第27話 本来の力、でも抑え気味

 自分を守っていた影が消えるのを見て、心愛さんは名残惜しそうにしている。


 俺の影には意思があり、それぞれが自由にうごく。だから俺本人だと思ったみたいだ。


「えっと、本物のコテツさんでいいの?」


「ああ、待たせてゴメン。怖かったよね?」


「ううん、私をかばって、さっきのコテツさんには痛い思いをさせたわ。私の方こそごめんなさい」


「心愛さんのせいじゃないよ。その元凶を片づけるからさ、ちょっと待っていて」


 心愛さんの目に微塵も心配する気配はない。力強くうなずくと物陰へと隠れた。

 かたや司教はもち直し、激怒しながら迫ってきている。


「まやかしとは卑怯デス。神の前では偽りは大罪デスヨー」


「忍者はそれが本質だろ。それも知らずにスカウトに来たのかよ」


「むむむむ、減らず口を。どうやらまた痛い目に合いたいようですネエ。それなら、思う存分味わいなさい。聖痕魔法・イバラの鎖カースチェーンーーー!」


 肩をいからせ、どうだと言わんばかりに襲ってくる。


 伸びてくるイバラがからみつき、俺の自由を奪おうとしてくる。しかしそのトゲは刺さることなく砕け、広がっていた聖痕魔法も消え去った。


 想い描いていた光景との違いに、司教はショックを隠しきれていない。目をこすり何度も確認をしている。


 避けても良かったのだが、あえて受ける事を選択した。力の差を見せつけておきたいからだ。


「な、何デスカ今のは。最高たる私の魔法を防ぐだなんてあり得まセーン。はっ、これが忍者得意の幻術デスカ!」


「馬鹿いえ、今のが俺本来の力だ。影分身のを基準にするんじゃない」


 影分身は多才だが、能力的には俺の数分の一ほどしかない。そのうえ魔力が枯渇していたのだ。比較すべき対象ではないのに、姿形が同じなため混同したいるみたいだな。


「ええい、化けの皮を剥がしてヤルデス。イバラの鎖、イバラの鎖、イバラの鎖!」


 ムキになり魔法を連発してきても、結果は変わらない。パリンパリンと砕けるだけで、俺の歩みは止まらない。


 一歩近づく度に司教の顔がゆがんでいく。懐疑的な表情から徐々に焦りへと変化をし、絶望へと染まっていった。


「う、動くな。さっきみたいに大人しくしやがれデスよ」


「さっき? ああそうだったな。聖職者のくせに、無抵抗な者に随分とムチをふるってくれたよな。それに、心愛さんを怖がらせやがってよ。許されると思うな、このクズ野郎」


「キサマー、私は神に愛されてジョブを得たのデス。それを侮辱するのは大罪、立場をわきマエロ!」


「アホらし、完全な選民主義者だな。安っぽい奇跡を夢みてんじゃねえよ!」


「言いましタネ。ああ、見せてヤル。キサマなどには勿体ないが、取って置きのを見せてヤルデスよ。そして泣き叫び懺悔なサーーイ!」


 取り出してきたのは召還石で、大きさからいってB級相当だ。アメリカではその分野に力をいれているそうで、司教は自信ありげだ。

 そして高笑いをし召還石を床に叩きつけると、魔方陣が勝手に描かれていく。


 その中から召還されたのはアイアンゴーレムだ。

 3mを越える鈍い銀色の巨体で、手足に重量感のある攻撃特化型だ。


「いひひひ、どうです、怖いでしょ。でもー許しませんヨー。肉も骨もすり潰してヤルですのーー!」


 鉄製のゴーレムは、土や木で出来たそれよりも遥かに硬く、その重量だけでも十分脅威である。それに加えて魔法攻撃にも耐性があり、破壊するには通常武器だと不可能だ。

 中堅クラスの冒険者であっても、逃げる事を推奨されているB級クラスのモンスターである。


「これぞ芸術、神の御業。さあゴーレムよ、その不届き者に天罰を与えてヤーレ!」


 司教の命令に即反応をし、パンチをうってきた。魔力と空気がこすれ轟音がひびき、ズドンと俺の顔面をとらえる。


「Oh、しまったデスね。楽に殺してしまいマシタか。ビビって直撃とは、SSSランクも大した事がないデスね。まあ、この程度ならスカウトの必要がなかったデスよ」


 体を揺らしながら喜び近づいてくる。誰も観客はいないのに、四方に礼をして遊んでいやがる。まったく警戒心もなく、呆れるほど無防備だ。


「おいおい、勝手に殺すな。俺は無傷だぞ」


「ひいっ!」


 覗き込んできた処をそう返すと、盛大にのけ反り腰をぬかした。


「な、な、なぜ生きているノデス。何トンもある攻撃デスヨ!」


「それすらも分からないのかよ? マジか」


 高ランクの敵になると、単純な物理攻撃では通じない。いくつも重ねられた魔力による防御膜をかいくぐり、それでやっとダメージを与える事ができる。


 そんなのダンジョン攻略では常識なのに、何一つ分かっていない。


 でも分からないから、自分がSランク冒険者であるにも関わらず、格下のB級モンスターを出してきたのだ。その割には悪であるこの俺を正してやろうと、使命感に燃えている。なんともバカらしくも厄介な相手だよ。


「何かカラクリがあるはず。おい、ゴーレム休まず続けろデス。その内ボロを出すはずデース」


 疲れを知らないゴーレムは、これでもかと連続して繰り出してくる。

 でも只のパンチだ。少しも効かないんだよな。


 痛みどころかHPだって1ミリも減らない。その程度の攻撃だ。

 俺が受ければ徐々に拳が壊れていき、一歩前に出れば退いていく。司教にすれば信じ難い光景だな。


「ゴーレム、退くな。やれ、やるのデス」


「これで分かっただろ。お前じゃあ俺には勝てないんだ。大人しく降参をしろ」


「嘘です、これは何かのまやかし。本当は手も足も出ないクセニ、強がるんじゃないデスヨー。神にその正体をみせなサーイ」


「何を言っても無駄だし終わらせるか。いくぞ、忍法、火遁術!」


「ひい!」


 とろ火ではないが、建物に被害がでないよう威力はおさえてある。それでもゴーレムを倒すのに十分であった。


 至近距離からの炎に、ゴーレムは為す術はない。当たった所から溶けだして、あっという間に崩れ落ちた。


「あ、あ、あ、あ。ば、化け物……デース」


 初級の忍術だと知らなくても、自分との力量の差は感じたようだ。呆気あっけなく心が折れ後退あとずさりをしている。


 自分の敗北を理解できた途端、司教は脱兎のごとく逃げ出した。だが出口とは正反対の方向で、かなり混乱しているようだ。


「おい、待て。逃げても無駄だぞ」


「ひぃーーー、止めなさい、私は司教。とってもとっても偉い人デスヨ。そ、そうだ。女、私の盾になりナサイ」


 素直に逃げるだけなら良いものを、事もあろうか心愛さんに目をつけた。手には禍々まがまがしい短剣を握っている。あれは呪物の類いだ。


「さあ、女こっちにきやがれデス!」


「忍法、身代わりの術」


 あと一歩のところで、俺と心愛さんの位置を入れ替える。司教の目に映るのは心愛さんではなく、怒りに満ちた俺である。


「捕まえた~~~」


「ひいいいぃぃぃいいいいいい!」


「この期に及んで人質とはな。どうやら地獄を見たいらしいな?」


「や、やめて、やめて下サーイ」


「いや、ヤメねえ。絶対にヤメねえ! お前にはたっぷりと悔い改めてもらうからな。くらえ、忍法、地獄ビンターーーー!」


「あびびびびびびびーーーーーっ!」


 そんな忍法なんて無い。只の往復ビンタである。罪の重さを分からせる為に、大袈裟に叫んでやった。


「あびびびびびびびっ! お、お許しをーーーー」


「いや、まだまだーー。うりりりりり!」


「あびびびびびびびーーーーーっ!」


 手加減はしているが延々と続けてやった。効果てき面、俺という恐怖にあらがうのに必死である。


 目をそむけても、無理やり引き寄せ合わせてやる。そして、司教はとうとう泣き崩れた。


「お、お許しをーーーーーーーー」


「いいか、また悪い事をしたら、神ではなくこの俺が駆けつけるぞ、わかったな?」


 小刻みにふるえ頷くしかできずにいる。もう放っておいても大丈夫だろう。


「心愛さん、出てきても平気だよ」


 ふぅと吐く心愛さんの息が聞こえてくる。

 真っ白になるほど強く握っていた手には、ようやく血の気が戻っていく。

 だいぶ緊張させてしまったな。


「すごい、圧勝でしたね」


「心愛さんのサポートがあったから、安心して出来たんだよ」


 隠れながらも、絶妙な距離でいてくれた。回復はいらないけども、万が一はある。そのを考えてくれていたから有り難い。


「ふう、コテツさんって凄いですよ。尊敬しちゃいます」


「お、おう」


 また照れてしまい、ぶっきらぼうに返してしまった。それを嬉しそうに笑ってくれる。

 俺は肩をすくめてトボケ顔。


「うふふふ、でもこの人達をどうしましょうか?」


「ああ、任せておいて。良いのがあるんだよ」


 照れを誤魔化すため、素早く行動にうつす。取り出したのは山ちゃんの発明品だ。


 この二人にとっては最悪だが、良い薬になるだろう。





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