第37話 Crisis×Absolutely×Vampire
大きく息を吐き、アタシは強く地面を蹴った。地面を走る。勢いを殺さないように車の上に飛び乗る。そしてアタシは飛び上がり、塀を蹴った。
眼下に十を超えるメイドさんたちが蠢いているのが見えた。何人かはアタシを見上げ、何人かは開いた門の間に身体を滑り込ませようとしている。
ドパッドパッ
バキバキッグシャッ
嫌な音が聞こえてきてアタシは彼女たちを見るのをやめた。たぶんフェリックスさんやサンダーさんがメイドさんたちをやっつけている音だ。何人かは死んでしまうかもしれない。アタシがレオを助けに戻るという選択をした所為で、もっと多くの命が失われるかもしれなかった。
アタシの所為で大勢が死ぬ。
その事実に気づいてしまい、喉が痙攣した。ダメだ。これはアタシが決めたことだ。アタシは突き進むしかない。今は、考えるな。自分に言い聞かせる。
門から十メートル程離れたところに着地したアタシは頭から地面に突っ込みそうになりながらもなんとか体勢を整え、お屋敷を目指して走った。
すごく大きなお屋敷だ。フェリックスさんのお屋敷よりも大きい。
門からお屋敷までは石畳の一本道だった。百メートルくらいだろうか。何人かメイドさんとすれ違ったけれど、お屋敷に戻っていく分は良いのか、誰もアタシの行く手を阻もうとはしなかった。
ものの数秒でお屋敷についたアタシは開けっ放しになっていた玄関扉から飛び込んだ。アタシに気づいた十人くらいのメイドさんたちが一斉に赤い目をアタシに向ける。メイドさんたちはみな手に剣や銃やら槍やらの武器を持ち、弧を描いて並んで立っていた。
異様な空気。部外者を見る目。それがアタシを認識した途端、嫉妬に燃えた。無数の赤い瞳に押しつぶされそうだった。
気圧されながら目を動かすと、メイドさんたちの間から彼女たちが囲んでいるものが見えた。
レオだ! レオがいた。大きな四角いホールの真ん中辺りで仰向けに倒れている。その、頭を、ブランが黒い革靴で踏んでいた。それに気づいた途端、頭にカッと血が上るのが分かった。身体も熱くなってくる。
「レオ!」
アタシは叫んで走った。メイドさんたちを掻きわけ、飛び出す。
「ブラァァァン!」
ブランが顔を上げた。表情の無い虚ろな顔だった。赤い目だけが獣のようにギラギラと光って見えた。
「ホノ、カ……」
唇が小さく動いた。
途端、胸が苦しくなった。けれどアタシは床を蹴り、拳を振り上げた。
一発。ブランは足が速いけど、たぶん、この一発だけなら入る。アタシが女の子だから。
「歯ァ、食いしばれェ!!」
アタシは身体をひねり、ブランの顔面めがけて思い切り拳を振り下ろした。
バァンッ
車と車が衝突したような凄まじい音が耳を打ち、軽い衝撃波が起こって空気が震えた。さすがに指が折れたかと思うほど痛かったけど、気合で拳を振り抜く。
ブランの身体がすごい勢いで吹っ飛んでいき、大きな音を立てて壁をぶち抜いた。
静まり返ったホールにアタシが息を吐く音と、ガラガラと瓦礫がぶつかり合ってたてた音が響いた。
「そんなっブランボリー様!」
「ブランボリー様!!」
「なんてこと!? ブランボリー様ぁ!!」
メイドさんたちが口々に叫んで武器をかなぐり捨て、アタシの脇を通り過ぎてブランの元へ駆け寄っていく。
アタシはその場にへたり込み、レオの顔の近くに腕をついた。口で大きく息を吸って吐く。酸素が必要というわけではない。苦しいわけでもなく、ドクドクうるさい心臓を落ち着けさせるための深呼吸のつもりだった。
死んでない。大丈夫。死んでない……はずだ。
「……ホノカすっごー」
心を落ち着けようとしていると緊張感のないレオの声が聞こえ、アタシは思わず呆れてしまった。それと同時にほっとしたので何とも複雑な気持ちになった。
「レオ、良かった。意識があるみたいで。一緒に逃げるよ、レオ」
アタシはレオの腕を掴んで引っ張りながら立ち上がった。レオは歯を食いしばりながら上半身を起こした。肋骨が折れているのかもしれない。
「ごめんホノカ。オレ、歩けない。粉々に折れちゃって。足、自慢だったんだけどな……。だから、ごめん。助けに来てくれたのは嬉しいけど、オレは置いていってよ。ホノカだけで逃げて」
レオは袖で口元を隠して微笑んでいた。
アタシはお腹が震えて、レオの表情に泣きそうになった。だってレオは今にも泣きそうで、でもそれを必死に隠して笑っていたんだから。こんな顔をするレオを置いて行けるわけがない。
「嫌。レオも連れていく」
「ホノカ! 分かれよ!」
「分からない!!」
声を荒げたレオよりももっと大声で言ってやった。するとレオは目を細くして唇を噛んだ。金色の瞳が潤む。
「絶対レオも連れていくんだから!!」
もう一度言ってアタシはレオの背に手を添え、慎重に太ももの下あたりに腕を当てた。
「痛くない?」
「……痛くないけど」
すん、と鼻をすすってレオが答えるとアタシはよし、と小さく言って足を踏ん張った。
「ヨイショォォ! あ、軽い!」
「わ!!」
アタシはレオをお姫様抱っこした。レオ軽い! これならいける気がする!
「揺れるよ! 痛くても我慢してね!」
一応断ったが、アタシはレオの返事を待たずに床を蹴ってお屋敷を飛び出した。それから全速力で石畳を走った。レオは何も言わずにアタシに身体を預け、首に腕を回して抱き着いていた。
石畳は思ったより走りやすかった。走りやすい地面というわけではなく、誰も追いかけて来なかったからだ。たぶんお屋敷の中や周辺にいた吸血鬼たちはブランの元へ駆けつけたのだろう。それくらいみんなブランのことを愛しているのだ。さっきのホールでも誰一人としてアタシたちを気にかけていなかった。
ぴちゃ
門が近くなったところで足が冷たい液体を踏んだ。何だろうと思って少しだけ速度が落ちる。そしてアタシは気づいてしまった。
無数の吸血鬼が倒れている。メイド服を黒っぽい液体で汚した女の子たちが横たわっている。アタシが駆け抜けた石畳の上で。
ダメだった。足が震えて、止まってしまった。こんな光景を目の当たりにしてしまったら、もう考えるなと言い聞かせることが出来ない。
こんな、こんなことになるなんて思わなかった。アタシは、こんな、今まで、映画やドラマみたいな悲惨な光景に出会ったことがなかった。アタシの選択で、こんな悲惨なことになってしまうなんて考えもしなかった。アタシが、戻ると言ったから、彼女たちは死んでしまったのだ。
胸が締め付けられるように痛くなった。きつい鉄の匂いが、しなくなってくる。息を、するのを、忘れてしまう。
「ホノカ!」
レオの声が遠く聞こえた。
自分が、決めたことなのに。自分が、決めたことだからこそ。アタシには、この現実が受け止めきれなかった。
「ホノカ後ろ!」
レオが叫んでいる。
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