第42話 すずのお願い

「コテツさん、帰る準備はできました。急いで戻りましょう」


 この階層だけでも調査を終わらせた。そうでないとギルマスに文句を言われるからな。


「ありがとう心愛さん、助かるよ。じゃあいつものように抱えていい?」


 慣れた心愛さんは頷くが、初めてのすずちゃんは聞いてくる。

 それを俺よりも先に心愛さんが答えてくれた。


「抱えるって何をなの?」


「うん、私たちが走っても限界があるじゃない。だからコテツさんに運んでもらうのよ。揺れないし、すごく楽チンだよ?」


「抱えて運ぶって……も、もしかしてお姫様抱っこなの?」


「えっ、そうなんですか、コテツさん?」


「いや、さすがに二人は無理だからな。こんな風ならいけるよ?」


「「キャッ!」」


 2人を座らせる格好で抱き上げる。

 両脇に抱える形なので、バランスがとれて都合もいい。


「どう、怖くない?」


「すごい力持ちーーー、これで運んでくれるの?」


「ああ、飛ばすからしっかりと掴まっていてね。それーーーー!」


 喜んでいるようなので、そのまま出発をした。

 両手が使えないので、今回はショートカットはなしでいく。


 その代わりに影を随伴させておく。

 いわゆる露払い、安全を確保してのマラソンだ。


 遮るモンスターを蹴散らして、最短距離で駆けていく。魔力の消費は高いけど、一番これが手っ取り早い。


 そして走ること五時間、ようやく外にたどり着いた。

 案の定、出口の周りには人だかりが出来ていて、俺たちの姿をみると歓声があがった。

 多くの記者が詰めよりマイクをむけてくる。


「インタビューは後だ。ギルマスを呼んでくれ!」


「愛染さま、私はここです。何が起こったというのですか?」


「イレギュラーダンジョンだ。ボスが部屋の外をうろついていた」


「ではあの魔素の放出はやはり。……詳しい事は中で。みんな道を開けてくれ!」


 人混みをかき分けて、すぐさま話の出来る建物へと通された。

 そこで数日間の出来事を説明する。


「なるほど、連絡がなかったのはそのせいでしたか。それにしても徘徊するボスとは、よくぞご無事で」


「ああ、中には雑魚がまだ残っているから、一日の猶予をくれ。俺一人でもぐって、まずは入り口付近を掃除してくるぜ」


「お一人でですか?」


「今となっては時間との戦いだからな」


 マッピング等は任せる方がいい。

 俺はただモンスターを倒し、皆の仕事をやりやすくするのが役目だ。


 それに何階層あるかすらも分かっていない。

 最悪途中で引き返す事も考えられるので、身軽の方がやり易い。


「じゃあ水と食料、それとありッ丈の回復アイテムを頼む。準備ができるまで寝るよ」


「は、はい。それと……もう寝てますか。丸山さん、聞きましたね。ギルド全体でフル稼動ですよ!」


「はい!」


 ひとしきりの事は説明ができ、体から力が抜けていった。



 ◇◇◇◇◇


「愛染さまはああ言っておりましたが、一緒に行かれた方がよろしいのでは?」


 S級モンスターからアイテムを得られるまたとないチャンスである。

 今後の事を考えたギルマスは、すずにうながしている。


「ううん、コテツくんが要らないって言ってたじゃない。それと私ね、金輪際ダンジョンには潜らないつもりなの」


「えっ、えっ、えええ。突然なにを。り、理由は?」


「それはいいじゃない。それよりもギルマスさん、やる事が沢山あるんでしょ。ほら、いって、いってーー」


「ちょっとお話をーーーー」


「まったね~」


 ギルマスは騒いでいたが、ピシャリとドアを閉められると諦めてどこかへと去って行った。


 部屋には寝ているコテツの他に、心愛とすずだけである。


「すずちゃん、パーティやめちゃうってこと? 何か気に入らないことがあったのかな?」


「ううん、逆よ。すっごく楽しかったし、ずーっと一緒にやっていきたい位よ」


「じゃあどうして?」


 友達になれたと喜んでいた心愛にとって、理解が出来ない。やはり自分のせいかと悩み、聞いてしまう。


 それにすずは笑っているが、少し寂しげに眉をよせ答えた。


「私ね、コテツくんの事が好きなの」


「うん……知ってる」


「ううん、知ってないわ。あなたは何も知っていないわ!」


 今までに聞いたことのない程の強い語尾で、心愛の言葉を遮った。

 拳を握る手は震え、真剣な目で訴えかけてくる。その固く結んでいた口を、ゆっくりと開いていく。


「コテツくんってさ、そこら辺の男の子じゃないんだよね。強くて勇敢なのに、他人の弱さを笑わない優しさもあるわ。なのに弱気でさ、自信ない所なんかまるで私と同じ。だから、ビビって感じたの。この人なら私の欠けた所を埋めてくれるって。そうよ、私にはコテツくんじゃないとダメなの。彼となら幸せになれるのよ」


 激しく語るすずを、心愛は静かに受けとめている。


「だから、コテツくんを貴女から奪おうと思ったわ。パーティに参加したのもそれが目的よ。……でもさー、諦めるわ」


「えっ!」


「だってあなたたちの繋がりって強すぎよ。私が入り込める余地なんてないもの。心愛ちゃんだってコテツくんの事を好きでしょ?」


「え、え、え、わ、わたしは……その」


「ダメよ、誤魔化したって。でなきゃ私の諦め損じゃない。それにさ、これからライバルはどんどんと出てくるよ。心愛ちゃんが想いを伝えなきゃ、いつかコテツ君を盗られちゃうよ」


 憂いを含む言葉ではあるが、その表情に悲しみはない。むしろ微笑みがあり、それを心愛は受け止めた。


「はい……、す、好きです。私はコテツさんが大好きです。誰よりも大好きです。誰にも盗られたくないです!」


「だよね、その言葉を聞けて良かったよ。次にいける自信はないけど、2人の邪魔をしたくないからね」


「そ、そんな」


 泣きそうな心愛、それに対してすずは晴れ晴れと微笑んでいる。


「それでね、心愛ちゃんに一つお願いがあるの。最後に……さいごにコテツくんとデートをさせて!」


「えっ?」


 心愛は悲しみで崩れたまま驚き、予期せぬ願いに戸惑っている。


「お願い、このままじゃ引き下がれないの。あっ、心配しないで罠じゃないから。ワンチャンなんて考えてないからさ」


 拝むように両手をあわせるすずは、恐る恐る目を開ける。心愛はだいぶ困り顔で答える。


「女同士の口約束ほど、当てにならない物はないわ」


「はは、だよね」


「でも、すずちゃんなら信じるよ。だって私たちの仲間だもん。貴女の好きにしていいよ」


「ううううう、心愛ちゃーーーーん」


 きつく長いハグをし、2人は自分の選択が間違っていなかったと確信する。

 互いに何度も何度も礼を言い、何度も何度も謝った。


 そして、準備が出来たと声がかかるまで、2人は虎徹を見守ったのである。


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