第22話 ユルグ視点

 まさか、またここに戻ってくるとはな。


 兄を失ってから出て行き、もう戻ってくることはないと思っていた。


 後は、忘れ形見であるこの子のためだけに生きようと。


 お腹いっぱいになったからか、膝の上で寝てしまったアルルの頭を撫でる。


 その寝顔は幸せそうだった。


 それだけでも、ここに戻ってきた価値はある。


「ユルグ……」


「ヨゼフ殿か……」


 炊き出しも終わりに近づき皆が談笑する中、端っこに座っていたオレの元にやってきた。

 その目は珍しく泳いでいて、酷く申し訳なさそうだ。


「隣、よろしいでしょうか?」


「ああ、構わんさ」


 許可を出すと、ヨゼフ殿が隣に座る。

 そのまま静かな時が過ぎ……ようやく口を開く。


「……何故、帰ってきたのですか?」


「先ほども言ったろう。エルクに会ったからだ」


「ですが、貴方は私を……恨んでいるでしょうに。貴方の兄であるアイザックは我が友であり優秀な狩人でした。彼がいたおかげで、何人の住民達が救われたことか。しかし、ある時……いよいよ、飢饉が迫りました。そして、私は彼に食材調達をお願いし……無茶をしたのでしょう、帰らぬ人になりました」


「あぁ、そうだったな。兄はオレの憧れで、優しく強い人だった」


 オレは変わらない状況と兄の死により嫌気をさし、まだ三歳だった姪のアルルを連れて田舎の村に引っ越したのだ。

 そこで自分達だけの食料を調達し、最低限の交流で静かに過ごそうと決めた。

 だがオレも無理が祟り不覚をとり、大怪我を負ってしまう。

 それ以降は古傷が痛み、前みたいに動けなくなってしまった。


「ええ、貴方の兄は勇敢で優しい男でした。いえ、私が言えた義理ではないですな」


「……恨んでいないといえば嘘になる。この子は、父である兄の顔を覚えていない」


「アルルさんですな……こんなに大きくなって。言い訳になってしまいますが、あなた方のことは探させていたのです」


「知っている。うちの村に来たのだろう? オレは村人に口裏を合わせて、オレ達がいないようにと。その代わり、食料は分けるといってな。だから、奴らを罰しないでくれ」


「そういうことでしたか。ええ、罰しないと約束しましょう。そもそも、私が悪いのですから」


 オレだってわかってる。

 兄は最後までヨゼフ殿の友であったし、ヨゼフ殿が兄の無茶を止めていたことも。

 そして兄の死がヨゼフ殿の所為ではないことも。

 そもそもオレがもっと強ければ、兄の負担を減らせたはずなのだ。

 しかし当時のオレはまだ弱く、兄からすれば足手まといだった。


「いや、悪いのは……オレもだ。田舎の村に行ってわかった。厳しいながらも村が生活を出来ていたのは、お主が配給などをしていだからだ。領主代行としての仕事と村々の管理など……大変だったに違いない」


「なんと……いえ、私など大したことは出来ませんでした。ただ、もう一度だけ踏ん張ると決めたのです」


「エルクだな? 彼奴は中々不思議なやつよな。オレも奴のおかげで、もう一度だけ信じることにしたのだ」


「ほほっ、王族らしくはありませんな。だが、それがかえって良いのかと。しかしアルルのことと、傷の手当てがあるとはいえ……よく、決心しましたな」


「オレとて、そんなに簡単な思いではない。だから……試したのだ」


「試したですか?」


「オレの大切なモウル達を、エルクに見せたのだ。しかし奴は、興味を持ちながらも欲しがることはなかった。その気になれば、オレから奪うことや買い取ることは簡単だったろうに。無意識に、そういう思考に行かない人族なのだなと」


 あの時に思ったのだ。

 こういう人族がいるなら、まだ捨てたもんじゃないと。

 もしあそこで、欲しがるそぶりを見たなら……オレはここには来ていない。


「なるほど、エルク殿下らしいですな」


「ただ誤算だったな。てっきり領主についてきた一貴族子息だと思っていたら、まさか領主本人だとは」


「ふむ、それで領主を訪ねてきたのですね。領主がどのような者か、そしてそれを見て判断すると……ほほっ、そしたら本人ですか」


「ふっ、流石に驚いたぞ。だが、おかげですぐに心は決まった。ヨゼフ殿、兄ほど頼りにならないだろうがよろしく頼む」


「っ……こちらこそよろしくお願いいたします」


 そう言い、ヨゼフ殿が嗚咽を堪える。


 オレは気づかないふりをし、途中で目を覚ましたアルルが噴水前でエルクと戯れるのを眺める。


 兄貴……代わりにはなれないが、オレもオレなりにやってみるとしよう。









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