第14話 あなたは誰をゾンビにしたのですか 6

「あそこがアンリの家?」


「うん。」


 アンリとアッシュはアンリの家の近くまで来ていた。


 そしてすぐには家に入らず、少し離れたところから様子をうかがっていたのである.


 家からは物音はしないが、窓が大きく割れていた。おそらくアンリの父親が割ったのだろう。


(ここからどうしよう。)


 アンリは不安げにアッシュを見つめた。


 アンリの視線を感じたのか、アッシュは静かに手を伸ばして、アンリの家に手をかざした。


「……」


 アッシュはまばたきもしないで、真剣な表情で集中している。


 アンリにはアッシュが本当に魔法を使っているのか、何も感じられなかったが、無言で様子を見守った。


「……いいよ。」


 少しすると、アッシュがかざしていた手を下ろして言う。


「そうなの?ほんとに?」


 家の様子は先ほどと何も変わらないように見える。アンリは不安を口に出した。


「うん。家の中にいる人は確実に眠らせたよ。」


「そっか。」


 アッシュは確信があるようだ。しかしながら、眠らせるという魔法が音も光もしないので、アンリからは家の中がどうなっているのかまったくわからない。


「不安なら僕が先に行くから、後から来なよ。」


 アンリの不安を感じ取ったのか、アッシュがアンリに声をかける。


「うっ。」


 アンリはとっさに返事ができず答えに詰まった。


(私も行くって言いたいけど、声がでない。)


 お父さんに会うのは怖いし、先にアッシュに行ってもらおうか、けれど、自分の家の問題なのにアッシュを一人で行かせるのは薄情だろうか。


 アンリが答えあぐねていると、アッシュはアンリの答えを待たずに歩きだした。


「あっ。」


 アンリが言葉を掛ける間もなくアッシュはスタスタと歩き、家のドアに辿りつく。


 そして、アッシュは一度アンリの方へ振り向いてから、ノックなどもせずドアノブに手を掛けた。


 ガチャリと、何事もなくドアが開く。幸い、ドアにはカギがかかっていなかったらしい。


 アッシュはそのまま家の中に入っていった。


 そして、しばらくの静寂が訪れる。


(家の中はどうなっているのだろう。)


 アンリは少しだけ家に近づいて中の様子を伺おうとしたが、先ほどと変わらず、物音などは聞こえてこない。


 父親が起きているとしたら、アッシュを見つけたら暴れて物音がするだろう。


(だから、きっと大丈夫だ。)


 アンリは不安を感じながらドアを見ていた。


 それからしばらくして、ゆっくりとドアが開かれた。


 アンリは緊張しながらドアの先を見通そうと目を細める。


 そして、半分ほど開かれたドアから顔をのぞかせたのはアッシュだった。


(よかった。)


 ほっと息をついて、ひとまずアンリは胸を撫で下ろす。


 アッシュはまわりを見渡してアンリの姿を確認すると、アゴをくいっ、と動かしてこっちに来いという仕草をした。


「大丈夫?家の中はどうなっているの?」


 アンリは小走りでアッシュの近くに寄り尋ねた。緊張した様子のアンリに対して、アッシュは落ち着いた口調で応える。


「僕は大丈夫だよ。ただ家は荒れてるね。けど、君のお父さんもお母さんもちゃんと寝てるから安全だよ。」


「そ、そうなんだ。」


 アンリは家の中が荒れているという話を聞いて青ざめたが、アッシュの平然とした様子と、魔法が成功したという話を聞いて心を落ち着けようとした。


「はぁ~。」


 アンリはさらに自分を落ち着かせるために一度、大きく深呼吸を行い、改めてアッシュに尋ねた。


「それじゃあ、私が家に入っても大丈夫だよね。」


「うん。ただ……。」


「ただ?」


 アンリの問い掛けに対して、アッシュは少し言いにくそうにアンリから目線を外した。


「あ~、お母さんの方はケガをしてるから、気をつけた方がいいかもね。」


「っ!そんなっ!」


 アッシュの言葉にアンリは動揺し、手を強く握りしめた。


(やっぱりお母さんはケガをさせられてるんだ。一体どうしよう。)


(けど、まだ大丈夫なはずだ。)


 アンリは強く握りすぎて震える手を胸に押し付けるようにして、必死に動揺を抑えた。


「お母さんは、死んではいないんだよね?」


(もしもお母さんが死んでしまっているとしたら、アッシュはケガをしてるなんて言わないはずだ。)


 アンリはおそるおそるアッシュに尋ねた。


「死んではいないと思うよ。どれくらいのケガかは知らないけど。」


「そう。......そっか。」


 アンリは、母親は死んでいないというアッシュの答えを聞いて家に入る覚悟を決めた。


(もともとお母さんが無事のままだとは思っていなかったんだ。生きているなら手遅れじゃない。)


「わかった。私も家に入るよ。」


 アンリはアッシュの方へ一歩近づいて言った。


 アッシュは自分を見つめるアンリの目を見返すと、半分ほど開けていたドアを大きく開いてアンリを招くようにした。


「そう。じゃあ行こうか。」


「うん。」


アンリは勇気を出して足を踏み出し、アッシュの背中についていった。

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