第4話 眠れぬ魔物は死を望むか 2

鎧竜が目を覚ました時、鎧竜は奇妙な感覚を覚えた。


(人間が近くにいたニオイがする。)


しかしながら、自分に危害を加えられた形跡はない。


鎧竜は人間から恐れられている魔物である。


人間を見かけたなら殺すか嬲るか、少なくとも無事に済ませたことはない。


そのため、たとえ鎧竜が寝ている状況だとしても、ふつう人間が鎧竜に近寄ることはない。


(気に入らないな。)


鎧竜は苛つきを感じた。


たとえ何もされていなくても、人間ごときに近寄られていい気分はしない。


鎧竜は周囲を見渡すが、人間の姿は見当たらない。ニオイも人間を辿れるほど残ってはいなかった。


「グルルル。」


鎧竜はいらだち紛れに唸り声をあげると、手近にエモノがいないか探しに行ったのだった。











(今日はやけに寝苦しい。)


夜になり、今日のヒマを潰した鎧竜は眠りにつこうとしていた。


しかしながら、どういうわけか一向に眠りにつくことができない。


それで困ることもないが、イライラがつのる。


(今から街でも襲ってやろうか。)


そう考えるが、人をいたぶるのが好きといっても1日中そんなことをするのは面倒だ。


そんなことをつらつら考えながら、地に伏せて目を閉じる。


だが、いつまでたっても眠気がくることはない。


鎧竜はついに立ち上がり、イラつきを紛らわせるために山の中を徘徊しはじめる。


それから朝がくるまで鎧竜は目的もなく山を歩き続けていた。


そして、鎧竜の終わりのない苦しみはここから始まった。


それは次の日の夜のことだった。


(まただ、目がずっと冴えている。)


鎧竜は歯を食いしばり唸り声を響かせていた。


強靭をほこる鎧竜であっても、普通の生物と同様に睡眠をとっている。そのなかで、1日だけならまだしも2日間、鎧竜は眠ることができておらず、鎧竜のストレスは高まり続けていた。そして眠れないことによる疲労もあった。


「ガアアア。」


腹立ちまぎれに近くの木をなぎ倒す。


バキバキと大きな音が夜空に響き、物音に驚いた鳥や動物が慌てて逃げていく。


その様を見て少しだけ溜飲を下げるが、それだけだ。


自分が寝れないことに変わりはない。


鎧竜は逃げていった動物たちを追い立てることにした。


体を動かして疲れれば寝れるかもしれないと考えたからだ。


そしてしばらく無闇に動物を追い立てて、ある程度の疲労も感じていたが、それでもなお、欠片ほども眠気を感じない。


(おかしい。何かがおかしい。)


鎧竜は嫌な感覚を覚え、不明瞭な不快感に包まれていた。


鎧竜は特段、眠ることが好きということはないし、嫌いということもない。眠るというのは自然な、ただの習慣にすぎないからだ。


その程度のことのはずなのに、鎧竜は眠れないということについて焦りを感じていた。


とにかく目を閉じて、モグラのように穴を掘り頭を地中に埋めてみる。


外の光や音を遮断して眠ろうとしたのだ。


それでも眠ることはできず、また朝がきた。


そして、それは次の日も、次の次の次の日も続き……











「ガアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!」


極度の睡眠障害を受けて、鎧竜のストレスは限界を超えていた。


鎧竜は口を張り裂けるほどに開けて雄たけびをあげ

大きく開いた口からは泡のような唾液があふれて流れ落ちていた。


鎧竜の目は血走り、瞳孔は常に揺れていて焦点が定まっていないようだった。


鎧竜の雄たけびは、あるいは悲鳴だったのかもしれない。


(眠い、眠れない、眠い、眠れない、オカシイ、俺の目は覚めているのか?それとも眠っているのか?俺は今どこにいるんだ、イマハイッタイいつナンダ???)


すでに鎧竜が眠れなくなってから1週間以上がすぎていた。


鎧竜は眠れないことで脳の疲労と体の疲労が積み重なり、ほとんど正気を失っていた。


目はすでに対象を正しく認識できなくなり、すべてのモノが歪んで2重3重に見える。


さらに、耳から脳に届く音はすべてが不明瞭で不快なものに感じられていた。


その中で、鎧竜は目に映った不快に感じるモノをひたすらに叩き潰していた。


苛立ちをぶつけているようでもあるし、そうすれば少しでも寝れると信じているようでもあった。


そして、いつしか鎧竜の視線の先には街が見えていた。


(街ダ、人間ガイル。人間ナラオレヲ眠ラセルことがデキルカ?)


鎧竜はゆっくりと街の門へ足を進めていく。


そして、街の中にいるであろう人やハンターに考えを巡らせる。


(オレヲ眠ラセルルコトガデキルカ?オレヲ……オレヲ殺セルノカ?)


(殺セナイノナラ・・・)


(オレヲ殺せないなら・・・俺がお前たちを全員殺してやる!!!!)


鎧竜は門へ走り出していた。


頭が疲弊しているせいか、体の疲労感はマヒしていた。


「グルアアアアアア!!!!!!!」


鎧竜は叫びながら、いっそのこと門にぶつかった衝撃で死ぬことができればとさえ思っていたのだ。


そして、文字通り死ぬ気で行われた突撃は門をたやすく破壊した。


ガシャアアアアアア


と門のガレキがはじけ飛び、鎧竜はたやすく街へ侵入を果たした。


(クズども、どいつもこいつも)


鎧竜が街の人間を見た感想はそれだった。


なんの力も感じられない、戦う様子すらもなく、こちらを怯えた目で見つめている。


こんなモノでは役に立たない。


鎧竜は最も手近にいた人間を怒りのままに叩き潰した。


グシャリと、いともたやすく人間の形が潰れてはじけた。


「「きゃああああああああ」」


その様子を見ていた人間たちが悲鳴を上げ、ある者は逃げ出し、ある者は戦うそぶりを見せる。


鎧竜はその様子を一瞥したが、鎧竜の意識を引き寄せたのはひと際甲高い悲鳴を上げ続けている女に対してだった。


女はしりもちをついた体制のまま悲鳴を上げ続けていた。女は驚きのあまり腰を抜かしてしまったようだった。


(うるさいハエだ。)


鎧竜は女の悲鳴に不快感を覚え、女の体を一息に叩き潰した。


そして、その圧倒的な力を目の当たりにして、戦うそぶりをしていた人間も含めて、その場にいた人間たちは飛び出すように逃げはじめた。


(いつも壁に囲まれた街の中でふんぞり返っているクズどもが、逃げることしかできないのか。)


(クズどもめ、クズクズクズクズ)


鎧竜は人間を殺し、家畜を殺し、目に映る建物すら壊していった。


その過度なほどの破壊行動は、あるいは自分を殺させようとするための行動だったのかもしれない。だが、



結局、鎧竜がすべてを破壊しても、鎧竜は生きていた。


多少の戦える人間が鎧竜に立ち向かってきたが、鎧竜に傷をつけることはできず、無残に潰されていった。


まちを破壊し尽くした鎧竜が感じていたのは怒りと絶望だった。


それは、人間が自分を殺すことが出来なかったことに対する人間の不甲斐なさに対する怒りと、一体どうすれば自分は死ぬことができるのかという絶望であった。


絶望のまま、いつのまにか鎧竜は街の広場にきていた。



ビシャ、ビシャリ


そして、鎧竜は自分の近くから何かが落ちる音がしていることに気づく。


鎧竜が視線を地面に向けると、目の前で赤い何かが落ちて地面に広がった。


血だ。


それは自分の額から流れ落ちた血だった。


鎧竜に傷をつけることができるモノはいなかったが、自身の破壊行為によって、鎧竜には頭から血が出るほどの傷がついていた。


そして、鎧竜は自分を眠らせるための方法に思い至った。


鎧竜は自分の頭を地面に叩きつけた。


誰も自分を殺せなかったが、自分で自分を殺すことはできる。


鎧竜は自分の頭を何度も何度も地面に叩きつけて、脳みそにまで亀裂が走った。


そして頭から血があふれて止まらなくなったとき、やっと鎧竜は自分の死を感じられたのだった。


(ああ、やっと眠ることができる。)


最後に鎧竜が感じていたのは、狂気ではなく、眠ることができることに対する安堵であった。


鎧竜はやっと眠りにつき、二度と目覚めることはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る