31 四季

 左右を感情コインロッカーに囲まれたブースの真ん中で、いくらおにぎりを食べる。すると坊主頭から一気に髪が生え、皮膚が爛れる。太ももが膨張したオレの胸は、ぽっかりと穴が空いて、かなしい。

「ヤッタネ! いくらおにぎり、ヤッタネ!」

 そう繰り返すガチャポンに、いくらかよって文句を言って、地面を蹴った。次の瞬間には、もう自分は宙を飛んでいる。床が割れて、コインロッカーからは、さみしさが漏れる。ぷちぷちといくらが口で弾けて、背中に羽が生えてオレは、あっという間に怪獣になった。


 おかかは、攻撃力強化。うめは、防御力強化。ガチャポンで出てくるおにぎりは、具によって5分間かけられるバフの種類が変わる。しかしその具は、自分で選べない。すべてはガチャポンの運なのだ。そして、いくらは、移動速度強化。

「ぜってえ逃がさねえ。タマタマ!」

 羽ばたいた翼が、CODING電子の社長が映る大型テレビを掠めて、コインロッカーの狭い通路を縫う。風を切って、アルマジロを何匹も狩って進む。そしてついに、愛情チャージャーの展示ブースの角に、狙いのアイツが息を潜めているのを捉えた。

「逃げられると思うなよ、相棒!」

「だれが相棒だようー」

「オレと仲間になれ!」

「ハゲだけは、いやだようー」

 瞬きをする暇もなく、かなしき怪獣はその獲物を襲う。展示されていたチャージャーが破損して、もわっと愛情が積乱雲のようにあがる。それが晴れる頃、その爪にはひと際大きいタマが眠っていた。

「おまえ、やっぱりレアだろ!」

「なんでそう思うんだようー」

「だって、見た目がぜんぜん違うじゃん」

 それは他のアルマジロと違って、甲羅もトゲトゲしてて、しっぽには丸い鈍器が付いている。なんだか動物ってより、恐竜みたいだ。


 その姿には、見覚えがあった。それはオレがまだ児童養護施設にいた頃。クリスマスに一度だけ、チャイナドレスを着たお姉さんが迎えに来たことがあった。のちに、それがリーファさんだと知ることになるのは、また別の話だ。

「まさなりくん、お姉さんとデートしない?」

「へ?」

「あはは、ハンバーガー食べたいでしょ」

 彼女は小さい俺の背に合わせるように、しゃがみ込んでおっとり笑った。スパイスの効いたいい匂いがして、気づいたらうんって首を縦に振っていた。

 それから憧れだったファストフード店に連れて行ってもらえて、痛いくらい味のするポテトと、ハンバーガーを食べた。自分が美味しそうに食べると、彼女はすごく嬉しそうな顔をした。

「ねえ、お姉さんは、ママなの?」

「いいえ。お姉さんはママじゃないわ」

「そうなの?」

「うん、そうね」

 自分がママって単語を出すと、彼女はかなしいような困った顔をした。そして話を逸らすように、ハッピーセットにはオモチャも付くのよって笑ってた。彼女の手には、プラスチックでできた恐竜の玩具が吠えている。

「これなあに」

「アンキロサウルスだって」

 がおー食べちゃうぞって笑ってくれたその恐竜が、いま手のひらの中で目を光らせている。さみしい人生を送ってきたオレにとって、数少ないしあわせな記憶に浸っていたのが、よくなかった。


 怪獣になれる5分間が経って、オレは普通の子どもに戻ってしまった。アンキロサウルスがしっぽを振って、握る手に穴が空く。そのまま回転数をあげた恐竜は、顔面に向かってくるが、躱せる距離でなかった。飛ばされた自分の身体は、株式会社SHI-KIの展示ブースに、突き刺さった。

 その衝撃で四季ボトルが破れ、瞬く間に最先端技術はあらゆる季節に囲まれた。暖かい木漏れ日のなかを、ひまわり畑の雪だるまが笑う。あの日の桜の下で、スイカ割りをカタツムリが応援する。銀杏の香りが触れて、カモメが斜陽に揺れる。その真ん中でアンキロサウルスがこちらを睨んで、離さなかった。

「怒ったようー。しつこいハゲは、殺すようー」


 ❖


「喰海老――四川式喰海老型鞄」

 わたしが蟹槍で斬り落としたブラキオサウルスの頭を、小鈴シャオリンの伊勢海老がバックパックに引きずり込む。海老の爪に捕まるそれは、身体から切り離されているにも関わらず、楽しそうに気絶する中華少女に笑いかけた。

「グラツィエ かわいい娘たち あそべて しあわせ いっぱい」

 その頭はバックパックに収まる瞬間、首元からにょきって手が生えて、抗った。伊勢海老の爪が押し返される。わたしは地面から上海蟹―タキジの腕を伸ばし、ダメ押しの攻撃を仕掛ける。逃がしてたまるか。


 しかし相手が一歩上手だった。頭を落としたはずの首長竜の身体が、ひとりでに動き出し、ふたりを踏みつぶそうと、足をあげたのだ。背負うピザからチーズが芝生に落ち、隕石が降るような、大きな影が落とされる。

「アモーレ かわいこちゃん いっぱいちゅき」

「やめてよ、もうそんな若くないの」

「女の子 好き アモーレ」

 タキジの爪で上から襲う大きな足をつかみ取り、もう一本の爪で小鈴を回収する。目の前のバケモノから、小鈴を守るので精いっぱいで、せっかく斬り落とした頭は逃してしまった。敵はケラケラと鳴く。

「けっこうめんどうな敵ね」

「ミ ピアーチェ まだ遊ぼう 好き」

 逃した頭は、生やした手を器用に動かして、自身の巨体を上り、背中の甲羅の真ん中に寄生した。斬られたままの首をそのままに動くそれは、沈む太陽に照らされて、歪な生き物。夜を待つ、巨大な肉塊だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る