第34話 犯罪と疑問

 現れたのはすずちゃんではなく、仕事モードの純々であった。

 期待と不安の両方が外れていて、ほっと胸を撫で下ろす。


「それにしても純々、一晩たっただけで口調が戻ったな。ちょっと早すぎやしないか?」


「何をほざく。広井夜すずにあんなヒドイ事をしたくせに!」


「へっ?」


「お前は彼女を無理やりレイプしたんだぞ!」


「……うそだろ?」


「俺も目を離したのが悪かったが、死にたいって連絡があったんだ」


「えっ、えっ、オレそんな覚えは」


「無いってか。それで許されるか、バカヤロー。やっとなだめて帰したが、相当ショックを受けてるぞ」


 昨晩は楽しくてハイペースで飲んだ。

 連絡先を交換したのも覚えている。


 でもそれがいけなかったのかもしれない。

 調子にのった俺は、彼女を押し倒したのかもしれない。

 それが本当なら、俺は最低な人間だ。記憶がないとはいえ、情けなくて涙がでる。


「そ、そうだ。すずちゃんに謝るよ。いまから電話してみる」


「バ、バカヤロー。傷ついた彼女の身にもなれ。それとも何か、脅して黙らせるつもりなのか?」


「ち、ちがう」


「だったら控えろ、くそ忍者!」


 信じられないスピードで、純々にスマホを叩き落とされた。

 拾い純々を見上げると、覆い被さるように覗き込んでくる。

 感情を抑えようとしているのか、口元がプルプルと震えている。


「忍者、お前としてはどうしたいんだ。言ってみろ」


「お、俺は償いたい。彼女が望むことは何でもしたいよ」


 それで罪が消えるとは思ってはいない。しかし少しでもすずちゃんの気が晴れるなら、そうすべきだ。


 純々はいぶかしげに見てきて、舌を出して笑っている。


「その覚悟があるなら彼女の伝言を伝えてやる。『絶対に復讐をしてやる』だそうだ。相当恨まれてるな、ふん」


「ふ、復讐か」


「ああ、まず手始めに次のS級での入手品を全てゼニゲバ商店に卸せとよ。当然だが格安の値段でだ。お前に儲けさせるなとキツイお達しだよ」


「えっ、そんな事でいいの?」


「へ?」


 あまりにも拍子抜けの復讐だ。

 てっきり火山に飛び込めだとか、ゴーグル無しで酸の海を泳いでみろだとか、その類いだと思っていた。


 逆にそんなので気が晴れるのか心配だ。遠慮をしているのではないだろうか。


 そう聞くと、純々は必死に彼女の言葉を思い出そうと目を泳がせている。

 しばらく部屋をうろついた後、閃いた様子で話し出した。


「ばか、あくまでもまずはの話だ。他は俺に代理を頼むと言ってたし、一生をかけて償い続けるのだぞ」


 具体的なものはなかったのは、彼女の整理がついていないのだろう。急ぐことはない、後々にわかることか。


「そうだよな。うん、そのつもりだよ。すまんな、橋渡しの役をやってもらって。これからもよろしく頼むよ」


「ふん、一生の付き合いだな」


 そう言って純々とは別れた。

 純々にも迷惑をかけたし、10日間のホテルの支払いを済ませた後、町にでる。


 それにしても、俺の中に野獣が潜んでいたとは今でも信じられないよ。

 欲望にかられ、人をないがしろにするとはな。全くもって情けない。

 一人で部屋にこもっていたら、気が変になりそうだ。


「はあ……心愛さん、ゴメン」


 心愛さんがいるのに、芸能人とコンパだなんて浮かれていたのがいけなかった。

 師匠なのに、これでは示しがつかない。

 もしかしたら、これを機に心愛さんが離れていくかも。いや、かもじゃなく縁を切られるのは確定だ。


 強姦魔と二人きりでダンジョンだなんて無いもんな。おおらかな心愛さんからは言いにくいだろうし、ここは俺から伝えよう。


 はあ、またもや人生の岐路にたったのか。自分の甘さが招いた結果だ。


 そう悔やんでいると、スマホに着信があった。

 出る気にはなれないが一応確認だけはしておくか。


「うっ、すずちゃんからだ」


 登録画面には元気にはしゃいでいるすずちゃん。それが余計に申し訳なくなる。


 謝りたい気持ちはあるけど、いざ向こうからかかってくると躊躇ちゅうちょする。


 でもすずちゃんにしたら、覚悟をもってかけてきたはずだ。ヒドイ男へ怨みをぶちまけようと。

 それを受け止めるのが、俺にできるたった一つのことだ。逃げずにきちんと向き合うべきだ。


 深呼吸するも震える手は止まらない。それでも通話ボタンをタッチする。


「は、はい、愛染です」


「やっほー、コテツくん元気? 昨日は楽しかったね」


 あれれ、罵声じゃない。なんだか明るいよ?

 少しほっとするが、すぐにそれは間違いだと気づく。

 きっと無理をしているのだ。嫌な男にこれ以上弱みを見せたくないはずだからな。

 軽率な行動で、また彼女を傷つけてしまうところだった。


 あれこれ言い訳するよりも、まずは彼女の言葉を待つ。


「ねえねえ、約束したあのお店なんだけど、オッケーでたからさ、いつ行くか決めようよ?」


 あれれれれ、弾む声ですよ、広井夜さん。本当に怒っていらっしゃいます?

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