三月十四日 お返し巡り
三月十四日の夜、俺はバイクに跨がっていた。
近所を何軒かまわることになる。いわゆるバレンタインデーのお返しである。
編入試験を受けに行った帰り、東京駅土産物売り場に立ち寄った。
すっかり試験で疲れてしまい、都内見物をする気にもなれず、安直に東京駅に寄ったのだ。
そこでお菓子の詰め合わせを買った。
三倍返しとか十倍返しとか言われたが、結局、形に残らないものにしたわけだ。
許せ、皆よ。これが鮎沢火花クオリティだ。
ということで、俺は今、バイクに乗っている。そして今日の行き先は
鮎沢家の
もちろん俺自身や
女子三人についてはどういう順番でまわるか考えた挙げ句、まずは
真冬はもうほとんど登校しておらず、卒業式を残すだけになっていた。だから会うのも久しぶりだった。
「夜分遅く畏れ入ります」と俺が似合わない口上を述べるものだから、出迎えた真冬の母親は笑顔を浮かべた。
「おうちまで来たのは
「オレ、二つも下ですよ」
「――そんなの何年かしたら何でもなくなるわよ」
「ちょっと、お母さん、黙ってて」奥から慌てて真冬が出てきた。
自宅にいる時の真冬は生徒会長だった頃の威厳は全くなく、すっかりこども扱いされている。俺は可笑しかった。そういうのを見ていると面白い。
母親を奥に下がらせて玄関で少し話をすることになった。
部屋へ案内されかかったのだが、他にも何軒かまわるといって断ったのだ。
「
「今日配るのは真冬さん入れて三人だけだよ」
「興味があるわ。誰と誰?」
仕方なく
「――意外でも何でもないわね」
「もう腐れ縁みたいなものだぜ」
「日和ちゃんとはこれからじゃなかったの?」これから付き合うことになるのではないか、という意味だ。
「
「あら、それは残念」
「面白がっているように見えるけど」
「うふ、そうね、愉快かも」
「はっきり言うなあ」俺は呆れた。しかし楽しかった。
「――そうだ、京葉大、合格おめでとうございます」俺は思い出したように言った。
「ありがとう。知ってたんだ?」
「そういう話はすぐに広まるから」俺がアンテナを張り巡らせていたからだが。
「狭いものね」と真冬は俺に合わせてくれた。
「一人暮らしできそう?」
「あは、やっぱりはじめの二年くらいはダメみたい」
「本数少なくても一時間と少しで通えるものな」
「一時間に二本しかないのによ。ちょっと寝坊したら遅刻だわ」
「がんばれ」
「たまには遊びに来てよ」
「ああ……」一人暮らしなら行くよ。
もし編入が決まったらこの家にも簡単には遊びに来ることはできないだろう。しかし、そのことは言わなかった。
結局、型通りの簡単な挨拶だけで真冬の家を後にした。
次に行ったのは
ここは中学時代散々来たからすっかり顔馴染みだ。とはいえ別れてからはご無沙汰している。
昨年のお返しは学校帰りにしたからホワイトデーの菓子を家まで届けに来たのは初めてだった。
そしてここでも一葉の母親の歓待を受けてしまう。
「
「ご無沙汰してます」
俺は何と言って良いかわからなかった。三人の中では最も訪問しにくい家でもあった。
しかも一葉はすぐには出てこなかった。
「ごめんね、あの
「風呂でも入ってました?」
「家だとだらしない格好をしているから」
「ジャージ姿ですかね」
「いやもっとジジクサイ格好よ」とか笑っていたらやっと出てきた。
「変な想像させないでよ」一葉はすっかり素の顔で母親をとがめた。
確かに、ニットにデニムのミニスカート。黒タイツ姿で、どこかに出かけるのかという格好だった。
「中に行ってよ」ここでも娘が母親を追い払う姿を見ることになった。
「すまん、東京駅土産がそのまま返しになる」菓子を一葉に渡した。
「ありがとう」一葉は素直に喜んだ。「試験受けてきたんだね?」
「通るかどうかわからんがな」
「きっと受かるよ」その顔が少し寂しそうに見えた。
一瞬、一葉と寄りを戻す選択肢が頭に浮かんだがすぐに打ち消した。
一葉とはこの距離感が心地よいのだ。付き合えばまたケンカばかりする未来が見える。去年はホワイトデーの後に些細なことからケンカして関係を解消したのだった。
「上品な学校なんでしょう? 似合わねー」一葉が笑う。
「良家のお坊っちゃまとして高校デビューするぜ」
「金髪も黒く戻したしね。どんな髪型にするんだろ。そのワックスは使えないと思うけど」
「だよなー」
「行くときはちゃんと見送るから」
「ああ、って、まだ決まってねえし」試験に手ごたえはなかったし。
これで落ちて、また新学期に顔を合わせたら無茶苦茶いじられるな。
やっぱり
じゃれあった後、一葉の家を離れた。
そして最後の一軒。
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