第17話 2人の秘密 ①

「そうだった。忘れてた」とウェッショーは額に拳を当てている。


「迎えも来てるらしいし俺は帰るよ」


 クリスが場の空気を読んで立ち去ろうとするので、感謝の意味を込め、春野は敬礼をした。


 クリスと立ち代わり、180後半ぐらいの分厚い体をした筋肉質の黒人が遠くから軍服姿で近づいてくる。


「悪い、春野。帰り9時半ぐらいになりそうだけどいいか?」


「なんで?」


「親父が俺の練習に付き合ってくれる事忘れてて。多分夕飯はおごってくれるだろうから譲ってくれんか?」


「譲る? 付き合えって言ってんの?」


「そう」


「てか、ウェッショーのパパ、わざわざ横須賀基地から来てくれるんだ。いいお父さんじゃん」


 はじめ歩いていたウェッショーの父親も、2人が会話している姿を見て、小走りで駆け寄ってきた。


 次第に彼の表情が視認できるようになる。何故かかなり上機嫌のようだ。


 隣でため息をつくウェッショーは先手を打つように「ちがうぞ」と断固とした態度で言い放った。


 春野もその意図をくみ取って「違うよ」とかぶせるように言う。


「待てよ。まだ何も言ってないだろぉ……」


 2人の反応を見た彼は、先ほどの晴れやかな表情と打って変わり、眉を八の字に曲げ長年飼っていたペットが死んでしまった時のような顔をしている。


 目の前で落ち込んでいる父親を意に返さず、「いいよ、続けて」とウェッショー。


「彼女連れてきたの?」


「だから違うぞ」


 一瞬にして突き放された彼は、一縷の望みを失い天を仰いだ。


 笑ってはいけないと一生懸命我慢をしていたが、春野はついに耐え切れなくなる。


「仲良くしゃべってたからそうなのかなって期待したのに……。名前はなんていうの?」


「春野だよ」


「どうよ、俺の息子は? 運動も勉強もできて、おまけにハンサムだし、背も高い」


 往生際が悪い。


「確かに。今まであってきた中で一番いけてるんじゃないかな」


 息子を押し売りするように話す父親に対し、にやけ顔を浮かべながら春野は返答した。


「ほらウェッショー、春野さんもそう言ってるよ。お前は春野さんの事どう思うよ」


 ウェッショーも同様ににやけ顔で答える。


「ああ。イケてるんじゃないか」


 それを聞いてウェッショーの父親が明るい表情を取り戻した。


「春野さんは今彼氏いるの?」


「いないよん」


「じゃあ、うちのウェッショーどう? 2人お似合いだし、息子は最高の彼氏になると思うよ」


 期待に目を輝かせる彼を真っすぐに見つめ、一瞬の間を置き、春野はウェッショーに続けと突き放す言葉を笑顔で放つ。


「うち、実はレズビアン。ち〇こは嫌い」


 口に含んだペットボトルのスポーツ飲料水を盛大に吹き出し、ウェッショーがひどくせき込んでいる。


「Oh my god. I'm way too high for this s**t」


 ウェッショーは母国語で興奮し、父親の方は顔が引きつっている。


「やっぱそうだよな、お前。異性に対してセックスアピールが全くないから、最初、運命の相手がすでに居るのかって思ったけど、いやそれは無さそうだって考え直してさ。だから正直レズっぽいなって感じてた。お前と話してて、女としゃべってる感じしないしな」


「やっぱ、ばれてた?」


 ショックで固まるウェッショーの父親をよそに、2人はしばらく笑いのツボから抜け出せなかった。


     

          *



 グラウンドを離れ、ウェッショー親子と春野の3人はそれぞれの車に乗って、厚木基地の中をしばらく移動した。


 先ほどの会話で思い出し笑いをしていた春野は、どこへ向かっているかも分からないまま助手席で揺られていた。


 目的地に着くと2人は車を降り、ウェッショーが道具を取り出そうとトランクを開けたので、気になった春野はその中身を見ようと彼の後を追う。


 広めの室内には、先ほどまで彼が使用していた野球用のスパイクやグローブなどの道具のほかに、プロテインや着替えなどそのサイズ感も相まって、一目でこれらの持ち主はウェッショーであると判別できる代物ばかりだ。


 しかし、その中にどうしてもウェッショーと結びつかない道具がいくつか紛れ込んでいる。


 そこへ置かれた野球用のスパイクと比較して、一回り程大きなシューズが何用であるかは、隣に転がっているボールが教えてくれた。


 バスケットボールだ。


 ウェッショーはその2つを取り出しトランクを閉める。


「え、バスケの練習するの?」


「そう。この体育館で」


 車の背後にある建物は体育館らしい。


 日本の学校にあるような体育館とは外観の印象が違うので気づかなかった。


「なんでまたバスケ?」


「野球やってる理由と同じ」


「ふーん。なんかよくわからんけど、とりあえずボール拾えばいいんでしょ」


「ああ、そうしてくれると助かる」


 ――野球と同じ理由ねぇ。


 その意味するところに思考を巡らせてみたが、体育館の入り口に向かって目の前を歩く198㎝もある大きな背中の黒人―自ら車を運転して登校するなど、普通の人が思いもよらない行動を平然としてしまう男―を見つめ、春野は慮ることをやめた。


 

              

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