1-5

◇ 


「彼女、面白い子だね」


 屋上で煙を吐き出しながら、ルトはそういった。


「面白いやつですよ、伊万里は」


「いや、俺が言いたいのはそう言うことではない」


 俺は一瞬解釈することができずに、彼の言葉を待った。


「彼女、人に踏み込んでほしいようにしているのに、人に踏み込もうとしないじゃないか。それでいて踏み込まれれば拒否するような所作をとるし、人に対して踏み込むことに、どこか恐怖を抱いているような、そんな雰囲気を感じる」


 ……言いたいことはわかるような気がする。


 彼女が孤独を噛みしめるように、それを誇示するのは人に踏み込んでほしいからだろう。


 でも、彼女はそれを肯定しない。彼女は孤独を打開したいように振舞っているくせに、それなのに、人との距離感を保ち続けている。


 どうしようもなく、矛盾している。俺が勝手にそう感じているだけなのだが。


「──敬語ってさ」


 ルトは語る。


「一つの距離の取り方だと俺は思ってる。


 敬語でいれば、一定の距離を取ることができる。親しい人間であれども、親しくない人間であれども、同一の言葉を使うことで、一定の距離を取ることができる。だが、それはそれ以上に踏み込まない、という一つの意志だ。どこまでも私は距離を保ち続けると、そう表すような、そんな振舞いだ」


 ルトは、語り上げる。


「別に、先輩である俺に対して、そして初対面であった俺に対して敬語で振舞うのは摂理のようなものがある。正しい行動だから、俺はそれを肯定しよう。


 でも、君に対してはどうだろう。


 高原くんは、彼女とどういう関係なんだ?」


 俺は、答えることができなかった。





「勧誘活動と言っても、結局は何をすればいいんだろう」


 俺は屋上から帰ってくると、彼女にそう声をかけた。


「……ひたすらにスカウト、とかですかね?」


「……」


 それは正直、気が重い。


 彼女に先ほど語り上げた詭弁のようなものは、詭弁だからこそ成立することだ。俺が実際に他人に対して踏み込むスカウトをするなど、自分自身で想像することができない。


「ええと、他の方法も考えてみよう」


 俺がそう返すと、彼女は一瞬苦笑した。その後、顎に手を触れながら、考える人のような動作をとる。その行動は大人のまねごとをする子どもっぽさがある。その印象の代替は、彼女が小さい身長をしているからかもしれない。


「あっ」


 伊万里は思いついたように声を上げた。


「ポスター、とか?」


「……」


 悪くない。


 それなら、俺が直接的に行動することはなく、間接的に勧誘することができる。


「よし、じゃあポスターを作ってみよう。俺は絵を描けないから、伊万里よろしく」


「……なんか、私に全部ぶん投げようとしているような」


「ないない、そんないい加減なこと、俺がするわけないだろう。ははは」


「ひたすらに棒読みなのが不安で仕方ないですね……」


 彼女は呆れたような表情で俺に視線を合わせた後、すぐに逸らして、彼女の近辺にあった鞄からノートを取り出す。


 ノートの表紙には何も書かれていない。そんなノートをパラパラとめくる。


 ……いろんなイラストだったり、もしくは文字だったり。


「……絵、上手いじゃないか」


「……ありがとうございます」


 彼女はそう返した後、白紙のページを見つめて『科学同好会 ポスター素案』とページに題目をつける。なんというか、丁寧にポスターを書こうとしているようだった。


「ポスターって、何を書けばいいんでしょう?」


「……活動報告、というか活動内容、みたいな?」


 俺がそういうと、彼女は黙りこくった。


 俺自身、そう言って活動内容についてを振り返っては見るものの。


「……なんもないな」


「恥ずかしながらなんもないですね……」


 これまでの科学同好会は、ひたすらに暇をつぶすだけの時間しか過ごしていない。


 ある日はニュートンのゆりかごで遊び惚けたり、音叉の波長を響かせて共鳴させる遊び、もしくは置いてある人体模型を解体ごっこしてみたり、適当に掃除をしてみたり。


「……書けるやつ、なんもないな」


「……」


 彼女は困ってしまった。先ほど書くのに使ったシャープペンシルは、もう動くことはない。


「それならさ」


 俺は言葉を吐く。


 彼女が科学同好会を存続させるだけでは満足しない理由。もしかしたら、その先に目的があるのかもしれない。


「やりたいことでも書けばいいんじゃないか?」


「……やりたいこと、ですか」


 俺がそう言うと、彼女は早速シャープペンシルの先を動かした。


 そうして書かれた、一つの言葉。


『天体観測』


 そう、書かれていた。

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