第22話 紅白戦 ①

「とりあえず、みんな困惑してるから自己紹介しよっか」

 

 紅白戦を行う前に部員一同を大きな円を描くようにして集めた明智は、正反対の位置でウェッショーに隠れるような格好の春野へ話を振った。


 虚を突かれ驚いた春野は1歩前へ踏み出し、その様子を見た神座と佐野が微笑を浮かべながら見守っている。


「名前は春野夏穂。よろしく」


 居心地の悪さを感じているのか、不愛想というよりか不快感を隠そうとしない様子で春野は言った。


 それにしても清々しいほど端的な挨拶だ。


 敬語どころか丁寧語すら使おうとしない。


「えー、彼女もウェッショータイプっぽいね。皆さん、寛容な精神で迎えるように。そして春野さん、部のあれこれはウェッショーから聞いて」


 口をへの字にしてうなずくウェッショーを横目に明智は続ける。


「まあ、新入部員も来たことだし、今日は紅白戦やろうか。ピッチャーは百井と佐野で行こう。2人でチーム決めて。他の投手陣は阿部コーチと別メニューで。じゃあ解散」


 明智の合図できれいな円になっていた部員たちが団子状になった。


 その集団とは離れた場所で立つキャプテンのエース候補百井と1年ピッチャーの佐野がじゃんけんをし、それを見つめる他の部員たちはそわそわしている。


 これからチーム分けだ。


 勝負に勝った佐野が「ウェッショー」と指名し、選ばれたウェッショーが佐野の方へ移動する。


「ちなみに、今回も罰ゲームあるから。負けた方はランメニューとグラウンド整備ね」


 明智が部員たちに聞こえるよう大きな声で付け加えると、より一層張り詰めた空気になった。


 新入りの春野だけがこの状況を飲み込めていないようで、口を開けぼーっとしている。


 3年が引退し、新チームになって初めての紅白戦。


 負けたらハードな罰ゲームが課されるという条件下、ピッチャー2人によるドラフト指名でチーム分けを行わせることによって、各々の選手間での立ち位置が明確になる。


 選手を選抜する百井と佐野は罰ゲームを避けるため、できるだけ強いチームを作ろうとするはずだ。


 まだ一軍、二軍がはっきり分かれていない現状、自分の名前がなかなか呼ばれないとなれば当然焦りが出てくる。


 指名というのはチームメイトからの素直な評価であるため、あいつは監督からのひいきで選ばれたなどの言い訳もできない。


 そんな緊張感のもと、ハングリー精神をもって練習に取り組んでほしいというのが明智の狙いである。


「じゃあ、赤岩」と百井が最初の指名し、呼ばれた2年生セカンドの赤岩紫龍あかいわしりゅうは百井の後ろへ移動した。


 それを見た佐野はなぜか小さくガッツポーズをして、小声でウェッショーと相談を始める。


「えっ、成享さん、これって春野選んでいいんですか?」


「まあ、いいけど。まだ入部してないから怪我しても保険降りないってことだけ分かっといて」


「オッケーです。じゃあ春野」


 明智の返事を聞いて、佐野は迷う素振りも見せず春野を指名した。


 他にもいい選手が大勢居るのにも関わらず、1年の女の子を優先して選んだ佐野に部員たちはざわつき始めた。


「勝ったっすわ、これ。百井さん、山登り頑張ってください」と浮かれた様子の佐野は百井を煽りっている。


「ちょっと調子乗ってんな、お前」


「いいんすか、そんなこと言って。次から春野選びづらくなるっすよ」

 

 ――それにしても、選ぶ側の2人は全く緊張感が無いな。なんだこの野手との温度差は……。


 明智はため息をついた。


「時間無くなるから早く決めて」


 春野の打席を早く見たい明智は2人を急かした。

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