第14話:超越者の買い物〜ディムナの場合〜

 ディムナは市場の店の一つである串焼き店に目を付ける。

 鉢巻を付けた坊主の男性は頭を悩ませているものの、せっかくの客に喜び、串焼きを提供した。

「ほぉ、これは悪くない味だ。何の肉だ、これ?」

草原竜グラスドラゴンの肉だ。まぁ、こんな低級食材じゃ限界だな。お代は要らねえ、食ってくれて、ありがとな。」

 自信を喪失していたその店主は意気消沈しながらも、最後の客であろうディムナに感謝していた。

「それじゃいけねえよ。これでも兄貴分の端くれ、代金代わりにこれを使ってくれ。」

 そんな店主を見かねたディムナは懐から硝子の小瓶に入った桃色の岩塩を手渡した。

「なんだい、これは?」

「特別な調味料だ。ソースは十分に美味しいが、これを振り掛けてみな。」

 店主は言われた通りに竜肉の串焼きに振り掛けると、香ばしい香りが市場の路上中に広がり、忽ち人集りができ、店の前に行列を作った。

「おい、あんた! こんな美味しそう過ぎる匂いは初めてだ、食べさせてくれ!」

「我慢出来ないわ! 私にもちょうだい!」

「おい、俺にもくれ! 涎と腹の音が止まらないんだ!」

 並ぶ人、老若男女全員が涎を垂らし、腹の音が鳴り響いた。

 それを見た店主は驚きつつ、竜肉の串焼きをそれらの客に手渡すと、彼らはその肉に無我夢中にかぶりついた途端、満面の笑みを浮かべた。

「すげぇ、こんな肉初めて食べたぜ!」

「香りも美味さも素晴らしいわ! 味の芸術よ!」

「こんな美味しいものを食べれて、おいらは幸せだぁ!」

 今まで見向きもしなかった客たちの笑顔を見た店主は涙を流しながら、喜び、料理に励んだ。

「ありがとう、あんちゃん! 俺、世界一の料理人になって、世界中の人々を喜ばせることが夢なんだ! その夢を叶えさせてくれてありがとう!」

「気にすんな、おっさん! また来た時、必ず弟分にも食べさせてくれよな! ガッハッハッハッ!」


 その数十分後、

「すぅーーー! はぁーーー! すぅーーー! はぁーーー!」

「レロレロレロレロ! ペロペロペロペロ! ベッロベッロベッロベッロ!」

「ちゅうぅぅぅぅ! ちゅうぅぅぅぅ! ちゅうぅぅぅぅ!」

 あんなに笑顔だった客は血走った眼で竜肉の味が染みついた串や紙容器を吸い付き、舐め回し、しゃぶりついた。

「あぁ、美味いわ! もっともっと食いたいわ! もっともっともっと食わせろおぉぉぉぉ!!」

「おい、これは俺のだ! ぶっ殺すぞおぉぉぉぉ!」

「違う、これはおらのだぁ! お前が死ねえぇぇぇぇ!」

 中には竜肉の串焼きをせがむ客やそれを奪い合う客が続出し、流血沙汰に発展した。

「何がどうなってんだよぉ!?」

「おい、早く串焼きを寄越せぇ! もっと寄越せよ! 食っても食っても涎が止まらなくて、腹の音が鳴り止まないんだよぉ! 寄越せえぇぇぇぇ!」

「もう、草原竜グラスドラゴンの肉も、あの岩塩も無えんだよぉ! 許してくれよぉ!」

「寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

「だっ、誰か助けて…ぎゃあぁぁぁぁ!!」

 獣のように獰猛になり、鋭い眼光と犬歯をぎらつかせながら、襲って来る客に店主はただただ悲鳴を上げ、恐れ慄くだけだった。

 先程の岩塩の正体は暴食悪魔ベヘモスの肉汁を粉末にした岩塩で、その効能は食材の旨味を数万倍上昇させる代わりに麻薬的魅力が付加される曰く付きで、英霊郷ヘロアスファリアの超位種族にしか耐性がないことをディムナは知らなかった。

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