▼15-2 金城湯池たるカナウジ

「作戦の総論としては良いかと思います。が、少数の兵といいますが、そちらをどれくらいの数にする予定なのでしょうか」

「我が軍は、象軍五〇〇〇、馬軍二〇〇〇〇、歩兵軍五〇〇〇〇だ。だから歩兵五〇〇〇くらいでいいのではないかな。カナウジの街は、シャシャーンカ王がカルナ・スヴァルナから連れてきた駐屯兵が五〇〇〇ほどと聞いている。相手と同数ならば、戦士の誇りとして負けるわけにはいかないと城から出てきて戦いに臨むと思うのだが、どうだろうか」

 その場に集まっている軍の幹部たちはお互いに顔を見合わせた。

「同数では、敵は出てこないのではないでしょうか。城に籠もっている有利を捨てて、同数同士の対戦というどちらが勝つか分からない不確実な戦いに持ち込む利点が、カナウジ側には無いですよね」

「かといって、あまりにも兵の数が少なくても困るんじゃないですかね。打って出てきた相手とぶつかり合いした段階で伏兵との連携が上手く行かないと、蹂躙されてしまうかもしれないじゃないですか。それ以前の話として、あまりにも包囲軍の数が少ないと、相手に警戒されて、罠だと見抜かれてしまうんじゃないでしょうか」

 軍の幹部たちの意見が活発に出るのは悪いことではないが、その代わり纏まりが無い。

「臆病なカナウジの守将が、こちらの罠を見抜ける目があるとは、俺には思えないのだが。あ、俺じゃない、余だ」

「陛下、相手を甘く見るのは、やめた方が良いかと思います。相手は慎重なだけであって臆病というわけではないはずです」

「しかし余が思うに、罠を見抜かれる心配をしていたら、何も罠を仕掛けることができないではないか。そもそも、ヴィンドヤースの森に伏兵を潜ませていることを見抜かれていたら、おびき出し作戦自体が最初から無理ということになるだろう」

「見抜かれる可能性が高いのではないでしょうか。森に隠すにしても大軍すぎます。それにここは相手にとっての地元ですから地の利があります」

 ハルシャは腕組みをして考え込んだ。

「ところで、囮の軍勢の数の細部がなかなか決まらないのはしょうがないとして、俺たちの中の誰が囮軍を率いるのかくらいは決めてもいいのでは」

 軍の幹部たちはお互いに渋い表情の品評会みたいな顔を見せ合った。

「先鋒ならば喜んで引き受けよう。だが、振りだけとはいえ、負けて敗走しなければならないというのは戦士の名誉にかかわる。今回はそなたに譲るぞ」

「いや、それがしも遠慮しておきたい。敵の数がこちらの二倍くらいだったら、正面から戦ってでも勝つ自信があります。だが、高速移動の訓練はしているけど、敗走の練習などはしていませんからな」

「練習していないことは、ぶっつけ本番ではできないと言っているのですかな」

「失礼な。整然と高速移動をしたのでは、罠だと相手に見抜かれてしまうでしょうから」

 軍の幹部たちは、必ずしも一枚岩というのでもないようだ。お互い、相手を出し抜いてでも軍功を得ようと虎視眈々と狙っているのかもしれない。といっても、軍の幹部同士が仲良し同士などという軍隊など、この世に存在しないのかもしれない。たとえば、カナウジの守備軍も一枚岩ではないかもしれない。

 考えてみれば当然だ。カナウジは、元々の住民だった者たちと、カルナ・スヴァルナからやってきた占領軍とが現在は同居している状態だ。お互いに仲が良いとは思えない。

 離間させれば、カナウジの守備を内部から崩壊させることができるのでは。いや、むしろ、それこそがカナウジ奪還の正解の道程ではないのか。

「余の意見を聞け。カナウジの守備軍も一枚岩とは限らない。だから、噂を流して離間させる。おびき出すというよりも、奴らが勝手にカナウジから出てくるように仕向けるのだ」

 風が鋭く切られる音がした。 かと思ったらハルシャの目の前に矢が飛んできて地面に突き立った。

「何者だ」

 集まった幹部たちは色めき立った。が、ハルシャは鷹揚に立ち上がって、右手を横に広げて人々を落ち着かせ、その手で矢を引き抜いた。

 矢には指輪が括り付けられていた。よく見るとドゥフシャンタと刻印されている。かの劇作家カーリダーサの名作『指輪によって思い出されたシャクンタラー姫』に登場する王の名前だ。

「皆の者、心配するな。思っている以外の所にも味方が存在するということだ。作戦の骨子は変わらない。こちらから五〇〇〇くらいの兵を出して包囲しつつ、挑発する。それと同時に、カナウジ城内に噂を流す」

「陛下、噂で相手が城から出て来るでしょうか。上手く行くのでしょうか」

「上手く行くのでしょうか、ではない。上手く行かせるのだ。そういう風になるように仕向けるために、噂を流すのだ。そなたたちは、戒日王子たる余を信じてついて来れば良い」

 きっぱりと言い切り、十六歳の若き王は居並ぶ幹部たちの顔を、自信に満ちた眼差しで見渡す。

「囮の軍に関しては、そなたに任せたい」

 ハルシャが指名したのは、ラージプート戦士の将軍だった。マーラヴァ遠征では指揮官、カナウジ撤退作戦ではしんがり軍を任せた男だ。

「また自分が貧乏籤ですか」

「不満か? 拒否したいなら拒否してもいいぞ。他の者に命じるので」

「いいえ、拒否はしません。そんなことをしたら俺の評価が下がるだけですよね。囮は、危険は多いし手柄を立てる機会は少ない立ち位置だけど、それを承知の上で活躍しろってことでしょう。やってやろうじゃありませんか。ムンジャ草の腰帯を外して出陣しますよ」

 囮として、わざと退却するのだから、退かない覚悟を示すムンジャ草は必要無いですよね、という皮肉を籠めた言葉を付け加えた。

 軍の再編成と、カナウジ城内で流した噂が広まるまでの日数を取った。

「シャシャーンカ王の援軍がカルナ・スヴァルナの本国からカナウジに迫っている。ヴィンドヤースの森に潜んで、時機を見て包囲軍を挟み撃ちにする計画だ。その時に内部からも打って出る積極性を示さないと、シャシャーンカ王の怒りに触れて処罰される」

 と、いう噂を流した。全ての噂はそういうものだが、流れる過程でマカラ魚に尾鰭、背鰭、歯が付くように、誰も予想がつかない方向性で膨らんでいった様子だった。

「噂の広まり具合はどうだ」

「それが陛下、こちらが想定していた以上に、シャシャーンカ王の援軍による督戦という話が広がっているようです。それによりカナウジ城内の守備兵の間でも、打って出るべきだという主戦派と、守将はあくまでも専守防衛に徹するという慎重派とで意見が割れているようです」

 ハルシャは小さく笑った。

「全てこちらの計画通りじゃないか。上首尾に行き過ぎてかえって怖いくらいだ。よし、いよいよ明日、攻撃を開始しよう」

 ハルシャ王の決断により、作戦決行の日が決まった。

 翌日。将軍は、五〇〇〇の歩兵を率いてカナウジを包囲した。

 包囲軍は城壁に向かって矢を射かける。城壁の守備兵からも矢の応酬が飛んでくる。あくまでも飛び道具での反撃に終始していて、兵士が城内から飛び出してくる気配は無い。

 深い森の木々の間に潜んでいると外の様子は窺えない。伝令兵からの伝達情報が命綱だが、特段動きが無いという報告なので焦る要素も無かった。

「この段階で城から出て来るような猪武者は、いなかったか。では、時機を見計らって、森から出て行くか」

 ハルシャが口にした時、伝令が駆け込んできた。慌てた様子で唾を飛ばしつつ報告する。

「囮軍の東より、所在不明の軍勢が出現しております。ハルシャ陛下の本隊は森から出て来るという打ち合わせだったはずですし、登場するのも早すぎるのではないでしょうか。この辺、何か作戦の変更があったのかどうかの確認のための伝令に来ました」

 ハルシャは首を捻った。左右に控える参謀たちと顔を見合わせるが、誰の表情を見ても話の意味を理解できている者は居ない様子だった。何が起きているのか、理解できない。

「お前、何を言っているのだ。余の本隊は、今、この森の中に居るではないか。お前は本当に伝令の者か」

「そ、そうは言われましても。俺はあくまでも所在不明の軍勢出現の第一報として伝令に走ったのでありまして。詳しいことは続報を待っていただければと」

 そこへ、次の伝令が駆け込んできた。同じ軍勢から立て続けに伝令が派遣されるのは異例のことだ。

「ハルシャ陛下にご報告申し上げます。カナウジを包囲中だった囮軍の東から、カルナ・スヴァルナ国の増援軍が迫っています。正確な数は現在確認中とのことですが、二〇〇〇〇以上の大軍と思われます。更に、こちらも未確認情報ですが、この軍を率いているのはシャシャーンカ王自身である模様です」

「なんだと」

 ここまでは順調だった作戦が、想定外の援軍の出現によって軌道修正を迫られることとなる瞬間だった。

「どういうことだ。概算で二〇〇〇〇という大軍、それもシャシャーンカ王の親征軍が近くに居たのにもかかわらず、目の前に来るまで気づかなかったというのか。周囲への警戒と調査も命じてあったはずだぞ。斥候は何をしていたのだ」

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