバクオオミミズを両断。丸い口から悲鳴が上がり、二つに分かたれた肉塊が地に伏した。


「第一階位・【炎弾エンダン】」


 そこへ更に追撃を重ねるジュード。火球が着弾するとサバクオオミミズの半身はたちまち燃え上がり、灰に変わる。


 昨日の衝撃的な出来事は、ジュードの心に深い爪痕を残していた。


「……のたうち回らせてたまるかよ、上半身」


 状況が終了しても下がらない溜飲に悩み、やり場の無い気持ちを吐き捨てる。


 このように難なく倒せるまでには至ったが、苦手意識は変わらず残っていた。見た目に対する嫌悪感だけはどうしても拭いきれていない。


「さっさと慣れろ」


「ゆとりのゆの字もねぇな……」


 ウィスクルから投げかけられた一言に背を刺され、苦笑をうかべるジュード。


 サバクオオミミズと比べたら、彼の態度なんて可愛いものだ。むしろ今までジュードの周囲に彼のような人間がいなかったせいか、厳しい反応は新鮮味がある。こういうのも案外悪くないかもしれない。そう思い始めていた、今日この頃。


 今の気持ちをウィスクルに殴りかかった時の自分に聞かせてみても、絶対に信じないだろう。


「物思いに耽るというのなら先に帰るぞ」


 ぼんやりとしていたジュードに声が掛かる。


 ハッと振り返ると、ウィスクルが腰に手を当てて待機していた。意外にも筋肉質な体つきで顔だけは二枚目というのもあり、立ち姿だけで様になっている。


「なぁアンタ、モテる?」


「……急に何だ一体。そんな下らん質問に俺が答えるとでも思うか、馬鹿なのか?」


 合流し、好奇心に従ったジュードに冷ややかな眼差しを送るウィスクル。呆れと軽蔑、そして何故か怯えが、その瞳に表れていた。


『目は口ほどに物を言う』とはよく言うが、それにしたって彼の目は饒舌じょうぜつすぎる。きっと、常に本音全開な性分が災いしているのだろう。


 彼の場合は意図してそう振舞っているとも考えられるが──何かワケがあると見たジュードはそこにあえて踏み込まず、


「アンタ、少しは取り繕うっつーのを覚えた方がいいと思うぜ」


「……お前は何様のつもりだ、魔女」


「テメェで答えてるじゃねーか。魔女様だよ」


 にやりと笑って、ウィスクルより先に歩き出す。何事も無かったかのように。


 誰だって触れられたくないことの一つや二つ、あるだろうから。


「けど、アタシには……」


 そういうものは、まだ何も無い。一丁前に気遣いはできる癖して伽藍堂。


 なのに、他人に深入りしすぎてはいけないという心理が根底まで刻み込まれている。それが如何なる経験に由来しているのか、分からないまま。


 まるで、見ず知らずの親友の名が喉でつかえているような違和感が去来する。頭を使えば使うほど深みにはまってしまいそうになって、


「やっぱ、考えんのは性に合わねーなぁ」


 気分転換にジュードは空を仰ぎ見た。


 目を晴らすような蒼穹の下、鳥も気持ちよさそうに旋回している。獲物を探しているのだろうか。気になって、ジュードは生物の専門家に話を振る。


「なあウィスクル。あの鳥、なんていうんだ?」


「ふむ……見たことがない種だが、特徴からして猛禽もうきん類なのは確かだろう。それより」


「?」


「こちらに狙いを定めているようにも見えるのが気になるな」


 空を見上げながら、特に危機感を抱いた様子もなく発言するウィスクル。その言葉の意味を理解できず、ジュードは再度頭に疑問符を浮かべる。


「……あー、どういうこった?」


「頭の弱い魔女様はもっと簡単な説明をお望みか……まあいい。要するにあの鳥が、俺達を餌だと思っているかもしれないということだ」


 話の腰を折るまいと失言については追求せず、「なるほど」などと悠長に相槌を打つ。その上で、ウィスクルの説明を一笑に付した。


「いやいや、そりゃないだろ。だって鳥だぜ? 人食うかフツー」


「どうだかな。西方のある国には一羽で国を壊滅寸前まで追い込んだ怪鳥の伝承がある。事実に基づいている可能性もあるからして、馬鹿にはできん」


「それがマジだとしたらとんでもない魔境じゃんか……いや」


 巨大なミミズがいる時点でデザーテックも十分すぎるくらい魔境であったと思い直すジュード。


「……あっ、もしかして」


 ウィスクルの言う伝承の鳥もサバクオオミミズと同じ魔生物の一種ではなかろうか。ジュードはその、どう足掻いても憶測の域を出ない説を共有しようと、


「なあ、ウィスクル──」


 後ろを振り返る。視界に入ったのはウィスクルと、その背後に迫り来る鋭い影。


「危ねぇッ!!」


「なに、をっ……!」


 取るべき行動は一択。それ故に判断という余計なプロセスを挟まない。


 目前で危険に晒される命を守らんと咄嗟に動く腕は、助けられる側の抗議すら一蹴する。


 ジュードに押しのけられ、横に飛んだウィスクル。彼のいた所を大きな翼がヒュンと掠めた。それはついさっきまで二人の頭上を旋回していた、あの猛禽のもの。


 ウィスクルの推測は正しい。猛禽の標的はジュード達だ。


 けれども獲物として選ばれた理由は不明。正確には、考察する余裕を与えてくれなかった。


「うっ! づあぁ……」


 生々しい音を立てながら、ジュードの両肩にきつく食い込む鉤爪。鮮血がジュードの浅黒い腕をつたって、流れ落ちた。


 飛び掛ってきた猛禽を引き剥がそうにも腕が上がらない。関節はズタボロ。素手を主な武器とするジュードにとって重大な負傷だ。


「…………へっ、へへへへっ」


 魔女でも痛いものは痛い。血だって流れる。しかし、ジュードはまだ立っている。こんなところで諦めるようなタマではないと、証明するために。


「……魔、女?」


 俯いたまませせら笑うジュードに、それまで呆然としていたウィスクルの声がかかる。冷静さの欠片も見当たらない、実に間抜けた声だった。


 正気を疑っているのだろう。深手を負ったにも関わらず、苦悶の表情を浮かべながら笑っているというのだから。


 無論、ジュードは正気である。ただほんの少し興奮しているだけであって。


「おいコラ糞鳥、いつまでそうしてるつもりだよ」


 怒りを囁く。血潮が滾る。燃え盛るような熱が、全身を巡る。


 とにかく熱くて、暑くて、アツくて、あつい。人間の体温など既に通り越し、浮かぶ汗もすぐに蒸発してしまう。


「────ッッ」


「もうキツイか? でもアタシにとっちゃまだまだだ。こっから更に上げてくぜ」


 青天井の高熱に、さすがの猛禽も項垂うなだれる。ジュードの全身から発せられる蒸気が状況を加速させているのも一因だろう。


 今のジュードは人の形をした蒸し風呂状態。接触している猛禽は勿論のこと、際限なく体中の水分を蒸発させているジュードにとっても苦しい状況だ。


 どちらかが先に音を上げるまで終わらない、我慢比べの時間が始ま


「ギアアアアアツ熱熱熱アア熱熱アツ熱熱イィィィィィィィ!!」


 ……らなかった。


『熱い』という言葉を発し、猛禽が大空に羽ばたく。


「鳥が、喋りやがった……!」


 その衝撃は、肩の負傷さえ一瞬で意識の外へ放り出しされてしまうほど。しかし、猛禽に起きた異変はそれだけに留まらない。


 ジュードの目には、猛禽の全体像が揺らいで見えていた。


 揺れているのはあくまで猛禽のみ。陽炎であれば周囲の景色も同様に歪みが生じるはずだ。つまりこれは、


「陽炎ではないのか……?」


 ウィスクルもジュードと同じものを目にしているらしく、そのように断定する。


 人の言葉を発し、姿は不定形。ただの鳥でないことは火を見るより明らかだ。


「一体なんなんだ、お前はよ」


 意志を含んだ言葉を発した時点で、かの猛禽は人語を理解しているはず。故にジュードは問いただした。怪鳥の正体をつまびらかにするために。


「ギイィ……この姿を保つのも、もう限界かア……」


 滞空する猛禽だったものが、歪にその姿を変えていく。


 太陽すら覆い隠してしまいそうな翼は、細い腕に。ジュードの血でまみれた鉤爪は、すらりと伸びた脚に。そして、鋭利なくちばしを携えた頭は──、


「アカシオ殿……いや、今のを見るに、アンタは偽物ってわけか」


 ──そう。昨夜のさかずきを共にした、老爺ろうやのものに変貌した。ぞっとするほど不気味な笑みを、その顔に張りつけて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔女達の軌跡 田米 龍真 @6712358

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ