第二十七章

翌日、ブルートパーズはミーティングとリハーサルをする予定で、メンバーそれぞれがスタジオに集まる予定だった。

ロバートが運転してきた車から降りると、見知らぬ男が近づいてきた。その男はロバートから約3歩くらい離れたところで立ち止まると口を開いた。

「すみません、ブルートパーズのリーダーでベーシストのロバート・ダンバーさんですね?私、音楽雑誌の記者でジョン・ハリソンと申します。アポ無しで来て申し訳ないのですが、お訊ねしたいことがありまして…少々お時間頂けますか?」ロバートは頷いた。

「これからミーティングの後でリハーサルなんです。今だったら5分くらいなら、よろしければ答えますけど」

「構いませんよ。5分もあれば充分です。単刀直入にお訊きします。ブルートパーズの現在のヴォーカリスト、トニー・オルセンのことです。あ、録音させてください」記者はICレコーダーを取り出しロバートに向けた。

「トニーが、どうかしましたか?」ロバートは頷き答えた。

「いえね、トニー・オルセンの過去のことなんです。なんとビックリ、彼はリズムという超人気アイドルグループにいたんですよ!御存知でしたか?彼の過去を取材していたら判ったことなんですけどね」

と、記者は興奮気味にまくし立てた。

「…いや、それは全く知らなかったですけど、そうだとしても過去は過去ですし、そのアイドルグループとやらのメンバーだったからと言って、うちのバンド活動になんら差し障りありませんよ」と答えつつもロバートに疑問が残った。人気アイドルグループ?アイドルグループってなんなんだ…。

「質問は、それだけですか?」

ロバートが訊くと記者は口を開いた。

「いえね、人気ロックバンド、ブルートパーズの新人ヴォーカリストの衝撃の過去に迫る!っていうタイトルで特集を組むんですよ。どうでしょう、メンバー1人ずつインタビューさせて頂けませんかね?」

ロバートはため息をついた。

「過去をほじくり返してどうしようというんですか?トニーは現在うちの大切なヴォーカリストですし、私を含めバンドのメンバー誰1人としてトニーの過去のことは知らないんです。そうしたインタビューにはお答え出来ませんよ。ワールドツアーの準備もありますから。失礼」

ロバートは踵を返し建物に入った。

ミーティングルームに入るとスティーブが既に着いていてサンドイッチを食べていた。

「よぉロバート。外に、なんか雑誌の記者居ただろう?」

切れ長の一重瞼で面長に長い黒髪を結んだスティーブはロバートに話した。

「スティーブも何か訊かれたのか?」

「トニーの過去が、どうとかうるさかったな。だから、何も知りませんよって言ってやったさ。実際な~んにも知らないからな」続いて、アレン、ジェイミーと到着した。

「なんなんだアイツ。トニーの過去が、どうたらと」

と、アレン。

「なんか雑誌見せてきたよね。僕ら、なんにも知らないし」と、ジェイミー。

「それよりトニー本人が来たらアイツ、しつこいんじゃないか?」

と、スティーブが呟くように言い、メンバー全員、建物の外に飛び出した。

案の定、記者はトニーが来たのを見て、しつこく食い下がってきていた。

「やぁやぁ真打ち登場だ、トニーさん少々お訊きしたいんですけど~よろしいですか?」

「今ですか?2~3分で済みますか?俺、ちょっと遅くなってて」

記者はニヤリと笑って口を開いた。

「ブルートパーズのメンバー誰1人として知らないって答えてくれませんのでねぇ。いやぁビックリですよ~、華麗なる転身て事ですかね」

「なんの事ですか?」

「御本人が知らばっくれちゃ困りますよぉ、あ な た の過去!リズムという超人気アイドルグループで歌っていたでしょう。調べたんです。現在、本格的ロックバンドのヴォーカリストなワケですけど、一体また、どうしてアイドルを辞めたんですか?」

(俺の事…調べた?なんで今更リズムの時のことなんか俺に訊くんだ?こいつ、メンバー全員に訊いて回ってるのか?)

トニーは狼狽えた。いや落ち着け何も悪いことをしていたワケじゃない。だけど、あんな過去、自慢にも何もならないことだ。

「トニー!」

ジェイミーが駆け寄りながら声をかけトニーの腕を掴みスタジオの中に引っ張り込み、アレンとロバートとスティーブは記者にミーティングとリハーサルだからと言い聞かせ、トニーの過去にはメンバー全員何も知らないし、トニーも答えないから、と言って追い払った。

ミーティングルームに全員が集まった。

トニーは項垂れていた。元アイドルだなんて知られたくなかったのに…あの記者はメンバー全員に俺の過去を話して、それを知っているのか訊いたという…。最悪だ!

「トニー、ミーティング始めるぞ。寝てるのか?起きているなら顔あげろ」

ロバートが声をかけた。

「あの…俺、みんなに俺の過去…言いたくなくて、その…」

トニーは俯いたまま言いかけるも言葉が纏まらなかった。

「確かに、あのお節介記者が俺達に何か言ってきたけど、何を言ってのるかサッパリ解らなかったし…そもそも俺達は何も知らないし、トニーが言いたくないなら俺達は何も訊かない。記者が言ったことはもちろん誰にも言わない。過去はどうあれ、現在トニーはブルートパーズのメンバーだ。それじゃダメか?」ロバートが言った。

「俺達、これからワールドツアーに行くだろう?トニーの過去がそれに関係あるか?イヤ、メンバー全員誰の過去も関係ないさ。前進あるのみ、じゃないか?」と、アレン。

スティーブとジェイミーが頷いている。

トニーは、ゆっくりと顔を上げた。

「ありがとう…みんな。でも黙っていて、ごめん」

「何も悪いことじゃないし言いたくないなら何も言わなくていいんだよ」と、スティーブ。

「さあ!ワールドツアーに向けてリハーサル開始だ!」

ロバートが言いながらパン!と手を叩き、メンバーそれぞれが立ち上がった。


「うちに来たのだから、もちろんスタジオにも来たのでしょう?雑誌記者」

マリアが帰ってきたロバートにカクテルを作って渡しながら訊いた。

「うちにも来たのか…」

ロバートはカクテルを一口飲むとため息をついて呟いた。

「インターフォン越しに話したけど、お答えする義務はありません!って言って帰ってもらったわ」

「しつこい奴だな。そんなにトニーの過去にへばり付いてあげつらって何になるんだか」

「話題性があるんじゃないかしら。人気ロックバンドのヴォーカリストの過去だから」

ロバートはため息をついてカクテルを飲み干した。

「まぁ、俺達は何も知らないけど。話さなくても、ほじくり返して、あることないこと書き連ねるかもしれないな…これからワールドツアーに行くのにトニーのメンタルが心配だけど…実際、練習の前に記者にまとわりつかれて落ち込んでいたしな…リハーサルでは元気に歌っていたけど。マリア、もう一杯頼むよ」

ロバートは空になったグラスをマリアに渡した。

マリアはカクテルのお代わりを手際よく作りロバートに渡すと隣に腰掛けた。

「この流れだから言うけど実は私、知ってたわトニーのこと」

突然のマリアの告白にロバートは心底驚いて手に持ったグラスが斜めになり中身がこぼれそうになった。

「え?なんで知ってるの?」

「姉がね、結婚してあの国で暮らしているでしょう。越したばかりの頃、そのことで手紙をくれたのよ。歌って踊る可愛い男の子のグループがあって、カルチャーショックだわってね。あちらの音楽雑誌の切り抜きを送ってくれたのよ。こちらの音楽事情とは、まるで違うって」

まるで違う音楽事情…確かに雑誌記者からアイドルグループと聞いてもロバートは、よく解らなかった。

「去年、姉がまた手紙を書いてくれて、そのアイドルグループから一番人気があったトニーが抜けて大事件だったって教えてくれたわ。今度は、その特集をした雑誌丸々1冊送ってくれたのよ。だから、あなたのバンドに新しく入ったって紹介された時に、見てすぐに解ったの。そのアイドルグループの子だって。あの目立つルックスだし。だけど私から言うことじゃないと思って黙っていたのよ。それに言いたければ彼が自分から言っていたはずでしょう。だから姉にも何も話していないわ」

ロバートはランチの前に以前の活動を訊いた時にトニーが話したくなさそうだった様子を思い出した。

「なるほど、確かにね。ところで、アイドルグループってなんなんだ?」

「私にも、よく解らないわ。でも凄く人気あったみたい。雑誌とっておいてあるわ。見たい?」

ロバートはかぶりをふった。

「トニーは知られるのを凄く嫌がっていたから。俺が、その雑誌を見るのはフェアじゃない」

マリアは微笑んだ。

「そういうと思ったわ」

アイドルグループという物がどういった物なのかは全く解らないけど、とにかくトニーはブルートパーズに入る前に歌って踊る活動をしていた、ということだ、と、ロバートは自分で結論づけた。

トニーをはじめとしたブルートパーズのメンバー全員から何も得られなかった雑誌記者はジェシカとジョージをレストランの前で待ち伏せていた。

ジョージは無言で通した。

記者はヴォーカリストの恋人のジェシカにも食い下がったが、ジェシカはもちろん知らぬ存ぜぬで通そうとした。が、記者はジェシカを前にして簡単には引き下がらなかった。

「いやぁだってアナタ、今、大人気のロックバンド、ブルートパーズのヴォーカリストの恋人でしょう。そのアナタが彼氏の過去を知らないとか、ないでしょ?」

「本当に知らないんです。あなたが知りたい事に協力出来ません」

──トニーからは少し聞いただけだし詳しくは知らないもの。あの写真集も表紙だけしか見られなかったし。嘘ついているワケじゃないわ。

「でもアナタ、偶然にも彼氏と同じ国の出身でしょう?彼氏がいたアイドルグループはアナタくらいの女性達を対象に結成されたんだし大人気だったのだから同じ国の出身で知らないとかあり得ない」

雑誌記者はジェシカを通すまいと行く手に立ちはだかっている。

ジェシカは困って軽くため息をついてから記者をまっすぐに見て口を開いた。

「私、ピアニストを目指して音楽学校に通っていたんです。凄く厳しくて練習、練習で毎日とても忙しくてテレビとか雑誌も観る暇もなかったんです。そういうものを視ることも禁止されていました。だからあなたの取材に協力のしようがありません」

「ふ~ん…」

記者の目が意地悪く光った。

「じゃあさぁ質問を変えよう。人気ロックバンドのヴォーカリストはベッドの方ではどうなの?これなら答えられるでしょ」

記者は手に持っていた手帳を閉じカバンに入れ腕を組んでニヤニヤしながらジェシカを見つめた。取材をしようとする態度ではなかった。

「いくらなんでも失礼だわ!そういうの、セクシャルハラスメントって言うのよ」ジェシカは自分の顔が赤くなるのを感じた。怒りもこみ上げてきた。

「そのくらいで止めてもらおうか雑誌記者くん」

ジェシカが振り返るとジョージが腕を組んで立っていた。

「ジェシカの言う通り、今の発言はセクシャルハラスメントだ。ずいぶん失礼な、ね。この国では今の時代、そうした失礼な発言の訴訟は発言した側が非常に不利なのだが、御存知かね?」

ジョージはポケットから IC レコーダーを出し、今の失礼な発言を再生した。

「私も仕事上で、これはよく使うものでね。証拠はある」

記者はみるみる青ざめた。

「あ、いや、はぁ…スミマセンでした解りました。止めますスミマセン」

記者はジョージとジェシカに頭を下げてアッサリと引き下がって行った。

「全く、下世話な奴だ。気にすることはないよジェシカ、今日はロビーコンサートの日だったね?」

ジェシカは失礼な記者に対する怒りが治まらないものの、頷き、ロビーコンサートの事に頭を切り替えた。

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