第二十五章
ワールドツアーの日程が決まりつつあった。
アルバムの売り上げは相変わらず好調で、地元はもとより、他の州のライヴハウスにも遠征することが多くなってきてブルートパーズは多忙だった。
トニーはジェシカに会えない日が続いた。レストランの定休日にも他の州にライヴ出演して泊まりがかりなのは日常茶飯事だった。
遠征から戻って自分の部屋のソファに横になって寛ぎ、そろそろジェシカに部屋に帰ってきたと連絡しようと時計を見た。明日はレストランの定休日だ。会えるだろうか…今までは会えていたけど、ジェシカに急用が出来ないとも限らない。
トニーの携帯が鳴った。ジェシカからだった。
「トニー…今日、帰ってくるっていうメール、さっき見たのよ。もう部屋に着いたの?」柔らかなジェシカの声がトニーの耳に心地よく響いた。
「うん、さっき帰ってきたよ。ただいま」
「おかえりなさい。疲れているのでしょう?」
「うん、正直疲れているけど、ジェシカに会えるなら即元気になれるよ。今、こうして声を聞いているだけでも気持ちがあがってくるんだ」電話の向こうでジェシカの柔らかい笑い声が聞こえる。
「あのね、トニー…」
「うん?」
「あの…会いたいの、とっても」
まただ。俺は、いつもいつもジェシカに先に言われてしまう。トニーは自分の額をピシャリと叩いて天井を見上げた。
「俺も会いたいよ。凄く凄く会いたい」ジェシカに先に言われても俺は、同じ思いを強調して伝えよう。
「嬉しいわ。それでね、今夜の演奏が終わったら…私、トニーの部屋に行ってもいい?定休日の前日はね、いつもより1時間早く閉店するでしょう…せっかくだから」
それは…明日が定休日だから…今夜と明日の晩とジェシカと二晩過ごせるということだろうか?イヤイヤ、ぬか喜びは禁物だ。
「それは大歓迎だよ。迎えに行くよ。泊まっていく?今夜来るなら明日の定休日は帰る?」トニーはドキドキしながら訊いた。
「違うの。ずっとトニーに会えなくて、寂し過ぎたの。明日の定休日に帰るとかじゃなくてトニーが良ければ二晩続けて一緒に居たいの。ただ、定休日の午前中にマリアさんにピアノを教えてもらってからランチも一緒にって話だから少し抜けるけど…その、迷惑でなかったらだけど」
トニーは思わずガッツポーズをした。
もう先に言われてしまうのは仕方ないけどジェシカが自分から泊まりたいと言ってくれたのが、めちゃめちゃ嬉しかった。それも二晩続けてだなんて。…本当は毎日一緒にいたいけど。
「迷惑なワケないじゃないか。凄く嬉しいよ。レストランが終わる頃に迎えに行くよ」トニーは電話の後、スーパーに買い出しに行った。ジェシカは食べ物の好き嫌いがなくて俺が作った物を喜んで食べてくれる。何か夜食に作ろう。会えるのはジェシカが初めて泊まった日、以来だった。
食材の買い物を終えて家で少し休み、トニーはラストオーダーの頃にレストランに行き、トマトジュースを注文してジェシカの演奏を聴いていた。ジェシカの演奏が終わって幕が閉じ、トニーはトマトジュースを飲み干すと席を立ち、会計を済ませて外に出た。
メールでジェシカと待ち合わせる場所に着いた。閉店した頃に迎えに行く約束だった。ほどなく、ジェシカが小型のボストンバッグを手に持って軽やかに螺旋階段を降りてきた。トニーは駆け寄って抱きしめてキスした。
「ジェシカ…俺、スッゲー会いたかった」
ジェシカもトニーにキスを返した。
「先に言われちゃったわね…私もよ。凄く会いたかったわ」
ジェシカが微笑んで言った。トニーも微笑んでジェシカの前髪を上げて額にキスした。
「いつも、先に言われちゃうからね。たまには」
ジェシカはさらに笑顔になってトニーの唇にキスをした。二人は手をつないで歩き始めた。
トニーの家に着くとジェシカは洗面所に行き、この前泊まった時にトニーが使っていいと言って買い置きの歯ブラシを使わせてくれたので新しくトニーの為の買い置き用に買った歯ブラシを、自分の分も含め、そっと仕舞った。
「この前、洗濯と掃除までしてくれていったよね。ベッドもホテルの寝室って思うくらい綺麗に整えてあった。ありがとう。何か夜食に食べる?食べたいもの作るよ」
洗面所から戻ってきたジェシカがソファに腰掛け唇にキスするとトニーは髪を撫でながら尋ねた。
「トニー、遠征から帰ってきたばかりなのに…疲れているでしょう?」ジェシカは自分の髪を撫でていたトニーの手を、そっと握った。
「何回でも言うけどジェシカに会えたら疲れなんか一瞬で消えて微塵も残らないんだ。ジェシカの為なら喜んで、いつでも何か作るよ」トニーはジェシカの手を握り返して指先にキスした。
「本当に?…嬉しい!それなら遠慮なく、あのオニオンスープが飲みたいわ」ジェシカが笑顔で答えてトニーは微笑んだ。
「オッケー。そういうかなと思って、玉ねぎを沢山買っておいたんだ」トニーはジェシカをギュッと抱きしめてから意気揚々と立ち上がりキッチンに向かった。
薄切りにした玉ねぎを炒めて、それとは別の玉ねぎを、すりおろし、茹でたジャガイモをすりつぶして混ぜて最初に薄切りにして炒めた玉ねぎも加えて煮込み、塩少々とブイヨン、チキンスープとチーズもすりおろし加えクリーミーに仕上げたオニオンスープはジェシカのお気に入りだった。ジェシカも一緒にキッチンに行き手伝った。
「んん~っ♡最高に美味しい!いつも絶品!」
一口飲むとジェシカが幸せ感を込めて言った。
「良かった。明日の分も沢山作ったから、お代わりあるからね」トニーは目の前に腰かけて頬づえをつき、嬉しそうにスープを飲むジェシカを見つめながら言った。
「ありがとう!凄く嬉しい。私、このスープだけで生きていける♪」
ジェシカの反応にトニーは思わず笑い、
「そんなこと言って…色々食べないとダメだよ。栄養偏るよ」微笑んで言った。
「トニーが作ってくれたんだもの。それだけで栄養たっぷりよ」ジェシカはスープを飲み干した。
「ごちそうさまでした。めちゃめちゃ美味しかった。私、とても幸せだわ」ジェシカは洗った器を拭いて仕舞いながら言った。
「俺も。今、この瞬間、ジェシカと同じ場所に居ることが出来て幸せだ」ジェシカは微笑んだ。二人は同時に歩み寄り抱き合った。
「ジェシカ、一緒にシャワー浴びる?」肩を抱いて囁くとジェシカは無言で頷いた。
シャワーを浴びながら愛し合い、交代で髪を乾かした後ベッドに横になった。
「ジェシカと、こうして過ごせるなんて夢のようだよ。今夜は寝かさないから覚悟して」
トニーが、そう言って笑いながらジェシカのバスローブを脱がせた。
「ということは、トニーも眠れないのよ、覚悟してね」ジェシカも笑ってトニーが着ているバスローブの紐をほどき脱がせて抱きしめた。二人が抱き合った途端にジェシカの携帯が鳴った。時間は、十時少し前だった。
「マリアさんからだわ」ジェシカは着信を受けた。
「もしもし、こんばんは。ジェシカ。遅い時間に、ごめんなさい、今話しても大丈夫かしら?」
「マリアさん、こんばんは。大丈夫です」
すかさずトニーが背後からジェシカの肩にキスをして乳房を揉みながら耳元で殆ど聞き取れないような声で囁いた。
「大丈夫じゃないでしょ~」ジェシカはトニーの手をパチッと軽く叩いて手を引っ込ませた。
「夜分に突然、ごめんなさいね。明日、良かったらトニーも一緒にランチにと思ったのよ。せっかくの定休日に、あなたを独占したらトニーが寂しがるんじゃないかと思って…。というのと、バンドのメンバーみんなランチで集まる事になったらしいし、ロバートが、このことでトニーに電話したのだけど電源切っているみたいだから、あなたに伝えておけばいいかしらって思ったの」
「そうですか、解りました。トニーに伝えますね。ありがとうございます。はい、おやすみなさい」ジェシカは電話をきった。
トニーは、これから、という時に電話が鳴ってジェシカが着信を受けたので軽くジェラシーで彼女の胸に触って手を叩かれたので枕を抱きしめて寝転んでいた。
「トニー」ジェシカは携帯をサイドテーブルに置いてトニーに声をかけた。
「ジェシカに手、叩かれた。俺、スゲー悲しい」トニーは呟いて枕を抱きしめたまま背中を向けた。ジェシカはベッドに横たわるとトニーの背中に抱きついた。
「も~、何言ってるの、電話中にあんなことしちゃダメでしょう。声出しそうになっちゃったんだから。それにそんなに強く叩いていないし」ジェシカはトニーの髪を撫でてかき上げて、うなじにキスした。トニーは背中を向けたままだったのでジェシカはため息をついて更にトニーの髪を撫でた。
「解ったわ。叩いて、ごめんなさい。拗ねてないで、こっち向いて。トニーも明日ランチ一緒に来てくださいって。ロバートさんがトニーに電話したそうよ」
「うん、解った。一緒に行こう。ねえ、ジェシカ」トニーは背中を向けたままで話しかけた。
「なぁに?」
「その、もう電話中じゃないから、してもいい?」
「やだ、当たり前じゃない」ジェシカは笑ってトニーの髪を撫でた。トニーは寝返りを打って微笑んでジェシカを抱き寄せ唇にキスした。
「なかなかこっちを向いてくれないから叩いたから嫌われちゃったのかと、帰らなくちゃいけないかと思ったわ。正直、泣きそうだったわ」ジェシカがキスを返しながら言った。
「そんなこと、あるワケないじゃないか。俺の方こそ、ふざけて、ごめんね…帰っちゃダメだよ。泣かないで」トニーはジェシカを抱きしめた。
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